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TOMINOSUKI / 富野愛好病のkaito2198さんが進めているビッグプロジェクト「井荻麟作詞論」
富野由悠季監督が「井荻麟」というペンネームで行ってきた作詞活動に関する記事を全109回で語る一大シリーズ連載です。

このたび第52回として、『∀ガンダム』の後期エンディング曲でもあり、最終話の挿入歌でもある「月の繭」の記事が公開されました。

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曲の詳細な解説は、kaito2198さんの記事をご覧頂きましょう。

井荻麟作詞論 第52回「月の繭」
http://kaito2198.blog43.fc2.com/blog-entry-1641.html

この記事に大いに刺激を受けましたので、私も、私なりに「月の繭」について語ってみたいと思いペンをとった次第です。



kaito2198さんみたいに歌詞を追いながら、曲の全体像を浮かび上がらせるような事は出来ないので最初からする気はありません。

私がするのは「月の繭」の個人的な解釈です(妄想も多分に含まれる)。
名曲はさまざまな解釈を許す懐の深さを持っていますので、それに甘えてみようかと思います。
ですから、これからの話はあくまでこの曲が持つ無数の可能性のひとつと思って下さい。

「月の繭」の「繭」とはなにか


「月の繭」という曲は、シンプルでありながら、奥の深い歌詞になっています。

まず特徴的なのは、歌いだしから始まる情景描写。

山の端 月は満ち
息づく あなたの森

夏草浴びて眠る
愛おしい 横顔

おぼろな この星
大地に 銀の涙


これについてはこれまで「井荻麟」の歌詞を追ってきたkaito2198さんも「月の繭」記事にて、こう書いておられます。

今までの記事で論じたとおり、井荻麟の作詞だいたい「意志表明」か「物語性」のどちらの特徴を持っている。しかし、この曲は「意思」「物語」など動的な要素をもっておらず、むしろ静的な情景の描写に徹している。


この静かな情景描写が続く歌詞は、井荻麟の作詞としては特徴的(珍しい)ようです。

そして、この後の歌詞。

繭(まゆ)たる蛹(さなぎ)たちは
七たび身をかえる

青にLaLaLu LaLaLu染まる 恋し繭玉(まゆだま)
揚羽(あげは)の蝶になる


ここで出てくる「繭(まゆ)」というワード。

そもそも曲名自体が「月の繭」なんですが、「繭」という言葉は、1番の歌詞に上記の2つが入っています。
2番の歌詞には含まれておらず、最後にもう一度サビの繰り返しとして「青にLaLaLu LaLaLu……」がリピートされます。
  • 静かな情景描写が続く、特徴的な歌詞
  • 曲名にも歌詞にも使われている「繭(まゆ)」という言葉

なぜ「月の繭」は、井荻麟の作詞としては珍しく静かな情景描写が続くのでしょうか?
そして、この曲における「繭」とは、いったいなんなのでしょうか?

「繭(まゆ)」という言葉の意味


まず辞書的な意味で「繭(まゆ)」とは何か、改めて確認してみましょう。

1.完全変態をする昆虫の幼虫が、中でさなぎとして休眠するため、口から糸状の粘質分泌物を出して作る覆い。砂粒・葉などを利用するものもある。

2.蚕が口から糸をはいて作る殻状の覆い。白や黄色で、中央のややくびれた楕円形をしている。生糸の原料。

http://dictionary.goo.ne.jp/jn/209670/meaning/m0u/%E7%B9%AD/


御蚕さんの白い繭玉をイメージしますね。あの繭です。
イモムシのような幼虫が繭から出ると、完全HENTAIし、羽をもった成虫に生まれ変わっています。

ちなみに歌詞では「揚羽の蝶になる」とありますが、チョウはごく一部の例外をのぞいて繭を作りません。

『∀ガンダム』という作品の中ではどうでしょう。
主役ロボットである∀ガンダムは、「月光蝶システム」という武装を持っています。
まさしく揚羽蝶のような羽で飛び回り、ナノマシンを射出し、人工物を分解して砂状に変え、かつての地球文明の全てを埋葬した恐ろしい兵器です。

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物語の最後で、∀ガンダムはターンXと相討ちのような形となり、繭玉のようなものに包まれて眠りにつきました。
『∀ガンダム』において「繭」と「蝶」といえば、これを最初にイメージする方も多いでしょう。

では、これこそが「月の繭」の正体なのでしょうか?

ディアナは月の女神


本編に登場しているわけですから、それらがもちろん「蝶」と「繭」であることには間違いありません。

ただ、ここでは他の可能性も考えてみましょう。

そのヒント。歌詞の中の「あなたの森」について、kaito2198さんはこう書いていらっしゃいます。

「あなたの森」というのは、『∀ガンダム』のモチーフの一つでもあった「金枝篇」で取り上げられた「ディアナの森」のことだろう。神話においてディアナは月の女神である同時に森を司る女神でもある


ディアナは月の女神であり、月の象徴でもあります。

それでは月=ディアナとして、曲名の「月の繭」を「ディアナの繭」と読み替えてみてはどうでしょう。

後期エンディングのアニメーションでは、まさしくディアナ・ソレルが1匹の揚羽蝶へと変化していましたね。

ではその揚羽蝶を生んだ繭とはなんなのか。

私は「ディアナの繭」とは「地球」のことではないかと思います。

それはいずれ大地に眠るディアナ・ソレルを包んで、また次の命(蝶)を咲かすための繭玉です。

そして、もっとマクロに言えば、地球とは人類すべてにとっての繭玉ではないでしょうか。
大気という安全な繭に包まれた繭玉の中で、人類は生きている。

つまり「月の繭」とは、「地球」という言葉をひとつも使わずに「地球」そのものを表現した言葉

「月の繭」とは「地球」のことだったんだよ!

shockscience.gif

この「月の繭=地球」説は、歌詞妄想研究家highlandviewの説として、FC2ブログを通して、世の中に正式に発表するものです


……とまあ、そう考えてみてはどうかな。サイ九郎。

恋はスリル・ショック・サイエンス。

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どんどん増えるよ黒歴史


「月の繭」を地球そのものと考えると、この曲が美しい地球の情景描写から入るのも自然かつ必然に思えてきます。

繭玉が青に染まるのも、宇宙(月)から見た地球の姿をイメージすれば、海の青と雲の白で覆われたこの星は、宇宙に浮かぶ青き繭玉に見えるのかも知れません。

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この地球で、人類は何度も何度も失敗を犯してきました。
そのたびに∀ガンダムが月光蝶システムで文明を埋葬し、黒歴史をひとつ積み上げてきました。

どんな時でも、地球は人類の繭玉となって、次の蛹(さなぎ)を蝶にかえしてくれたことでしょう。
いつかは、もっと美しく、銀河まで羽ばたける揚羽の蝶になると信じて。

しかし、何度も何度も愚かなことを繰り返し、黒歴史を増やす人類。

歌詞でいえば「七たび身をかえる」に部分が相当します。

七生(しち‐しょう)
この世に七度生まれ変わること。永遠。しちせい。

http://dictionary.goo.ne.jp/jn/97881/meaning/m0u/%E4%B8%83%E7%94%9F/


人類はそれぐらい愚か生き物なんですが、いつか、はるかかなた、もしかすると、より良い生き物になれるのかも知れない。

……本当に?

全てのガンダムのエンディング曲


卵の殻を破らねば、雛鳥は生まれずに死んでいく。
我らが雛で、卵は世界だ。
世界の殻を破らねば、我らは生まれずに死んでいく。
世界の殻を破壊せよ。
世界を革命するために。


「卵」と「繭」は存在としては似ていますが、大きく違うのは、繭は幼虫が自分自身でつくるんですよね。

いわば「生まれ変わりたい」という本人の意思がないと繭というものは存在できないわけです。

この「七たび(永遠に)生まれ変わる宿命であろうとも、生まれ変わり続けたい」というところに、人類の意志、そして、わずかばかりの希望みたいなのを感じても面白いのかな、と思います。

さて「月の繭」2番の歌詞には「繭」というワードが含まれないことは先に紹介しましたが、ではどんな歌詞が展開されているのか。

あの月 あなたなら
哀しみを写さずに

世の揺らぎ見つめて
嘆かずに飛んでみる

風にLaLaLu LaLaLu唄え 翅(はね)に月うつし
揚羽(あげは)の蝶になる

揺らぐ夜に生まれ 銀河をわたる蝶よ
いのち輝かせよ


1番が地上の美しさと繭玉の歌だとすれば、2番は繭から出て、宇宙へはばたく蝶たちへ捧げる歌になっています。

特に「揺らぐ夜に生まれ~」の部分などは、ガンダムシリーズ全体を表現している歌詞といえるでしょう。

私たちは数多くの『ガンダム』という作品を通して何を見たのか。
まさしく、銀河を渡ろうとした幾多の蝶たちが、宇宙(そら)で輝かせた命を見てきたのではなかったか。
そこには、はかなく散った命も、愚かしい命も、あたたかな命も、たくさんの命があった。

kaito2198さんもこう書いていらっしゃいますが、私も同意見です。

「世の揺らぎ」「悲しみ」は長い歴史の暗部のことを示すように読み取れる。それが劇中の黒歴史ではあるし、今までガンダムシリーズで描いてたあらゆるもののことなのでしょう。


もうひとつ。

命の尊さ、それから時と生命が永遠に続くだろうというテーマは、2015年時点での最新作『ガンダム Gのレコンギスタ』まで包括できるものなので、ガンダムシリーズにおいて究極なエンディングテーマである。


「MOON」と「月の繭」との関係


さて「月の繭」を地球に見立てた説をお送りしていますが、ここで少し視点を変えましょう。

「月の繭」という曲の成り立ちについて、kaito2198さんの記事から引用します。

特筆すべきなのは、この曲の旋律の大元となる「MOON」は音楽担当の菅野よう子氏が『∀』において一番最初に作った曲で、1話のラストシーンに使われていたものであるため、この歌詞は数々の井荻麟作詞のなかでも数少ない曲先の仕事となる。


「月の繭」のベースとなった曲「MOON」は、『∀ガンダム』第1話のラストで使われた印象的な曲です。

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Gabriela Robin名義の詞・歌が載っていますが、歌詞に特に意味はないようです。
作曲の菅野よう子さんはよくこの方法を使います。どこの言葉でもない鼻歌のようなものでしょうか。

この「MOON」のメロディーが先に存在し、それに井荻麟氏が詞をつける、というプロセスで「月の繭」という曲は完成しています。
この流れは重要な意味を持つので、覚えておいてください。

kaito2198さんによれば、この「曲先(曲が先行して存在する)」という方式は、井荻麟作詞では珍しいケースになるようです。

その上で私の(結果論的な)解釈を言えば、第1話ラストの「MOON」は月から降りてきたムーンレイスの少年ロラン・セアックの曲です。
地球人の私には何を歌っているのかもさっぱり分かりません。ムーンレイス視点の月世界の曲です。

しかし最終話ラストの「月の繭」はどうでしょう?
ここまで語ってきたとおり、地球視点の地球の言葉(日本語歌詞ですが)がついた、地球の曲になっていますよね。

すなわち。

キエル:「MOON」から「月の繭」へ

ディアナ:「菅野よう子」から「井荻麟」へ

キエル&ディアナ:「また、お会いいたしましょう」


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そして『∀ガンダム』は全50話1年をかけて、月の民の帰還と地球との融和を描き、菅野よう子の曲と井荻麟の詞が出会い、見事作品と同じく「月と地球が融合した曲」が生まれました。

『∀ガンダム』とは「MOON」が「月の繭」の歌詞を獲得するまでの物語といえるのかも知れません。

ですから私は「月の繭」出だしの情景描写パートで、もうすでに感動してしまいます。

山の端 月は満ち
息づく あなたの森

夏草浴びて眠る
愛おしい 横顔

おぼろな この星
大地に 銀の涙


なぜなら、第1話でロランが叫んでいた「地球ってとってもいいところ」を、この詞こそが表現してくれているから。

最終話に「MOON」は「月の繭」となり、美しい星とそこで生きていくすべての人々の歌となったのです。


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もちろん「MOON」と「月の繭」の成り立ちは意図的なものではなく、私による結果論的な後付けに過ぎません。

でも菅野よう子が月をイメージして作ったであろう曲に、富野由悠季(井荻麟)が地球の美しさを歌う詞をつける、というプロセスは、ロマンのある解釈をする余地を与えてくれていると思っています。



以上、妄想エンジン・フルスロットルでお送り致しました。

この記事で全体に渡って引用させて頂いたkaito2198さんには、記事はもとより、Twitterなどでも「月の繭」について楽しくお話をさせて頂きました。kaito2198さんがいなければ、ここまではっきり言語化することもなく、この記事を書くことも無かったと思います。本当に感謝しております。

井荻麟作詞論シリーズはまだまだ継続中ですので、他の曲の解説も含め、ぜひご覧ください。

井荻麟作詞論109回リスト(詳細版)
http://kaito2198.blog43.fc2.com/blog-entry-1214.html

「月の繭」はさまざまな解釈の余地をもった懐の深い名曲です。
もちろん先に述べたように、今回の私の解釈は、この曲がもつ多くの可能性のひとつに過ぎません。

「繭」とはいったい何なのか。
あなたは私の解釈に、コクーンとうなづいてもいいし、マユツバだといぶかしんでもいいのです。




関連記事


「月の繭」と言えば、後期エンディング曲として使われましたが、印象的なのは、やはりフルで使われた最終回ラストの奇蹟の6分間。

その中のさらにごく一部のことを書いた記事です。よろしければこちらもご覧ください。
ロランとソシエの雪の夜の別れのキスについて。

惑星の午後、僕らはキスをして、月は僕らを見なかった。<『∀ガンダム』最終話「黄金の秋」より>


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※この記事は「タイタニック号が沈む」という重大なネタばれを含みますので未見の方はご注意ください。

レオナルド・ディカプリオ主演のハリウッド映画『タイタニック』は、豪華客船タイタニック号を舞台とした悲劇のラブロマンス。

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全世界興行収入は18億3500万ドルと、映画史上最高の興行収入を記録。2008年現在もこの記録は破られておらず、ギネスブックに登録されている。
wikipedia 映画『タイタニック』


さすが愛の映画『タイタニック』。

※タイタニック 愛の系譜。
「タイタニック」→「レオナルド・ディカプリオ」→「妻夫木聡(伝説の吹替え)」→「直江兼続(09年大河ドラマ)」→「愛」→「"愛する"と書いて"めぐみ"」→「田村正和」
(つまり、タイタニックとは田村正和です。…田村正和?)

滅多に映画など見に行かない、うちの母(田村正和ファン)ですら、劇場に足を運んだほどです。
そして帰ってきた母に感想を聞くと、最初に出たのは「ディカプリオが、かわいそうで…」
その後に私から、タイタニック号はどうだった?と聞くと「…タイタニック?うん、すごかった!沈没するところとか!でねその時に2人が…」

さすが愛の映画『タイタニック』。



富野由悠季が褒める『タイタニック』の映画のあり方


さて、この『タイタニック』。
航海いや公開当時に、富野由悠季監督がこの映画のあり方を褒めていましたね。私もそれを聞いて当時感銘を受けました。
割と繰り返し語られていることなので、富野『タイタニック』発言もいくつもあり、しかも時と場合によって微妙に変化しています。どうしような、めんどくさいなと思いながら「富野 タイタニック」で検索したら、囚人022さんがすでにまとめ記事を書いておられました(笑)。

富野監督と∀ガンダムとタイタニック (囚人022の避難所)
まとまっていてすばらしいので、まるっと利用させてもらいつつ、孫引きの形で発言を引用させていただきます。

どういうことかというと、つまり言ってみれば、「SFX特技監督のキャメロンが」っていう言い方がありますけれども、まあ「トゥルーライズ」みたいに多少その匂いや気配は出てきているんですけども、スペクタクルの素材を撮りながら、タイタニックで言っちゃえば安手のラブロマンスのストーリーをやっちゃったわけです。
これ、「安手のラブロマンス」と言うんだけれども、この「安手」ってのは実は映画にとっては決して安手のことじゃなくて、かなり僕は上等なことだと思っています。
つまりオンビジネスの観点から見たときに。つまりSFXを使いながら、スペクタクルものの素材を使いながら、実はスペクタクルなんかくそくらえで、ラブロマンスにしてあげた。
あれが要するに映画の場合のエンターテインメントの僕は「キワ」だっていう気がしてきたんです。で、それをキャメロンっていう人がやったっていうあたりがちょっと、本当に見てて、「えっ、何故これが出来たんだ!?」って、凄く不思議だったんですよ。
(「G-TV 富野由悠季インタビュー」)


『タイタニック』の監督であるジェームズ・キャメロンは『アビス』『ターミネーター2』『エイリアン2』などで映像技術に優れたSFアクションで知られる監督さんです。
そんな「SFX特技監督のキャメロン」が、映画『タイタニック』で描いたお話は、
レオ様ことレオナルド・ディカプリオを起用した(陳腐な)ラブロマンスだったわけです。

キャメロンなら、タイタニックをすばらしい映像技術で見せつつ、得意のアクション、スペクタクルに持ち込んでタイタニック・アドベンチャーしたり、沈んでいったタイタニックが謎の海洋生命体に遭遇したり、お得意のフィールドの映画がつくれたはずなのになぜ?どうしてこんな映画に?

しかし富野監督は、この映画が「陳腐なラブロマンス」を選んだこと、つまり「映画のあり方」がすごいのだ、と言っています。(私も「すごい」「面白い」と思います。)
いったい何がすごいんでしょうか?

より多く、より遠くへ届けるために選ばれた物語


富野監督が言う「すごい」とは少し違うでしょうが、私なりの「すごい」をご紹介します。

「SFX特技監督のキャメロン」がタイタニック号に凝りに凝ったのは、映画を見ても分かるし、その後のキャメロンのタイタニック号へのこだわりを見ても分かります。
多分、一番こだわって、一番見せたかったのはタイタニック号でしょう。キャメロンだったらどんなマニアックなタイタニック映画でも出来たはずです。

でも実際のところ、キャメロンがスクリーンで見せたのは、悲劇のラブロマンス。
タイタニック号は、若い2人の恋の舞台(バックグラウンド)として、悲劇を生む装置(ギミック)として、使用されています。

この映画は、一番見せたいものを見せるために、より多くの人が見たいと思う物語を選んだ。
それは、二枚目スターだったり、ラブロマンスだったり、悲劇だったりするけれど、「タイタニックがどういう船で、どう沈んだか?」ということよりも、もっと多くの人が普遍的に楽しめる物語。

当たり前の話ですが、作り手は自分が一番見せたいものを見せようとしてしまうものなのでしょうね。(見せたいものが「物語」とは限らない)
しかし見せたいものがイコールみんなが見たいもの とは限らない。こだわりがある作り手ほど、その傾向は高まるかも知れない。

見せたいものを見せる、それ自体は当然のことで、何も悪いことではない。
でも、それをより多くの人、遠くの人へ届くようにしたいのなら、それなりの工夫がいるはずだ。

『タイタニック』では、見せたいものをより多くの人見せるために、悲劇のラブロマンスという物語が選択されている。
全世界で配給されるハリウッド映画は、限りなく遠くまで届かないといけない。
そういう意味でも"人間なら誰でも楽しめる"レベルの最大公約数的なストーリーを選ばざるを得ない。
もちろんその結果、ありきたりで陳腐なストーリーとはいわれることになるが、その批判はストーリーをちゃんと理解されたからこそいわれるものだ。
そしてストーリーが陳腐だと言われても問題は無い。なぜなら本当に見せたい、こだわりのタイタニックが映画全編に渡って登場しているのだから。「何も無い映画」には決してならない。
タイタニック号は大西洋を越えられなかったけど、映画『タイタニック』は世界の海を越えられたわけですね(なんかうまいこと言いたい病)。
この決断というか割り切りはやっぱりすごいと思います。

一番こだわったタイタニック号自体は、舞台であり装置であり、ドラマに対して奉仕している。
『タイタニック』を楽しむのに、タイタニック号の知識は特に必要が無いようになっている。
(いっそ何にも知らない方が「重大なネタバレ」を楽しめるのかも知れないね。)

この先もっとすごい映像技術が生み出されたり、調査・研究によりタイタニックの新事実が発見されるかも知れません。
それでも、映画『タイタニック』でのレオ様による悲劇のラブロマンスが色あせることはないでしょう。
だって、まさしく古代から人間が愛し続けてきた物語のテンプレートなんですから。
何千年もやってるから飽きたよ、と言いつつ、結局人間である限り本質的には飽きることはない、そういう強度を持った基本的な物語なんですから。
だから母はタイタニックの映像技術より先に「いいお話だった」と言い、その「良かった」という記憶そのものは忘れないでしょう。

富野由悠季だからこそ受ける『タイタニック』ショック、そしてアンサー


これはあくまで「SFX特技監督のキャメロン」が「安手のラブロマンス」でギネスブックに載るほど「多くの人に見てもらえる作品」を作ったという話。
もちろん映画としても、物語としても、作り方(方法論)の一つでしかない。

だが他の誰でもなく富野由悠季が「キャメロンすごい」と言うのには、特別の意味合いがある。
発言を見れば分かるように、富野監督は自分自身の立場と、キャメロン監督を重ね合わせている。

・「SFX特技監督のキャメロン」=「ロボットアニメの富野由悠季」
・「豪華客船タイタニック号」=「メカ、ロボット(ガンダム)」


ジェームズ・キャメロン監督作品と聞いたときにSFアクションやSFX・映像技術が期待されるように、富野由悠季監督作品といえばロボットアニメ。
ロボットアニメの権威になってしまい、それ(だけ)を期待され、実際、ロボットアニメという範囲の中で作品を作り続けてきた。

でも同じような仕事のやり方をしていると思ってきたキャメロンが、自身の得意分野を結集したタイタニック号ではなく、あえてレオ様のラブロマンスをメインに据えて、ギネス級の映画を作ってみせた。
(ポイントは自分の得意分野=見せたいものは全く捨ててないこと。捨てずに、より多くの人に届く物語を選び、そして実際に届けた)

これを見て、ショックを受けないわけがないと私は思うな。
富野ご本人も、ガンダムも、とても人気があるけれど、富野由悠季監督ロボットアニメという一連の作品群は、一部の人にしか届いていない。
それは別に間違いではないし、私自身その一部の人だと信じているから言うけど、一部の人に対しては大喜びの作品を作ってくれている。

でも結果、一部の人相手にロボットアニメしかできない(やらせてもらえない)監督になった。
私はずっとそれでも仕方ないと思ってきたけど(だって私は楽しめている一部だから)、その一方でVガンダムを通過した後の富野が、これまでと違う作品を作りたいと思うのは当然だとも思う。

「ロボットアニメの富野」でも、何か「大きな物語」が、―――いやこれは誤解を受ける表現だな。あくまで「より多くの人で価値を共有できる物語」程度の意味だと思ってください。

「ロボットアニメの富野」でも、何か「大きな物語」が作れないだろうか、と模索するのは当たり前で、すばらしいことだと思う。

だから、私は2つの意味でこの一連のエピソードがとても好きです。

・「SFX特技監督のキャメロン」が、得意分野を結集したタイタニック号ではなく、レオ様のラブロマンスを主役にして、より多くの人へ届く作品を作った。
・それを見た富野由悠季が、「ロボットアニメの富野」のままで「大きな物語」を作れないかと考え始めた。


これだけなら、深いイイ話で終わってしまうのですが、それで終わらないのは、富野由悠季が実際にこの後作った作品が『ターンAガンダム』だからです。

「ロボットアニメの富野」を受け入れて、それを捨てずに「大きな物語」を作る。作れるはずだ。
それが『タイタニック』から受けた最大の刺激であり、私は『ターンAガンダム』が富野タイタニックとしての答えだと考えています。



というわけで、今年は『ターンAガンダム』の記事を書きたいと思っています。
そのために『タイタニック』に触れないわけにはいかないので、前書きのつもりで書きました。
つまり本年もよろしくお願いします。今年は『ターンA』やるよ!ガンダム売るよ!(早速『X』)という単なる新年のあいさつなんですが、致命的に遅い上に、前置きが長いのは、万死に値しますね。

次回は、この記事を書きながら考えた「大きな物語」の続き。
宮崎駿監督、新海誠さんなど登場予定。まとまりが無いと思って、今回は我慢して入れなかったお話を。

この辺りのお話って、別に富野好きだからどうとかではなく、普遍的な創作のお話だと思うので、私も出来ればより多くの人、遠くの人に届くようなお話にしたい。だからあれこれ話を広げてみたい。
そうしなければ、このエピソードに感銘を受けた人間がする行動として矛盾してしまいますからね。

これは、この記事に限らず、このブログ全体で常に注意しているテーマでもあります。
多くの人が楽しめるお話を、難しい言葉は使わないように(使えないから)、基本説明は必ず入れるように(オーラバトラー=ロボットとか)、何か面白ポイントを入れるように(これは悪い病気)、ゆっくりと語るのがここでのたしなみ。
その結果、長文エントリになって、読む人を限定しているという自己矛盾。
文章力のせいもあるけど、長文になるのはどうも避けられそうにないので、出来る限り読みやすい長文を目指したいと思います。

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