何か調べ物のために、Wikipediaを見ていた時、偶然知ったことだが、小説やアニメで大人気の『機動戦士ガンダムUC』に『獅子の帰還』という追補作品(外伝シナリオ)があるそうな。

その『獅子の帰還』には、『機動戦士ガンダム』に出演していたカイ・シデンが登場して、この小説での主人公リディ・マーセナスに対して、こう話す場面があるという。

「神様に片足突っ込んだ馬鹿を友人にしちまったのは、君だけじゃない」


カイ・シデンのセリフと考えると、なかなか興味深いと思いませんか?
今回はこの一言のセリフだけをよすがに、1本書いてみることにします。

神様に片足突っ込んだ馬鹿とは誰か




『獅子の帰還』は、このBlu-ray BOX初回限定版の特典として、脚本が付属したのが初出らしい。
その後、ドラマCDにもなり、今はマンガ化もされているようだ。




私はいずれも読んでいないが、現在も将来的にも恐らく読みそうにないので、Wikipediaの記述を頼りにすることにしよう。

Wikipedia:「カイ・シデン」には、『獅子の帰還』に登場する彼についてこう書かれている。

連邦から釈放されたリディ・マーセナスに11月12日に接触し、「バナージ・リンクスは生きている」と告げ車に乗せる。情報局の尾行をまくためにハンドルをさばきつつ、ミネバ・ラオ・ザビを戦争の矢面に立たせないために、リディを争いに巻き込まないために、バナージは消えるしかなかったと説明する。バナージの生存を確かめたいと言うリディに対し、命がけの覚悟が必要と諭しつつも、「必要な情報はくれてやる」と告げる。なぜ自分にそこまでしてくれるのかと問うリディに対し、「先輩風を吹かせたかったんだろうよ。神様に片足突っ込んだ馬鹿を友人にしちまったのは、君だけじゃない」と答えている。

Wikipedia:「カイ・シデン」


検索して、いくつか調べてみたが、このとおりのセリフが登場するのはどうやら事実のようだ。

カイが言う「神様に片足突っ込んだ馬鹿(友人)」とは、当然アムロ・レイのことでしょう。
ということは、アムロもバナージも同じ「神様に片足突っ込んだ存在」であると、カイが語ったことになる。

『機動戦士ガンダム』で「逆立ちしたって人間は神様にはなれないからな」とまで言ったあのカイ・シデンが、『逆襲のシャア』と『ガンダムUC』後のこの時代には、アムロ・レイを「神様に片足突っ込んだやつ」と思うように変化したのだ、という解釈なのだろうか。うーん……。

逆シャアのラストを見て、あれは「神様に片足を突っ込んだやつ」とサイコフレームがあれば起こせる、再現性のある説明可能な現象(なんたらショック)なのだ、という立場でいくと、そういう解釈になるのかな。

神様になる方法は逆立ちではなく、足を突っ込むことだったんだな。
どこをどうを突っ込めばいいのかは分からないが。

逆立ちしたって人間は神様にはなれないとは何か


復習と確認を兼ねて『機動戦士ガンダム』での「逆立ちしたって…」の場面を引用してみよう。




第42話「宇宙要塞ア・バオア・クー」にて、出撃前の作戦会議にてアムロが、ニュータイプの立場で「作戦は成功します。あとビットコインは買いです」と皆に断言します。
そのあと、出撃の為にエレベーターで降りていく場面。

カイ 「さっきお前の言ったこと、本当かよ?」
アムロ 「嘘ですよ。ニュータイプになって未来の事がわかれば苦労しません」
セイラ 「アムロにああでも言ってもらわなければみんな逃げ出しているわ、恐くてね」
カイ 「そりゃそうだな。逆立ちしたって人間は神様にはなれないからな


一年戦争の時、カイ・シデンは、アムロと同じようなタイミングでモビルスーツに乗り始め、その後ずっとアムロの後ろで戦っていた。
アムロが自分達とは何か違うことについて、よく分かっている人間のひとりだろう。

そのアムロが、みんなの為に「優しい嘘」をついたことを知って、カイは「逆立ちしたって人間は神様にはなれないからな」と言う。

ここでの「人間」は、アムロ個人のことでもあるし、人類全体のことでもある。
「逆立ちしたって」というのは、どうやっても、どうあがいても実現できない、という言い回し。

つまりカイは、アムロにはちょっと違うところもあるけれど、結局は自分たちと同じただの人間であって、都合のよい便利な存在(神様)ではないし、なりようもない、と結論づける。
ニュータイプ様の「優しい嘘」はありがたく受け取った上で。

「逆立ちしたって人間は神様にはなれないからな」はいかにもニヒルなカイ・シデンらしい台詞ではあるけれども、それはニュータイプという道具の不完全さを皮肉っただけでなく、同時にアムロ個人を、自分たちと少し違うだけの同じ人間と定義づけている言葉で、個人的にはどちらの意味も重要だと考えている。

この後のア・バオア・クー戦で、カイも他のホワイトベースクルーと同じく、頭に直接響くアムロの声を聴く。
しかしカイと仲間たちに特に驚いた様子はない(もちろん余裕のある状況ではそもそも無いが)。
姿なき声だけで人々を導く、という状況だけを見れば、人によっては「これこそ神様に片足」と思うかも知れないのに。

このあたりは最終回としての畳み掛けるような処理ではあるのだけど、ホワイトベースという共同体が長い時間をかけて完成した上に、事前にカイによる「逆立ちしたって人間は神様にはなれない」――つまり、多少人と違う事が出来ても同じ人間でしかない、とこの作品でのニュータイプを結論づけているので、ホワイトベースクルーが自然にこれを受け入れていることに不自然さは感じない。

アムロからの皆への心の呼びかけは、おチビちゃんたちが脱出するアムロに呼びかけ誘導する形で返される。
ランチ(脱出艇)の上で、両手を広げ、アムロを迎え入れるホワイトベースの仲間たち。
このランチの上の人々のニュータイプ的な能力、感度は実にバラバラだ。
高い人もいれば低い人もいるだろう。カイ・シデンも別に高い方ではない。
でもそのことは、ホワイトベースに偶然乗り合わせた仲間たちの中では何も問題にならない。

だからこそ、アムロはニュータイプの自分にとってあまりにも魅力的な、同種のニュータイプであるララァの世界を振り切って、同じ人間として生きる仲間たちが待つ世界へ帰還することが出来た。例え人間の世界が色々大変でも。
(と、書くとエヴァ旧劇的な要素も内包していると分かる)

『機動戦士ガンダム』最終話のサブタイトル「脱出」は、炎上する宇宙要塞ア・バオア・クーからの脱出は当然として、もうひとつの意味は、甘美なララァとの世界から抜け出せるかということだろう。

そのためにアムロは、外が見えない状態のコアファイターで宇宙要塞の産道を通って外の世界へ「脱出」するのだが、そこには待ってくれている人たちがいた。アムロを祝福し歓迎してくれる人たちがいた。
ちなみに、シャア・アズナブルの最期も限りなくこの状態に近い(モニターが死んだ脱出カプセル)のだが、彼を待っていたのは母なる地球の大気圏と断熱圧縮の熱だけだった。

神様になれない人間が、世界を変えるためには


『逆襲のシャア』劇中では、シャアがアムロに対して「今すぐ愚民ども全てに叡智を授けてみせろ!」と迫るシーンがある。




もちろんこんな事は神様だってやったことない無理難題です。
シャアもそれは分かっていますが、それでも言いたくなったわけですし、実際に全人類という体で私を救ってほしいという意味では本音ではあるでしょう。

ただ、もしもカイ・シデンが、この「今すぐ愚民ども全てに叡智を授けてみせろ」という台詞を聞いていたらひどく呆れるでしょう。

カイはガンダムの続編『Zガンダム』の時に、こう手紙に書いています。

「リーダーの度量があるのにリーダーになろうとしないシャアは卑怯」


そしてハヤト・コバヤシがその手紙の内容を受けて、直接シャアに進言します。

「10年20年かかっても、地球連邦政府の首相になるべきです」


このカイとハヤトの台詞はまったくの正論です。
シャアに本気で世界を変えるつもりがあるならば、いちパイロットに逃げてウダウダするのはやめて、覚悟を決めて何十年かけても政治で世の中を動かしなさいと言っている。
これが出来ないと最終的に、自分を道化と愚痴りつつ小惑星を落とす羽目になるのだから。

カイとハヤトがこの正論を言うことができるのは、アムロと一年戦争を戦い抜いて、「逆立ちしたって人間は神様にはなれない」メンバーズとなり、ニュータイプに叡智を授けてもらおうなど欠片も思っていないからです。

ニュータイプの力をずっと近くで目の当たりにし、ア・バオア・クーでは脳内に呼びかける声も聞いた2人なのに、人類のニュータイプへの革新だの希望だの、そういった幻想を全く持っていないのは、なかなか尊いですね。

地に足のついた2人には分かっている。
「人間の世界」を変えるには、地味でも遠回りでも、何十年かけようが、正攻法をする以外は無いと。都合のよい魔法など無いと。

その正攻法の旗印になれとシャアに勧めるのは、シャア・アズナブルもまた自分たちと同じ普通の人間だからです。
彼に期待するのは本人のニュータイプ能力や人の革新だの何だのではなく、その生まれや能力を活かしてリーダーシップを取ることだからです。
もし何十年もかけて正攻法で世界にアプローチする覚悟があるならば、2人はこれを支持するでしょう。

ところがシャアという人はこれが出来ない人で、彼の人生のテーマとは「キャスバル・レム・ダイクンという己の運命から、いかに逃走を果たすか」だと言っていいと私は考えている。
名前を変えて違う人生を生きるのはシャアにとってはそのために必要不可欠なことだった。
そして完全に違う人間に生まれ変わるために必要だったのがララァ・スン。彼女を導き手(母)として生まれ変わるその機会を、アムロによって永久に奪われたことが、アムロとシャアの因縁として最後まで付きまとう。

シャアは、カイやハヤトの言う正論自体は理解していたと思いますが、はっきりいって自分はそれをやりたくない。
だから、何十年もかけて地球連邦の首相にはならないくせに、かといってセイラのように軍や政治からきっぱり身を引くわけでもなく、クワトロという偽名のいちパイロットとして中途半端に戦争に関わる。
セイラが身内として、死んで欲しいと思うのもまた正しいと思うぐらいには、不穏な男です。

キャスバル=シャア=クワトロとして、ダカールでは(珍しく)自ら表舞台に立って演説しましたが、ブレックス准将が生きていれば自分ではやらなかったと思われるし、この演説自体は内容が割とふわふわしていて、ティターンズvsエゥーゴの政争(世論がエゥーゴに傾く)としては価値があったものの、言ってみればそれだけという気もする。




第24話「反撃」でブレックス暗殺→第37話「ダカールの日」。
ブレックスの死とシャアのダカール演説までの間には話数が結構あるが、別にその間、シャアがリーダーシップを発揮してるわけでもない。

まるで劇場版的な圧縮処理だが、ダカールで演説する予定だったのはブレックスにしておいて、控室にいた所を暗殺される。遺言を残されて、シャアは急遽、血まみれのスーツで演説を行う。赤い彗星の赤は返り血の赤よ!
これぐらいのドタバタであれば、ふわふわ演説でも大丈夫かな、と思える。

こうして運命に逆らい続けたものの、最終的にはジオンの遺児キャスバルから逃げ切れず、ネオ・ジオン総帥になってしまい、アムロ・レイから

「貴様ほど急ぎすぎもしなければ、人類に絶望もしちゃいない」


と言われるようなことをしてしまう。

このアムロの台詞は、カイとハヤトが『Zガンダム』でシャアに時間をかけた正攻法を勧めたことを踏まえると、アムロ、カイ、ハヤトの3人が共有している基本的な理念のようなものと言えるかも知れません。

カイもハヤトも『逆襲のシャア』への出演はありませんが、『Zガンダム』で突きつけた正論は刻を越えてシャアに刺さっていく。

話が大幅にずれた(すぐにシャアの話になってしまう)。

ちなみに『獅子の帰還』でのリディ・マーセナスは、「軍を辞め、父ローナンの私設秘書となる」そうなので、色々あって、結局は政治の道に入ることを選んだ、ということになるのかなと思います。

この話の流れで言えば彼はシャアとは違い、何十年もかかる正攻法の道を選んだ賢明なキャラクターともいえるだろう。
ただ個人的にはその要素よりは、このキャラクターを生んだ人間の物語の駒として、恐らく何十年もこれからの宇宙世紀や地球連邦に影響を及ぼす役割なんだろうな、と考えてしまうが。

それに私は、シャアのその徹底的な逃避を愚かなものだけとは思ってはおらず、むしろある種の賢明さとして尊いものだと考えているんですよね。
どうしようか。今回はカイ・シデンの……まあ、いいか(よくない)。

うちに帰れば「死ねば」のFAX30m


父性的な責任から逃れるのがシャアのライフワークと私はよく言いますが、これは単に批判なだけではなく、とても賢明で、その抵抗を尊いものだとも思っている。

貴種流離譚的なものからの徹底的な逃走というか。
キャラクターとしても物語にしても、リディのようになる方が賢明で収まりはいいし、もしくはシャアの場合、逆にジオン総帥には立場上すぐにでもなれてラスボスになれる。

そのどちらも選ばない。物語の類型を拒み、運命を拒み、モラトリアムな逃走を続ける。
そういうシャアを愚かというのは簡単だけれど、この点において私は、彼の逃走意思を絶対に否定はしたくない。

シャアの立場だとジオン・ダイクンの遺児としてリーダーでも革命家でも何でも出来る。
周囲も利用したがるし、頼りたがる。カイやハヤトだってフロントにはクワトロに立ってもらうことを考えた。
安易な革命ごっこに乗らず、インテリの世直しもせず、逃げることを選択したクワトロは賢明だと思うけど、完全に逃げ切って、別の人間として生きるためにはやはりララア・スンが必要になったと思う。

そのララァを奪ったのがアムロで、シャアの人生設計(アムロもだが)これによって狂いまくる。
だからシャアはジオンの遺児という己の運命からついに逃げ切れなかったことを、アムロの責任にしている部分がある。
逃げ切れなかったシャアは、アムロを巻き添えにする。お前にも責任があると。

セイラの「死んで欲しい」は本当に正しいので、シャアのオフィスに「死ねばいいのに」と書いたFAXを何枚も送って欲しい。
(これはFAXでないと、何ともいえない情念と面白みが出ない)

サイコな妄想(ゆめ)の扉


話がなぜか(なぜかではない)大幅にずれましたので、元に戻しましょう。

カイ・シデンという人物に対する私の認識は

「逆立ちしたって人間は神様にはなれないからな」


原作でのこの言葉が示すとおり、アムロもシャアも人間に過ぎす、神様にはどうやってもなれない。人間として自分たちの出来ることで前に進んでいくしかないな。
……ぐらいのスタンスかな、と考えていました(今も)。

カイは一年戦争で理不尽な悲しい思いもしたし、ニュータイプの存在も体験も身近にあったのに、それでもこの現実的な視点が彼らしいな、と思っています(今も)。

もちろん「そのカイが考えを改め、人間が神様になることを認めるほどにサイコなあれはすごいのですよ」と、仰る方もいるかも知れないですが、後付けマッチポンプに特に興味がないので、私の知ったこっちゃないです。

それより純度の高いサイコフレームを一発キメると、気持ちのいい幻覚、時にはアムロやララァの亡霊すら見えて、強烈な快楽を得られると言われています。
但し宇宙世紀依存症の副作用や、闇社会の資金源として食い物にされる事もあるので服用には皆様も注意されたい。

あなたの考えるカイ・シデンは、人間が神様になれることを信じますか?

それでは最後にすてきなナンバーをお送りしてお別れしましょう。
明石家さんまで「ウイスキー・コーク」

サイコフレーム ギュネイ・ガス そしてあふれる人…人…人…・
そんなありふれた街でありふれた恋を僕はひらうかもしれない
でもぼくは沢山のひとと付き合うより ただ一度のありふれた恋でもいい
めぐりあったそのひとを 守ってあげたいと思う
(イントロ鳴り始める)







……あれ? このオチ、むしろ私が純度の高いサイコフレームをキメてるように見えない?

ブログ投稿のリハビリとして、過去ツイートから適当にネタを選んでおいたのだが、期せずしてある種のタイムリーさが出てきたような気がする。が、それは単なる偶然であって、人がそんなに便利になれるわけ……ない・……。


【関連記事の紹介】

「帰れる船」としてのホワイトベースとアーガマの対比 <『機動戦士ガンダム』での優しい嘘の共同体>

記事中にあった、物語終盤のホワイトベース共同体の成熟について具体的な例を紹介しています。これがあった後に、アムロの「優しい嘘」が来るという流れになっています。
また対比として『Zガンダム』終盤のアーガマはどうだったのか、という点を考えています。




現在上映中の映画『レディ・プレイヤー1』。
『機動戦士ガンダム』からRX-78、主役ロボットであるガンダムが登場するということで公開前から話題になりました。



このガンダム登場シーン。
初代ガンダムが、後のシリーズ作品である『ガンダムZZ』の主役機ZZガンダムの決めポースをするということで、Twitterなどで違和感の表明や批判なども見かけました。
また、これに対する批判として、制作側のコメントを引用したり、(何らかの)愛はあるのだ、というような弁護も見受けられました。

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私はこの予告編を見た時に、ZZポーズがどうこう以前に、物語の設定上のこともあるだろうけど、ガンダムへ「変身」することにアメリカっぽさを感じました。自分自身がガンダムになる。俺がガンダムだ。

日本で同じようなシーン(ガンダムで戦う妄想の具現化)がつくられるとしたら、恐らく白いノーマルスーツを着て、コクピット内で後ろから照準をぐいっと前に持ってくるというコクピット内のアムロの動作を「見得」として表現するような気がします。
日本のロボットアニメ的には、ロボットを操縦する少年(アムロ)になりたいからね。

例外的なZZガンダムのヒロイックポーズ


『レディ・プレイヤー1』でのガンダムは、オンラインゲームのプレイヤー(ダイトウ)が使用する一種のアバターのようなものなので、物語設定上でもガンダムへの「変身」で問題はなく、そこを踏まえておくことは重要でしょう。

このシーンで、ガンダムと一体化した変身を完了したダイトウに「見得」を切らせたい、と考えるとしても、ヒーロー物のような分かりやすい「見得」は『ガンダム』(特に富野ガンダム)にはほとんどありません。
それでもあえて富野ガンダムから引用したければ、必然的にZZのあのポーズが選ばれる可能性は高いのではないでしょうか。

確か『レディ・プレイヤー1』のスタッフ発言では選んだ理由として、シンプルに「かっこいいから」というような事を語っていたと思いますが、そもそもシンプルに「かっこいいヒーローポーズ」を探しても選択肢はかなり少ないわけです。
個人的には、愛がない/あるなどの批判や弁護以前に、これが本質的なところであり、なおかつ興味深いところだと思っています。

例えば、ZZの合体シーンを手がけたという越智博之さんのツイート。



この合体バンクが許されるようなコメディタッチで『ガンダムZZ』の物語は始まりましたが、後半にシリアス路線への修正があったことが、決めポーズの消失に影響があったのかも知れません。
それはマシュマー・セロやキャラ・スーンといった、前半のコメディ路線で活躍したキャラクターが、後半の物語に登場するために(強化人間として)人格を変更させられたのと同じように。

もちろん全体の話として、富野監督が自分が手がけたロボットアニメ作品内での「かっこいい決めポーズ」が好みではないというか、ひとつの方向性として意図的に取り除いていた、ということもあるでしょう。

ZZガンダムのあのポーズにしても、操縦するロボットという観点で言えば、ロボットの動作は全て操縦の結果であって、あの決めポーズをわざわざ操縦しているのですか?という話ですし、仮に合体バンクよろしく、合体時のオート機能の賜物であるならアナハイム正気ですか?という話にもなるわけです。蛍原さん、正気ですか?(ケンコバ)

ちなみに今川泰宏監督の『機動武闘伝Gガンダム』では、モビルスーツによるケレン味あふれる「かっこいいポーズ」が頻出しますが、エクスキューズとして、この作品のモビルスーツはパイロットの動作を再現(=トレース)するモビルトレースシステムを搭載しており、ダイトウのガンダムアバターと同じく、操縦ではなく一体化した状態です。
ガンダムの動きやポーズは、モビルファイター(格闘家)の動きやポーズそのものなので、何も問題はありません。

『レディ・プレイヤー1』でのダイトウのガンダムは、そういう意味では『Gガンダム』に近いものといえるでしょうね。

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登場シーンのあとの戦闘シーンはどうなのか


ちなみに、予告編を見たあと、実際に劇場で『レディ・プレイヤー1』を見に行きましたが、ガンダムでの戦闘シーンは(映像としての)ガンダムっぽさはありませんでした。
アムロっぽい動きもないですし、戦う相手である巨大なメカゴジラをビグザムに見立てたようなカット割りもありません。

ですがこれはアバターで変身したダイトウによるアクションシーンなのですから、当然なのです。
ただ、予告編のZZポーズでどうこう騒ぐ意味は肯定であれ否定であれ特に無いと思いますが、この戦闘シーンの方が「ヘイ!アメリカンにカッコよくしといたぜブラザー。クールだろ?」感は正直あります。
アムロの操縦ではなくダイトウのアクションなので、もちろん間違ってはいない.。
間違ってはいないが、ガンダムっぽさがあるかどうかといえば、特にガンダム感はない。

とはいえ、登場シーンに関しては『レディ・プレイヤー1』はハリウッド映画であることや物語の設定、それを踏まえた登場時の演出上の要請を考えると、選択肢の少なさからZZのポースが選ばれるのは妥当ではないか、と個人的には思います。
『ZZ』への愛とか、あれがいちばんカッコいいガンダムのポーズかどうかとは以前の問題として。

「ガンダム、大地に立つ」と「ラストシューティング」


と、いうわけでヒロイックな見得切りポーズが少ないファーストガンダムですが、日本人的な感覚だと、ガンダムが胸から排気しながら立ち上がり目が光る、いわゆる「ガンダム大地に立つ」シーンだけでも、充分にヒロイックさを感じているような気がします。
単に寝てるところからよっこらせと立ち上がっているだけなのですが、『機動戦士ガンダム』の、そして今となってはガンダムシリーズの極めて象徴的なシーンですからね。

ファーストガンダムには他にも印象的なアクションがいくつかありますが、第一話の「ガンダム大地に立つ」と合わせて、もっとも有名で人気があるのは最終話の「ラストシューティング」ではないでしょうか。

シャアが乗るジオングとの最終決戦で頭部と片腕を失ったガンダムによる、長い戦いを締めくくる最後のアクション。

以前の記事に書いたことがありますが、『機動戦士ガンダム』最終局面での、ガンダムの頭と片腕の吹っ飛ばしは、最後の大サービスといえるでしょう。

子供時代から、頭(と片腕)を失ったガンダムには最終回ならではの特別感(サービス)を感じていたと思います。
子供の私は大喜びだったわけですが、あの場面で傷ついていくガンダムにガックリきたり、テンションが下がったという人の話は、少なくとも私の経験では聞いたことがありません。

頭と片腕がなくても、生理的嫌悪感も倫理的罪悪感も感じる必要はない機械の体。
要するにこれこそがロボットという肉体だと思うんです。

いくつかの意味で傷つくことを(簡単には)許されない、事実上のスーパーロボットだったガンダムが、身体に欠損を生じながらも戦う姿、これこそ「傷つくことを許された肉体」であるロボットならではの戦闘シーンです。

「たかがメインカメラ」と言えるすごさ


『機動戦士ガンダム』はシリーズ化され、さまざまなガンダムという機体が生まれますが、角つきのあの顔であればガンダムというぐらいに、顔自体がヒロイックなシンボル(物語内でも商業的にも)となっています。

その顔がジオングの攻撃によって失われた時、アムロはこう言い放ちます。

アムロ「まだだ、たかがメインカメラをやられただけだ」


これはかなりすごい台詞で、ガンダムのシンボルであるあのヘッドが、アムロ・レイにとっては「たかがメインカメラ」であるというのは、のちにリアルロボットと呼ばれるこの作品らしい認識であると思います。

さらにはメインカメラという重要な機能を失っても、ニュータイプであるこの時のアムロなら戦える、シャアのジオングを追える、という『機動戦士ガンダム』だからこそ到達した最終話の台詞でもあります。

私は未読なのですが実際、マンガ『機動戦士ガンダム サンダーボルト』では頭部を失ったら戦えなくなるという描写があるという話も聞きました。


ロボットの頭部が重要なメインカメラやセンサーの機能を持つ部位であるという世界観で、それを失えば、普通の人間だったらまともに戦うのはかなり難しい、というのは想像はつきます。

アムロの台詞は、ヒーローロボットの頭を「たかがメインカメラ」であるというリアリティに置いた上で、飾りでなく機能をもった頭部を失っても、なお戦えるニュータイプが登場したこの作品ならではの発言と考えると、大変興味深く、すばらしいものだと感じます。

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「RX-78 ガンダム」のアイデンティティ


さらに言えば「ラストシューティング」のシーンでは、オートで動く無人状態で、パイロットのアムロは搭乗していません。

つまり「ラストシューティング」は、ガンダムの顔も無い、主人公のアムロも乗ってない、何だかよく分からない片腕のロボットが演じるラストシーンなのです。

しかしTVシリーズ第43話を、映画でも3本の劇場版を見てきた者にとって、あれは紛れもなく応援してきたガンダムで、直前にアムロと分離したことで、より純粋にロボットとしてのヒーロー性、シンボル性が高まったようにも思えます。

顔のないロボットによるラストシューティングは、今も『機動戦士ガンダム』屈指の名場面としてシンボル化されています。
ガンダムの顔ついてないのに。 主人公が乗ってないのに。

映画『機動戦士ガンダムIII めぐりあい宇宙編』では、このラストシューティングがポスター化もされています。
(検索したらちょうどAmazonでこのポスターが出品されていた)


TVアニメ作品の映画化であり、すでに「ラストシューティング」が名場面として認知されていたとはいえ、そして他にもポスターがあるとはいえ、大胆なポスターです。
『機動戦士ガンダム』と言いつつ、肝心のガンダムの顔がどこにもないわけですから。

それでもこのポスターが作られたのは、玩具(商品の顔)として、キャラクターとして、大事な頭部を失っているけれども、ラストシューティングをするあのロボットというのはガンダムでしかありえないのだ、という事なのでしょう。
ガンダムフェイスを失ってなお、いや失ったからこそ成立するキャラクター・アイデンティティ。

のちのシリーズが示すように「あの顔」を持つロボットこそが特別なモビルスーツ「ガンダム」と呼ばれます。
でも始祖たるファーストは、「あの顔」を失っても「ガンダム」と呼ばれる境地に到達している、といえるかも知れません。
頭部などたかがメインカメラだと、そう言えるニュータイプによって。


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おまけ『宇宙世紀残侠伝 片キャノンの政』


ラストシューティングと言えば有名なのは、ここまで書いたように当然ガンダムのあれです。
しかし同じく最終話、リックドムに一撃もらうものの、倒れ込みながらの片キャノン(片乳的な表現)で通路の先のリックドムを撃ち抜いた、ガンキャノンのラストシューティングもかなりの美技で、個人的には大好きです。

え?ガンタンク? ハヤトは……ハヤトは……がんばってたよ!うん、がんばってた。



もしガンキャノンのパイロットになれたら、あの倒れ込みながらの片キャノンの練習だけしようと思います。
そして、「片キャノンの政(まさ)」みたいなあだ名で恐れられるぐらいになって、

「キャノンを2発とも同時に撃っちまうのは素人のすることよ」
「お、おめえは片キャノンの政!」


といった感じで背後から颯爽と登場したい。

「か、片キャノンの政……知ってるぜ。奴の片キャノンで仕留められなかった機体はねえ」
「……じゃあ両肩にキャノン積まなくていいような?」
「バカ野郎!奴は前方と直上の敵を同時に左右の片キャノンで撃ち抜けるって話だ」
「見ろよ、なんてえキャノンさばきだ……」
「奴のガンキャノンの赤は、返り血を浴びた真っ赤な血の赤よ!」


……片キャノンの政、同時に2発撃ってるな。
まあ、彼にとって同じところに2発同時に撃ちこむのは無意味ぐらいの意味かな。
いや、どうでもいい。片キャノンの政の発言の整合性なんて死ぬ程どうでもいい。
ていうか、そもそも片キャノンの政ってなんなんだよ。誰だよ。




関連記事


「ロボットチャンバラ」としてのガンダム<ビームサーベル戦闘論>

本稿でも触れた「傷つくことを許された肉体」であるロボットの戦闘シーンについての記事。

ガンダムが「ガンダム」である意味

ファースト以降のガンダムは物語的にも、メタ的にも全てフェイクである、というまとめ。
ファーストとは違い、フェイクだからこそガンダムフェイスの存在が重要であって、失うわけにはいかないものになっています。


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毎年恒例、1年間のブログ活動のまとめ記事でございます。
今回は昨年2017年度のご報告となります。まっこと遅くなり申した。
単なる怠惰の産物であり、どきゃんもこぎゃんもあらしまへん。

2017年中に書いた記事数は、6本。
そのうち富野アニメ関係の記事は4本(実質5本)と、最低限の義務は果たしたというか、上出来じゃん!という思いでいっぱいでございます。

どの記事も面白い自信はあるのですが、世間の評価とアクセス解析の結果を見る限り、ほとんど誰にも読まれてないし、誰にも評価されていないという有様。
それが本当に妥当かどうかチェックするチャンスが今、幸運なあなたに与えられました。
(「妥当でした」というリアクション不要です)

2017年度 珠玉のブログ記事(もう何も言うな)


「永遠のフォウ」は耐えられるが、「ロザミアの中で」は耐えられない


フォウ・ムラサメが三度死んだとき、ロザミアはようやく兄を見つける。<『機動戦士Zガンダム』「ロザミアの中で」でのカミーユの絶望>

『機動戦士Zガンダム』第48話「ロザミアの中で」を見ていく中で、フォウ・ムラサメの「三度の死」を検証します。

「ロザミアの中で」は劇場版ではカットされた要素なのですが、尺の問題以前に、劇場版のラストに向かうためにはカットする以外の選択肢が無い、という事が重要です。

劇場版『Zガンダム』は、ラストの変更が話題になることが多いですが、『ブレンパワード』、『∀ガンダム』、『キングゲイナー』と当時の作品を追っていれば、何一つ驚きはなく、実際に予定調和的なものでした。
ですから劇場版に関しては、ラストに注目するよりも、ラストを変更するためにどのような再構成がされたか。さらにいえば「何が取り除かれたか?」を考える方が面白いかも知れません。

その視点の一助になる記事ではないかと思っています。

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沈まなかったアーガマに帰らなかった魂


「帰れる船」としてのホワイトベースとアーガマの対比 <『機動戦士ガンダム』での優しい嘘の共同体>

TV版『機動戦士ガンダム』にだけ存在する「光る宇宙」でララァに取り返しをつかないことをしてしまった直後、ホワイトベースに帰還したシーンについての話。

劇場版は素晴らしいのですが、やはり私の心のベースはTV版なのです。

長い旅路の末、ホワイトベース内部には疑似家族的なコミュニティが成立します。
アムロはニュータイプであるがゆえに、この疑似家族的なコミュニティへの最後の参加者になりました。

そしてこの終盤のホワイトベースとアーガマを比較します。
「ロザミアの中で」で同じように傷ついて母艦に戻ったカミーユに待っていたものは果たして何か。
ということで、先の「ロザミアの中で」解説記事に接続します。
ぜひ2つの記事をセットでお楽しみ下さい。

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パンダ目暗殺おじさん、一世一代の晴れ舞台


わがままはディアナの罪、それを許さないのはみんなの罪 <『∀ガンダム』第44話 「敵、新たなり」のミドガルド、女王に救いを求めて走ること>

『∀ガンダム』第44話 「敵、新たなり」の解説記事なんですが、主役は完全にパンダ目暗殺おじさんことミーム・ミドガルドになっております。

ここまでミドガルドおじさんに寄り添った記事はないのではないか、と思っていたのですが、今改めて読み返すと、寄り添ってはいるけど全然ミドガルドに優しくないですね。
殺し殺されたらカーニバル(中森明菜)の回だから仕方ないかな。キスは命の火です。

記事後半には、おまけとして『∀ガンダム』でよく言われる「ギンガナムへの責任の押しつけ問題」について書いています。
ある種、こちらの方が本編のような気もします。

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誰が悪いんじゃない。みんな貧乏が悪いんだ。


異世界にアメリカ人が5人。天才がふたり、軍人がふたり、さて残るひとりは? <『聖戦士ダンバイン』での地上人 from USA>

『聖戦士ダンバイン』では、現世から異世界バイストン・ウェルへ召喚されてしまった人間(地上人)が何人も登場します。
その中で、アメリカ国籍を持つ地上人5人にスポットを当てた企画です。

いちばん書きたかったのは、マーベル・フローズンについて。
そして彼女との関係を考えることで明らかになる主人公であり日本人ショウ・ザマの立ち位置についてです。

ショウはダメな主人公と言われることがありますが、そこには日本や日本人ゆえのという部分が見え隠れします。
良くも悪くもアメリカという国との付き合いが、日本には強い影響を及ぼしていますが、バイストン・ウェルでもショウの前にはさまざまなパターンのアメリカ人が登場いたします。
さて、どのアメリカ人を友人として付き合いましょうか?

そんな視点でお読み頂けたら楽しいかと思います。



海南大附属の王者・牧紳一は本当にすごいのか問題


基準(物差し)となるキャラクターから考える物語<『スラムダンク』『キャプテン翼』『機動戦士ガンダム』のパワーバランスとキャラクターの格>

バトル(スポーツ)物の作品における、キャラクターの「格」についての記事。
こういった作品でキャラクターが強くあるために必要なのは、身体能力とか必殺技とかではなく、「格」なのです。

『スラムダンク』、『キャプテン翼』などの名作マンガを例に記事は進みますが、後半『機動戦士ガンダム』の戦闘バランスの話になって、そこから結局いつものガンダム漫談が始まります。

本当は『スラムダンク』、『キャプテン翼』のパートだけでも、ちゃんとひとつの記事として成立してると思うんですけどね。



どうしていっちゃうんだよロベルトォ!


四人兄弟を養う日向家 VS 居候ロベルトを養う大空家 <『キャプテン翼』小学生編でのキャラクター経済格差>

純粋にサッカーマンガ『キャプテン翼』の記事。ガンダム漫談に脱線したりもしない貴重な記事。

『キャプテン翼』小学生編における富裕層と貧困層の戦い。
それがいかに現実に存在するワールドサッカーの構図そのものか、ということを解説します。

そういえば、大空家に居候していた時のアル中天パおじさんこと、ロベルト本郷の金回りってどうだったんでしょうか。
元プロ選手とはいえ、アル中寸前の浮浪者のようにまで身を崩したロベルトはお金持ってたんですかね。
渡航費用や日本での検査費用、日常の大空家でのご飯など、大空キャプテンのご好意というイメージがあるんですが、どうなんでしょうね。
名目(ロベルトに負担をかけないための建前)は翼の個人コーチとしての居候とか何とかで。
つまり何が言いたいかというと、小学生編ラストでブラジルに帰国する渡航費用は誰の金だったんだろう、という。

そもそも大空キャプテンは、自分が長期航海でほとんど家を空けるのに、まだ若い自分の妻と、たくましい元スポーツマンしかもラテン系サッカー選手だったロベルトを平気で同居させるという、大変懐の大きな人物です。

翼ママ「バスタオル用意しておくの忘れちゃったわ。入るわよロベ(脱衣場に入ってくる)……」
ロベルト「(ちょうど浴室から出てきた全裸ロベルト)……ママさん」
翼ママ「ご、ごめんなさい!(あわてて扉を閉める)」

だから昔から良くネタとして妄想してたのは、ロベルトのブラジル帰国の真の理由です。

ロベルトの手紙「翼、おまえはこの日本にいてもきっと素晴らしい選手になれる。おれがいなくともおまえはきっとそうなれる。翼、サヨナラだ。……P.S. ママさん、愛しています」
翼「どうしていっちゃうんだよロベルトォ!」

飛び立つ飛行機を見上げながら、思わず自分のお腹を抑えてしまう翼ママ。
翼。ロベルトはいっちゃったからブラジルへいっちゃうのよ。

そして翌年、翼とは全く似ていない浅黒い肌とチリチリの天パをもった次男が大空家に生まれるのだった。

《 『キャプテン翼』小学生編・完 》

……みたいな。
ただひとつ言えることは、私の中で大空キャプテンは大海原のようにとてつもなく大きく、懐の深いド変態だということです。(あくまで私の中で)





2018年の抱負など(もう一ヶ月分終わってますが)


以上、選びに選びぬいた、珠玉の2017年ブログ記事でございました。

2018年もどうせ大して記事の数は書けないと思いますので、せめて中身は充実野菜であって欲しい。せめて充実であれ。
『機動警察パトレイバー』のシリーズ記事がストップしているので、何とか再開したいです。
もう一度、胸のエンジンに火を入れるのはなかなか大変なのですが、2018再起動が今年の抱負です。

あと言いたいことは、ファブリーズのTVCMですね。



パパ役に千鳥ノブをキャスティングしているのは喜ばしいことですが、標準語しかしゃべらせないことに何の意味があるんじゃ!ノブが死ぬ!
「シンプルに靴がくさい!」「さすがママじゃ!」など合わせやすいセリフにも出来るのに、せっかくの「神の『じゃ』を持つ男」に標準語のセリフ与えて何がしたいんじゃ!
このCMを企画した無能な広告代理店やCMディレクター、そしてOKを出したメーカーは、猛省のため智弁和歌山高校のノックを受けて頂きたい。

ということで、2月に言うことではないですが、今年もよろしくお願い致します。
次の記事でまたお会いしましょう。

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ファーストこと『機動戦士ガンダム』第41話「光る宇宙」で、ララァを死なせて帰還した直後のホワイトベースでの、このシーンが好きなんですよね。

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よく登場する出撃ハッチに隣接した部屋で、パイロットスーツのままなので、ホワイトベースに帰還したすぐ後なのだろう。
出撃したカイ、ハヤト、セイラに加え、ハロと子供たちまで来て、アムロを囲んでいる。
ちなみにこれはTV版だけのシーン。

今回の出撃でアムロに何があったかは誰も、いちばん距離的に近かったセイラですらきちんと分かっていないだろう。
それでも帰還した直後のアムロを囲んで、恐らく「大丈夫か?」といった心配している。

それに対してアムロの方も、「取り返しのつかない事をしてしまった」直後にあれほど号泣していたのに、皆に笑顔を見せる。

この場面での台詞のやりとりはアムロとハロだけで、セイラやカイ、ハヤト、子供たちの台詞は省かれているが、描かれていないことでそこに恐らくあったであろう自然なやりとりやフォローを想像させてくれる。

アムロ 「大丈夫です、戦えますから」
アムロ 「な、ハロ、大丈夫だろ?僕」
ハロ 「アムロ、ノウハ、レベル、ユウリョウ、ユウリョウ」
アムロ 「ははは、ありがとう」


心配した?ハロが太鼓判を押してくれた「脳波レベル優良」が皮肉めいている。
そうなのだ。アムロの脳波は優良すぎて、戦場で敵パイロットとつながってしまうほどに強い。
それが、つい先ほど起きた悲劇の原因でもあった。

しかしアムロは、気遣ってくれる仲間やハロに対して、大丈夫だと笑顔で強がる。

本当は全然大丈夫じゃない、というのはアムロが後の『逆襲のシャア』まで引きずって生きている事で分かる通り、明らかに嘘でしょう。これは一生物の傷で、それが出来た直後なんですから。


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ただこの嘘は、集まってくれた仲間たちの気遣いに対する優しさの嘘である。
ちなみに「戦えますから」の方は、嘘でも何でもなく本当なのは、この後のア・バオア・クー戦で分かる。 (シャアさんに聞いてみよう)

何かを感じ取った仲間たちは自然にアムロのそばに集まり、アムロもそれが分かっていて、ララァを失った直後であるに関わらず、仲間たちを安心させるために笑顔を見せている。

この場面は、アムロとホワイトベースの仲間たちの関係、すなわち疑似家族的な共同体の成熟を示しているといえるでしょう。

これを踏まえた上で、このあと第42話「宇宙要塞ア・バオア・クー」において、今度はアムロが皆を気遣って「作戦は成功します」と宣言するシーンが訪れます。

「脱出」前の帰ってこれるための布石


ジオンのソーラレイにより、レビルの主力艦隊が壊滅した状態で向かう最終決戦、宇宙要塞ア・バオア・クー攻略。
作戦前、不安を感じる皆のために、アムロが力強く発言します。

マーカー 「第二大隊と第三大隊がNポイントから進攻します。我々はルザルを旗艦として残存艦艇をまとめてSポイントから進みます」
ミライ 「いかにも戦力不足ね」
ブライト 「こちらもソーラ・システムを使えればな」
アムロ 「でも、大丈夫だと思います。ア・バオア・クーの狙い所は確かに十字砲火の一番来る所ですけど、一番もろい所だといえます。作戦は成功します」
ブライト 「ニュータイプのカンか?」
アムロ 「はい」


これが皆を安心させるためだけの嘘であることは、直後のエレベータのシーンで早々に明らかになります。

カイ 「アムロ、さっきお前の言ったこと、本当かよ?」
アムロ 「嘘ですよ。ニュータイプになって未来の事がわかれば苦労しません」
セイラ 「アムロにああでも言ってもらわなければみんな逃げ出しているわ、恐くてね」
カイ 「そりゃそうだな。逆立ちしたって人間は神様にはなれないからな」


これはここまで紹介してきたTV版の流れで言えば、ララァを喪った後の皆の気遣いに対する、お返しの嘘ということになると思われます。

このララァ喪失後の皆の気遣い、最終決戦前の不安に対するアムロの気遣いを見て、ホワイトベースが擬似家族的な共同体として完成しているのを確認しているからこそ、最終話「脱出」時のアムロの選択が感動的になるわけです。

なぜならララァの魅力的な誘惑を振り切れるほどに、「帰って来れる場所」もまたアムロにとって大きな存在になっているから。

「ニュータイプをやる」主人公たちがつく嘘


さて皆さん。
『機動戦士ガンダム』の続編であるTV版『機動戦士Zガンダム』においても、最終決戦直前に主人公のニュータイプは嘘をつくのです。

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第48話「ロザミアの中で」で、ロザミアを自らの手で葬ることで喪い、アーガマに帰還したあと、まずカミーユとファの会話。

ファ「ロザミアさんには言い過ぎたのかしら。あの人には罪がないのにね」
カミーユ「ファは、何も間違ったことなんて言っちゃいないさ。ニュータイプも強化人間も、結局何もできないのさ。そう言ったのはファだろ?」
ファ「でも……」
カミーユ「できることと言ったら、人殺しだけみたいだな」
ファ「カミーユ……」(ファ、去る)


この場面でのファは、矢吹丈に「灰のように真っ白に燃え尽きる」話を聞かされた紀ちゃんみたいになっており、悲しそうな顔を見せるが、そのままカミーユをケアせず去ってしまう。

その後、クワトロがなぜか微笑を浮かべながら、カミーユの肩に手を置いて話しかける。

クワトロ「あまり気にするな」
カミーユ「気にしてなんていませんよ。気にしてたら、ニュータイプなんてやってられないでしょ?」(笑顔)


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で、カミーユのこの笑顔。
カミーユの言葉が嘘であることは誰もが気付くことですが、クワトロは何も言いません。
おい、ノースリーブ。お前の自室のサボテンに花が咲いているかどうか今すぐ確認してこい。

ホワイトベースのように自然と皆が集まって気遣うシーンようなシーンは無い。
そもそも、それが可能な関係性が出来上がっているならば、カミーユはこの時点ですでにドクターストップになっていただろう。

カミーユ・ビダンはこの時点で己の役割に気づいてしまっているが、そのことに誰も気づかないし、止めようともしない。
クワトロは気づいているかも知れないが何も言わない。
ホワイトベースとアムロは優しい嘘を、嘘と知った上でそれを受け入れる事が出来るような関係を最終的に手に入れたが、アーガマの中には何もない。

お前はアーガマに帰りたいの?


アムロが自らの意思で帰る場所としてのホワイトベースは、ア・バオア・クー戦の中で沈んでしまった。
しかし「帰れる場所」の本質は、当然場所そのものではなく、そこに成立した人間関係やコミュニティにある。
だから、アムロは脱出艇であるランチで待っている皆のところへ迷わず帰ってこれた。

その意味でホワイトベースという場所を最後に失ってしまうことに物語的な意味はあっただろう。
疑似家族的共同体の形成にホワイトベースという船は必須だったが、成立したコミュニティは船を失ったとしても失われない。
そのことがホワイトベースを失うことで明確になる。

ではカミーユ・ビダンはどうか。
最後の戦いが終わった後、カミーユは自らの意思ではアーガマに帰ることができない。
帰ろうとしない、とまで言ってもいいのかも知れない。

アーガマは最後まで沈まなかった。だから帰ってくる場所はある。
場所はあるけれど、そこにはホワイトベースのようなコミュニティは存在しない。
傷ついた魂はアーガマには帰らない。
これはホワイトベースとの対比として象徴的だ。


百式の残骸はそ知らぬ顔で銀河を流れていく。


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あとがきと関連記事


冷蔵庫の残り物でチャーハンを作るように、ありもので2017年内に1記事でっちあげるつもりが叶わなかった。
そのため、元日から記事あげるなんて気合入ってるね!という感じになってしまったが、もちろんそのような甲斐性はない。

成長物語としての『機動戦士ガンダム』と、ニュータイプへ覚醒したアムロが擬似家族に帰るまで辿った「心の回り道」

ホワイトベースで生まれた疑似家族的な共同体と、それに最後のメンバーとして参加したアムロ・レイのお話。
今回の記事と関連したTogetterまとめですので、宜しければどうぞ。

フォウ・ムラサメが三度死んだとき、ロザミアはようやく兄を見つける。<『機動戦士Zガンダム』「ロザミアの中で」でのカミーユの絶望>

今回の記事でも登場した『機動戦士Zガンダム』の第48話「ロザミアの中で」を深く掘り下げた記事。カミーユにとって「ロザミアの中で」がいかに絶望するものだったのか。

『機動戦士Zガンダム』は現在のところ、Amazonプライムビデオ見放題として見ることができます。
Amazonプライム会員でない方は、以下のバナーから会員特典を確認してみてください。
富野アニメをはじめ各種サンライズ作品は、入れ替えこそあれ、常に豊富な作品が用意されていますので、お好きであれば損はしないと思います。

『∀ガンダム』は現在、AmazonプライムビデオにてTV版、劇場版ともに絶賛配信中。
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などと宣伝にいそしむ今日この頃ですが、バナーの「ガンダム作品続々追加」にウソは無いとはいえ、視聴数があまりに多いものはさくっと見放題からはずれる印象です。
『機動戦士ガンダム』『機動戦士Zガンダム』のように『∀ガンダム』も、いつ見放題のラインナップからはずれるか予断を許しません。

ということで、いくつか考えていた記事候補は一旦保留して、今回は『∀ガンダム』ネタを優先してお届けすることに致しました。

「大丈夫、大丈夫。どうぜ『∀ガンダム』は見放題からはずれるほど見られてないよ」などという方には、罰として「アニス・ファームの会」に参加してもらいます。え?ご褒美なのでは?と思った大きなお友だちの諸君。内容はアニス婆さんの畑での強制労働です。






『∀ガンダム』第44話 「敵、新たなり」とは


『∀ガンダム』第43話 「衝撃の黒歴史」は、太古より繰り返されてきた宇宙戦争として、すべてのガンダムシリーズの戦いが「黒歴史」として封印されていたことが明かされます。

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この「黒歴史」の映像公開は、主人公ロラン達にとって衝撃であったと共に、月の民ムーンレィスにとっても衝撃であり、またこの作品を見ているわれわれ視聴者にとっても衝撃であった、という、まさに「衝撃の黒歴史」のサブタイトルにふさわしい内容になっていました。

『∀ガンダム』全体でも重要であり、注目されることが多いエピソードです。

今回取り上げるのは、その次の回にあたる第44話 「 敵、新たなり」

第43話に比べれば知名度では劣るエピソードになると思いますので、本題に入る前に第44話全体がどのようなお話だったのかを、復習がてら確認してみましょうか。
Amazonプライムビデオでの各話あらすじから、第44話のものを引用してみます。

第44話 「敵、新たなり」あらすじ

黒歴史の映像に動揺した月の市民たちはパニックとなり、暴動状態に。闘争本能に目覚めた者は例外なく排除しようとするアグリッパをディアナとキエルは殺そうとするが、アグリッパはミドガルドの手により射殺される。さらにミドガルドは、新秩序を築くためディアナの命も狙う。


簡潔に出来事だけを並べれば、「アグリッパが死んで、月光蝶が初めて発動し、ミドガルドが死んだ」回である、ということになるでしょう。

本記事の主役、ミーム・ミドガルド


今回は、パンダ目暗殺おじさんことミーム・ミドガルドに注目します。

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【 ミドガルドおじさんのかんたんな紹介 】

キースのパン工場で働くおじさんとして登場したミドガルドは、実はアグリッパ・メンテナーの命により女王ディアナ暗殺の為にやってきたアサシンおじさんだった。
テテス・ハレを使い、ディアナ暗殺を謀るが失敗。テテスを始末する(超うまい射撃)。
その後、ディアナを月に連れて行く任務を負い、ハリーに恨まれながらも宇宙へ。
だが途中でキャンサー、ムロンの協力によりディアナに逃げられるという、都会っ子が夏休みに虫を網で捕まえたけどカゴに移すときに逃げられるようなツメの甘さを露呈してしまい、ギム・ギンガナムに嘲笑される。
そして、アグリッパの部下として、冬の宮殿での黒歴史公開にも居合わせることに。


アグリッパは、冬の宮殿の管理者(メンテナー)として月から動かない(動けない)こともあり、地球が舞台である物語前半において、アグリッパが地上に影響を及ぼすための存在としてミーム・ミドガルドは登場します。

物語後半、舞台は宇宙、月へと移りますが、この時にキャラクターのほぼ全てが月へ移動します。
野心あるグエン、核ミサイルを抱えるロラン、勇ましいミリシャの軍人たちなど、月世界旅行への動機や感情にバラエティをもたせながらも、月へ向かうベクトルは統一されていますが、問題はディアナ・ソレルです。

彼女は「地球帰還作戦」の最高責任者であり、それにより発生してしまった地球人との戦争の責任を負う立場。本来であれば、月帰還をする理由もないし、そもそもディアナ・カウンターと地球の問題を放置して月へ去るのも無責任でしょう。
だからディアナだけは本人の意志でなく、外部の力によって強制的に月へ連れていくしかない。
その役割を果たしたのがこのミドガルド、ということになると思います。

そして、この第44話 「 敵、新たなり」で、ミドガルドはまた違う役割を負うことになるわけですが、この回での彼の動きをまとめると、こんな感じになります。

【 第44話でのミドガルドの動き 】
  1. アグリッパとディアナの論戦。お互いを批判し合うが埒があかない。
  2. ディアナとキエルによるアグリッパ暗殺……を、ミドガルドが代行し、アグリッパは死亡する。
  3. ミドガルドは続いてディアナの生命も狙うが、リリ嬢の機転により、逃げ出す羽目になる。
  4. 逃げたミドガルドは、戦艦ジャンダルムで冬の宮殿に向かってミサイル攻撃を仕掛けてくる。
  5. そのミサイルの雨を防ぐ際に、∀ガンダムの月光蝶システムが発動し、宮殿は守られる。
  6. 月光蝶を目撃したミドガルド。狼狽し、ディアナの名を呼びながら船の脱出口に向かって走る。
  7. しかしハリーによってスモーチョップで叩き潰され、ミドガルドは処刑された。

アグリッパを殺し、ディアナをも殺そうとしたミドガルドが、なぜディアナに救いを求めたのか。
そして、それに対してハリーが行った「ディアナの法の裁き」とは一体何なのか。
この1.~7.の動きを追いながら、考えてみることにしましょう。

1. アグリッパとディアナの平行線議論


今回の本題は「ミドガルドの死」の場面そのものですが、それにつながる前述の1~3.にあたる部分を簡単にまとめておきましょう。

アグリッパとディアナ(キエル)が議論するわけですが、双方ともに問題をはらんでいます。

ディアナの地球帰還作戦は、基本的にはある種の「わがまま」から発生しています。
しかしそれは月の世界と比べて自然で、より人間らしい営みであるとディアナは考え、これを我が子たるムーンレィスにもと、帰還作戦を立案します。ですが根を下ろしたい地球には当然ながら地球人が住んでおり、文明レベルの格差などの問題もあって、戦争が発生してしまいます。
この戦争の発生責任は、ディアナ・ソレルにあります。

わがままは ディアナの罪
それを許さないのは みんなの罪

若かった 何もかもが
あの金魚は もう捨てたかい

(「月と金魚の頃」より)



天皇陛下の生前退位によるご公務からの引退を検討している我が国としては、他人事とは思えなかったりしますね。

ディアナの子たるムーンレィス市民からすると、東京に住んでいたのに「より人間らしい生活をしよう」などと言いだして、田舎に移住するのを決めた勝手な父親、といったところでしょうか。……と書くと、なぜか黒板 五郎みたいな気がしてきた。

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一方アグリッパは、そのディアナの地球帰還作戦に反対していた人物です。
彼はメンテナー(管理者)らしく、現状のまま月の冷凍睡眠システムを使いながら、地球と関係なく生きていくことを主張します。
我が子たるムーンレィスに対しては闘争本能が目覚めることを恐れ、黒歴史など過去の戦争の情報も隠蔽し、今いる月でこのまま幸せに暮らしていきましょう、といった考え。

アグリッパの子たるムーンレィス市民からすれば、バトル物やヒーロー物など暴力的なテレビは見せず、戦争ゲームもダメ。お外に出る必要もありません。おとなしく、おうちの中で平和に過ごしましょう、という母親といったところでしょうか。

ムーンレィスから攻撃性を奪って、外にも出さず、月という人工の箱庭の中で管理して閉じ込めておくという、いわば母性的な働きをしているのは女王ディアナではなくアグリッパ・メンテナー。
これは役職からの性質という面が大きいと思いますが、女王ディアナが黒板五郎であるのに対し(むちゃくちゃな例えだ……)、男性であるアグリッパがむしろ「ああ、こういう難しいお母さんいる」といった感じであるのが面白いところです。

アグリッパは、ムーンレィスに余計な刺激を与え、戦争をも起こしたディアナを批判します。
もうひとりのディアナであるキエルからは「月に閉じこもっていても、いつか地球人の方から月に来ますよ」と返されますが、それに対して「その為のネルフ(ギンガナム家)です」とアグリッパは答えます。

具体的な力を持たないアグリッパお母さんにとって、ギンガナムは「お父さんが帰って来たら、ゲンコツしてもらいますからね!」という、暴力の外部委託機関のようなものでしょうか。 
暴力装置としては利用するが、アグリッパに言わせるとそれは闘争本能や戦争とつながるものではないらしい。彼は言う。
「武門の家ギンガナム家でも、実戦などは1度たりともやっていない歴史を歩んできたのだ」

ただ、ギンガナムやスエッソン達が黒歴史の映像を見た反応は「おい、マジかこれ。黒歴史にあるような宇宙戦争最高だな。我が世の春が来た!」だったりするので、アグリッパがコントロールできるようなものとは思えないのだけど。

その後のやりとりについては、台詞を引用しましょう。最終局面です。

アグリッパ:「私はムーンレィスには黒歴史という真実など知らせず、永遠に穏やかに暮らさせたかったのです。それなのに女王は……」
キエル:「地球人は覚醒を始めていました。永遠に真実から目をそらすことなどできません!」
アグリッパ:「それが闘争本能の言わせる事なのだ。その本能を目覚めさせた者、目覚めた者は排除するしかないのです!」
ディアナ:「闘争本能に火のついていないアグリッパが、そこまで言う変節、正しようがないようですね」
ミドガルド:「む」
アグリッパ:「ほう!」
ディアナ:「私は地球で、花を咲かせるにも血と肉が必要なのだと学びましたが、私は300年前に大罪を犯したのでしょう」
キエル:「ならば、ここでもうひとつの大罪を犯し、地球人とムーンレィスの暴走の果ての無残さを示しましょう」


闘争本能に火をつけたものと火がついたものは殺す!と主張する、健康のためなら死んでもいい主義のアグリッパに対して、あれれー?おかしいぞー(江戸川コナン)。殺すとか言っちゃうんだ?闘争本能を否定しているというあなたが?と返すディアナ。

アグリッパの声を担当するのは、兜甲児とジャッキー・チェンという闘争本能の塊キャラでおなじみの石丸博也。いかに闘争本能を拒否しても、それはムリな話である。……と思ってしまうようなキャスティングではある。

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そのあとの2人の女王(ディアナ&キエル)の台詞がまたふるっている。
地球人とムーンレィスの闘争本能に火をつけた自らの大罪を認めた上で、ではそのムーンレィス(ディアナ)と地球人(キエル)の暴走の果ての無残さを示しましょうと言う。

この二人の口上は、上品な言い回しをやめるなら、「おい、おっさん。もう罪がひとつでもふたつでも一緒じゃ。お前が恐れる闘争本能とやらを、その身で味わってみるか?あ~ん?」みたいな感じだろうか。めちゃこわ!

2. アグリッパとディアナを、共に暗殺しようとするミドガルドおじさん


ここまでで、1. のパートしか紹介できてない。ここは本題じゃないのに……。もう少しはしょってスピードアップします。

アグリッパとディアナの議論は平行線に終わるわけだが、先のめちゃこわ口上の後、ディアナ&キエル「死にませい!」と、アグリッパを殺そうとする2人。対話による平和的解決をあきらめ、自らの手を汚して問題を解決しようとする女王。
もうこの場面だけでも、女王ディアナが別に清廉潔白な現人神でもなんでもないことは分かる。

しかしこれは未遂に終わり、アグリッパの腹心であるミドガルドがアグリッパ殺しを女王の代わりに行う事となりました。(やっと、今回の主役ミドガルドの話になった)

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ミドガルド:「女王陛下のお話を聞けばアグリッパのやり方の非もわかります。それに従って己の手をも汚したのは、月のシステムが安定すればと思えばこそでした。陛下もまた、アグリッパの指摘する通りでありましょう」
ディアナ:「認めましょう」
ミドガルド:「はい。もはやあなたも月のシステムにとっては不幸なお方です。そのお手を殺人で穢させなかったのは……女王陛下への最後の忠誠心とお思いいただきたい」


アグリッパとディアナの議論を聞いていたミドガルドによるジャッジは「2人とも死んだほうがいいな」でした。これはそんなにむちゃくちゃな結論ではありません。
アグリッパもディアナもお互いが批判しあったように、それぞれ非がありました。

ただ月の統治者2人に問題があるとはいえ、ミドガルドにその後のプランがあるとは思えません。
今後の月のシステムや、残ったギンガナムをどうするのか、などはあまり考えてないでしょう。
このあたりの何も考えてなさは、この後、ミドガルド自身に返ってくることになります。

3. ディアナ暗殺に失敗し、逃げ出すミドガルドおじさん


前述のやりとりの後、会話はさらに続きます。

キエル:「月の真の安定を望むのなら」
ミドガルド:「それでは私が裁きを受けなければならなくなる。御覚悟!」


途中でミドガルドに遮られていますが、キエルの言葉の意味は、月の真の安定を望むのなら――ディアナ様に従いなさい、またはディアナ様にお任せなさい、といったニュアンスだろうか。
責任があるのはディアナ様もお認めになっているけれど、今の事態を治められるのもまたディアナ様しかいないと。(実際、この回で発生した暴動はディアナによって鎮められる)

しかしミドガルドは「それでは私が裁きを受けなければならなくなる」と返している。

ミドガルドがこれまで行った数々の行為を考えれば、「裁き」を受けるわけにはいかない。
月のシステムのためにも、自らの保身のためにも、女王には死んでいただくしかない。
ここでミドガルドは、女王の「裁き」を拒否しています。これはポイントのひとつなので、ぜひ記憶しておいて下さい。

この後、リリ嬢の機転によって、ディアナ暗殺には失敗。ミリシャ兵に取り押さえられます。

リリ:「あなたの裁きは寛大な結果になります。ご安心なさい」
ミドガルド:「……リリ・ボルジャーノ嬢!」
リリ:「この場は、あなたの部下と共にお引き取りください!」


リリ嬢は、ミドガルドに対する女王の裁きは寛大な結果になるから安心しろと言う。

この回に登場する、「裁き」というキーワード。
ミドガルドが己の罪を自覚し、身の危険を感じている「裁き」。
そんなことはないと、リリ嬢が言う寛大な「裁き」。
はたしてミドガルドにはいかなる「裁き」がくだされるのか?
(ヒント:この回でミドガルドは死ぬ)

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結局、ミドガルドはどさくさに紛れて、この場を逃走する。

4. タブーを無視して、ミサイル攻撃を仕掛けるミドガルドおじさん


逃げたミドガルドは戦艦ジャンダルムで冬の宮殿に引き返し、ミサイル攻撃を命じます。

ミドガルド:「この騒乱の元は地球人であり、それを連れてきたハリー・オード大尉だ!全砲門ミサイル発射用意!」
DC兵:「ここでは宮殿に被害が出ます」
ミドガルド:「人口冬眠しているドームを攻撃しろとは言っていない!新たなる地図を作る為、掃除をするだけである!」


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罪に罪を重ねるミドガルドおじさんであった。

5. ターンAが月光蝶を発動して、ミドガルドおじさんのミサイル攻撃を防ぐ


冬の宮殿に迫るミサイルの雨を防ぐロランのターンAガンダム。

ソシエ:「何、あの光の幕?爆発を吸い取ってるの?」
ロラン:「場所をわきまえろっ!」


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ジャンダルムブリッジクルー:「ヒゲの奴が!」
ミドガルド:「どういう事なんだ?」
ジャンダルムブリッジクルー:「砲撃やめます!」


この場面で初めて月光蝶システムが発動し、冬の宮殿は守られました。

ターンAが黒歴史にあるように太古の戦争で文明を埋葬してきた恐ろしいマシンであることは事実ですが、ここでは闘争本能が暴走したミドガルドの愚かな攻撃から、ムーンレィスを守るという役割を果たしました。

6. 月光蝶を見たミドガルドおじさん、狼狽して走り回る


この光景を目の当たりにしたミドガルドは、激しくうろたえます。

ミドガルド:「そうだった。ヒゲのモビルスーツはターンA、黒歴史の象徴のマシンなのだ、文明を滅ぼした。……わ、私は、私はとんでもない事をしている、私は黒歴史のマシンを目覚めさせてしまったのだ!私は何をしようとして!ディアナ・ソレル様!ディアナ!船を港につけろ!」


そう叫ぶと、艦の脱出口へ向かって、全力で走り始めます。

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ミドガルドが大慌てで走るアニメーションは、恐らくこの回で(月光蝶より)印象に残る場面ではないかと思います。
艦内通路を右に左に、まさしく右往左往。
ミドガルドの焦りはもちろん、どこか人間として滑稽な部分も含めて伝わってきます。

しかし何度もディアナ暗殺を試み、今またタブーである冬の宮殿に攻撃をしかけておいて、何を今更、ディアナに救いを求めるのか。

先程の彼の台詞を分かりやすく置き換えれば、こんな感じになるでしょうか。

「自分の攻撃により、ターンAの月光蝶システム発動のきっかけを作ってしまった。黒歴史において文明を滅ぼした恐怖のマシン、ターンA。それを私が目覚めさせてしまった。とんでもないことをしてしまったぞ!ひ、卑弥呼さまー!」

ミドガルドの認識は基本的には正しいが、同時に歪んでいる。

アグリッパ家が代々守ってきた月の宮殿、いわば月の文明を司るものを滅ぼそうとしたのはミドガルド自身であって、この場面でのターンAは文明を滅ぼすどころか、それを守る役割をしたに過ぎない。それはロラン・セアックが使うターンAガンダムだからできたことである。

しかしミドガルドの中では、彼自身が行った罪が「ターンA(月光蝶)を目覚めさせてしまったこと」にすり替わってしまっている。
月光蝶を目の当たりにしたのが衝撃だったとはいえ、本来の罪である月の宮殿への攻撃を無意識にすり換えているところに、この男の本質が見えるような気がしてならない。

いずれにせよ。
ミドガルドはここで心底怯えた。

自分が批判し、裁こうとしたアグリッパやディアナと同じく、大変罪深いことをしてしまったと。
もはや逃れようもなく「裁く側」でなく「裁かれる側」の人間になってしまったことを自覚した。

それは要するに統治者たちの背負っている物の重さと、その覚悟に怯えたということでもある。
確かに黒歴史を隠匿していたりもした。地球へ行って戦争を起こしもした。
アグリッパとディアナ、考え方は異なるが、いずれも月世界の人々の命と、未来への責任を背負っての発言と行動である。(そういう意味で、やはり上に立つ者はすごいことはすごい)

それはミドガルドごときが背負えるようなものではなかった。

だから彼は無意識にディアナの裁きと、その先にある救いを求めて、親を探す子供のように走る。

なぜか?
それは恐らくディアナであれば。ディアナによる「裁き」であれば、彼の罪を許すからでしょう。
のちにフィル大佐やミラン執政官らも許したように、ディアナ・ソレルは全て自分の責任として受け止める覚悟でいました。

ミドガルドの罪も、ディアナの前で跪いて許しを請えば、恐らく許してもらえる。
より正確に言えば、彼の罪をディアナが代わりに背負ってくれることになるでしょう。

だからミドガルドは救いを求めて、ジャンダルムの脱出口の扉を開けた。

7. ミドガルドおじさん、ハリーにより「ディアナの法の裁き」を受ける


そこに待っていたのは、ディアナによる救いではなく、ハリー大尉のゴールド・スモーだった。

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ミドガルド:「スモー、ハリー大尉は、親衛隊」
ハリー:「ディアナの法の裁きは、受けていただく!」


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決まり手スモーチョップにより、ミドガルドは跡形もなく消し飛びます。

ハリーが言う「ディアナの法の裁き」というのは、この回に3度だけ登場する「裁き」という台詞、その最後のものであり、これがミドガルドにくだされた最終的な「裁き」ということになりました。

このシーンですが、そもそも全てを知っている我々視聴者と、当事者であるハリー大尉の間には情報の差が生じています。

ハリー大尉はスモーに乗って対処していたので、宮殿内での出来事には立ち会っていません。
(アグリッパの死など、重要情報については通信で把握していたなどの可能性はある)
ですからミドガルドに対する「ディアナの法の裁き」というのは、ハリーの目の前で行われた冬の宮殿を巻き込んだ攻撃に対してということになるでしょう。

それに対して月光蝶が発動し、それを見たミドガルドは戦艦ジャンダルムのブリッジで狼狽し、ディアナに救いを求めて叫びますが、当然これも視聴者は知っていても、ハリー大尉の預かり知らぬところです。

しかし、ミドガルドの心変わり(好意的に見れば、ある種の改心)とその後に取る行動をまるで知っていたかのように、ハリーは絶妙なタイミングで脱出口前に居合わせ、ミドガルドのみを処刑しています。

純粋にハリーの視点と動きだけを追っていくと、不自然なほどあまりにも出来すぎた流れといえますが、全てを見ている視聴者の立場では不自然さを感じることはないでしょうし、むしろ、ミドガルドが「裁く側」から「裁かれる側」に逆転したことを悟った瞬間にハリーによる「裁き」が訪れる、というタイミングを重視した構成を正しいと感じます。

ただひとつの問題は前述のとおり、「ミドガルドの罪はディアナの裁きによって許されていた可能性が高い」ということです。

「ディアナの法の裁き」というハリー・オードの私刑


ハリーは、ミドガルドに謝罪も弁明もさせる暇も与えず、スモーチョップで処刑しています。
これは、これまでにディアナ誘拐などで煮え湯を飲まされたりもした親衛隊ハリー・オードの物語としてはカタルシスとして作用するでしょう。

しかし「ディアナの法の裁き」であるとハリーが叫び、くだした実刑判決は、私が想定(予想)する、実際のディアナによる「裁き」の結果とは矛盾しています。

当然ながらハリーは、ディアナに対して「ミドガルドを殺して良いでしょうか?」などと事前確認は取っていないし、取るヒマもなかったでしょう。
であるがゆえにこれは、「ディアナの法の裁き」を建前とした事実上のハリー・オードによる私刑、と言って良いと思います。(もちろん、冬の宮殿への攻撃自体はディアナの名を借りずとも大罪のはずですが)

では、それに対して女王ディアナの反応はいかなるものか。
ハリーがミドガルドを処刑し、もう何もない破壊された脱出口が、ただ映される。

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そして、その後のディアナとキエルのカット。

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ディアナ:「法に従う。時には残酷ではあります」
キエル:「はい」


これはとても曖昧な台詞です。
ミドガルドの事を言っているようであり、ハリーの事を言っているようであり、自分自身の事を言っているようであり。
カットつなぎも含めて、演出上あえて曖昧にしているとしか思えません。
どう捉えるか、非常に面白い場面です。

ただ真意はどうであれ、この台詞と共にディアナがミドガルドの死を、済んだこととして受け入れたのは確かでしょう。
そして、これもまた女王ディアナの責任の一つとして背負ったことも。

そう考えると、上記の破壊されたジャンダルムの脱出口をじっくり映したカットは、女王に対して受け止めることを課したカットといえるのかも知れません。

第44話は月で発生した市民の暴動を、ディアナ・ソレル御自ら演説することで収めて終わります。
さすがディアナ様、その御威光で四角い宇宙をまーるくおさめまっせ、と言ったところですが、この回で分かる通り、丸くおさめる為に活動している者たちがいて、それにより死んだ者もいる。

そして女王ディアナはそれら全てを飲み込んだ上で、自らの罪と責任を背負いながらなお前進を続けていくのです。

まとめ:大罪人として「裁かれた」ミドガルドおじさん


と、いうことで今回は、ぺしゃんこミドガルドおじさんの死について詳しく追ってみました。

第44話 「 敵、新たなり」は、アグリッパが暗殺されましたが、これは本来、ディアナ(キエル)の手によるものになるはずでした。
それを代行したミドガルドはディアナをも暗殺しようとしましたが、これは幸運にも未遂に終わり、さらにこの回でそのミドガルドもハリー・オードの手によって処刑されてしまいました。
それにより、客観的事実としては以下のようになるはずです。

  • 政敵であるアグリッパが、(彼の部下である)ミドガルドの暗殺によりいなくなった。
  • 「アグリッパ殺し」「冬の宮殿へのタブー破り」の大罪人ミドガルドを、「ディアナの法の裁き」が討ち滅ぼした。
  • アグリッパに対して発生した市民暴動を、女王ディアナ・ソレルが演説して鎮めた。

えーと、結果的にとはいえ、得しか発生していないキャラクターがいるような気がしますが、それを口にすると、我が家の玄関の外にゴールド・スモーが待っているかも知れないので、お口にチャックしておきます。

もちろんミドガルドは実際に数々の汚れ仕事をしてきましたし、親衛隊ハリーとしてはその恨みをチョップで晴らしたわけですが、単純にカタルシスを感じるだけの場面というには、全てを見て (知って)いた我々視聴者には非常に居心地が悪かったりします。

ただ記事に書いたとおり、作中の登場人物により意図的にディアナ有利に物事が進められたというよりは、あくまで結果的なものでしかないので、そのことを考えるのであればメタ的に考えるしか無いと思います。

いずれにせよ第44話で分かるのは、人の運命など女王ディアナといえども、どうにもならないという当たり前の事実です。

物事が進んでいけば綺麗事だけではすまないし、全てを救えるわけでも、全てをひとつにできるわけでもないのです。
実際に、この物語は女王のわがままやミスから始まっているのですから。

浮世舞台の花道は、表もあれば裏もある。
ディアナ・ソレルの行く道も、表もあれば裏もある。

この回でのミドガルドの運命を見て、そんなことを感じました。
(ちなみにミドガルドが死ぬこと自体は全く問題ではありません)

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月は無慈悲な……いえ、慈悲深い夜の女王。

しかし地球に美しい顔を見せてくれる月も、その裏側は見えないだけで確かに存在しているのです。

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EX:アグリッパの退場と、ギンガナムへの責任の押しつけ問題


ミドガルドおじさんの記事としては、これで終わりです。
さて、ここからは例によって脱線というか、おまけ、蛇足……いや、えーと、エクストラコンテンツだよ。得したね!

『∀ガンダム』の後半または結末について、「ギム・ギンガナムにすべての責任を押し付けて物語を収束させた」とか「ディアナの御威光ですべてが上手くいく都合の良い展開」といったような見方もしくは批判がありますね。
これについては富野監督本人の発言もありますし、すべての責任かはともかく、確かにギム・ギンガナムで物語を落としたので、そういう側面はあろうかと思います。

ただ個人的には、その問題を考えるには、今回取り上げた第44話 「敵、新たなり」でアグリッパが退場することについて検討することが有意義ではないかと考えています。

ディアナ・ソレルにとって政敵といえるのはアグリッパ・メンテナーだけです。
2人の議論は真っ向からぶつかり、平行線のまま終わりましたが、互いの立場からは正しい主張をしており、指摘を認めあっている部分もあります。

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例えば、アグリッパが地球帰還作戦を300年反対し続けていたという話。
『∀ガンダム』という物語が、月と交渉しようというイングレッサの領主グエン、黒歴史のマシンを正しく使えるロラン・セアック、そして何より女王と瓜二つのキエル・ハイムなど、あらゆる条件が揃ったことであのエンディングにたどり着いた奇跡だと考えれば、アグリッパの反対はそれに確実に影響したともいえるでしょう。

もっと早いタイミングで地球帰還作戦が実施されていれば、文明格差はさらに開いており、戦力バランスを調整するホワイトドールも都合よく目覚めないだろうし、半ば強引に入植する形でアメリアのサンベルトは奪われていたかも知れない。

その摩擦から戦争は避けられず、戦力格差もあって地球側には多大な犠牲が出て、闘争本能に火がついたディアナ・カウンターは一方的に蹂躙する……といった最悪のシナリオも考えられる。
地球帰還作戦が起こす闘争の危険性については、ディアナも認めていることです。

一方でアグリッパの唱える闘争本能を恐れて、月で静かに暮らしていくという主張。
これに関してはディアナが、冬眠カプセルで得られる長寿は所詮永遠ではないと批判し、地球人キエルも引きこもってもそのうち地球の方からやってきますよ、と批判しています。
この状況下で現状維持を望むのは現実を見ていないに等しいと。

また、もし地球人が月にやってきたらギンガナム家で排除する!闘争本能が目覚めたものは全員排除!というアグリッパに対しては、闘争本能を否定しながら闘争本能でそれを抑えようという矛盾を指摘しています。

要は、保守と革新の対立であり、管理と放任の対立であり、虚構と現実の対立でもあります。

アグリッパの主張は、彼がなぜか病的に闘争本能を恐れるために、現実性に乏しく、矛盾をはらんだものになってしまっているが、本来どちらも選択したときに、それなりのメリット、デメリットが存在しうるはずで、必ずしも女王ディアナが正しいわけではないはずです。
それらの問題を自覚した上でそれでもなお、地球で人らしく生きるのだ、というのが女王の考え方であり、立場であるに過ぎない。

しかし対話は平行線のまま、アグリッパ暗殺という形で、ディアナだけが残される。
個人的にはこのアグリッパとディアナの対立構造が、この第44話で消滅してしまったことこそが大きいような気がしています。
アグリッパは立場上、月から動かない(動けない)し、ラストの舞台を地球にするなら、月で何らかの決着をつけなければならないから、大変処理が難しいキャラクターだとは思いますが……。

アグリッパ、ミドガルドが死に、これで地球帰還作戦の反対者は存在しなくなってしまいました。
残るギム・ギンガナムは月の女王としてオトシマエを付ける存在に過ぎません。

EX2:アグリッパとの対立構造を維持する方向性はあるか(感想戦)


あくまで本編を尊重した上で可能性を探る(いつもの感想戦)としては、アグリッパを闘争本能否定というイデオロギーを中心にしたキャラクターではなく、もっと政治人間にする方向性は考えられるかな、という気はします。

どうしても画面からは、アグリッパ=闘争本能恐怖おじさん、という印象を受けてしまい、現実から目を背けた病的な闘争本能否定主義が先に来ているように見えてしまいますが、恐らく本来は違うはずなんだろうと思います。

ですからアグリッパを、徹底的に月の世界の現実に即したリアリストにしてみる、という手はあるかも知れません。

政治家として、豊かとはいえない月世界を維持しながら地球帰還作戦を行うのがどれだけ大変か、という点から反対する。
仮に戦争になれば、さらに月の負担は増大しますが、月はギリギリなのです。
月の都市はデリケートなので、ちょっとしたテロなどで深刻な機能不全を起こす危険性もある。情報統制もやむを得ない。
また地球帰還を望まないものも調査では全体の○%もいる。地球帰還だけに国力をかけるわけにはいかない。
月世界も維持し、月で暮らし続けたいという市民もサポートする義務がある。
なぜなら、それもまた我々が守るべきムーンレィスだからだ。

みたいな感じにして、国力や治安維持など行政上の問題が第一で、情報統制や闘争拒否はあくまで副次的なものにする。

イデオロギー的なリーダーはあくまで女王ディアナのみとして、アグリッパを政治家として月の現実から見た反対者ということにすれば、もしかすると、アグリッパは暗殺という形で処理されなくて済むのかも知れない。

これはアグリッパというキャラクターの生死が問題なのではなく、対立構造の消滅を問題と考えるので、構造と引き継ぐキャラクターがいるのなら、別にアグリッパは死んでも良い。

政治家キャラの使い勝手がいいのは、女王ディアナの地球帰還作戦に対してのあくまでも反対政策の立場にしておけば、状況の変化によっては融和も協力もできることになるから。それが政治家というものなので。
個人のイデオロギー同士の対立になると本編のように、もうどちらかが死ぬしか終われないかも知れないから。

EX3:アグリッパの退場によって一人残されたギンガナム


この第44話でアグリッパが退場したことによって、ディアナ・ソレルの戦いは事実上終了したと考えていいはずです。
ただ、それが暗殺退場という形なのでね。何か別の形もありえないか、感想戦として検討してみる価値はあると思っています。

あとはギム・ギンガナムが残っているが、これはもうディアナ・ソレルの敵というより、ありとあらゆるものの敵となっています。
よって対ギム・ギンガナムという形で物語は収束していくことになり、前述の批判に行きつくわけだが、月の統治者としてのディアナの戦いの相手はギンガナムではなく、そもそもがアグリッパ・メンテナーであろうと思う。

個人的には、アグリッパとの対立構造の作り方と、それを暗殺という手段で終了させてしまったことこそ「ディアナにとって都合の良い展開」としての問題をはらんでいるように思えます。

つまり「ギム・ギンガナム1人を悪者にした」という結果的なことより、「アグリッパとの対立構造をここで消滅させた」ということの方が、ことの本質ではないか、ということです。
(ただ、本編のアグリッパはここで殺してでもおくしかないようなキャラクターとして造形されていると思いますが)

ですから「なぜギンガナムに全てを押し付けたのか」より、「なぜアグリッパを退場させざるを得なかったか」を考える方が個人的には意義があるように感じています。

かといって物語の最後の敵をギンガナムにやってもらうことが間違っていた、とは思いません。
あの状況下での人選としてはギンガナムしかいないと思いますし、ターンAとターンXが相打ちとなり繭玉に封印されるべきでしょうからね。

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惑星の午後、僕らはキスをして、月は僕らを見なかった。<『∀ガンダム』最終話「黄金の秋」より>

ジャンダルムの破壊された脱出口と同じように、女王ディアナがわがままの代償として受け止めることを課されたカットの話が出てきます。


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