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などと宣伝にいそしむ今日この頃ですが、バナーの「ガンダム作品続々追加」にウソは無いとはいえ、視聴数があまりに多いものはさくっと見放題からはずれる印象です。
『機動戦士ガンダム』『機動戦士Zガンダム』のように『∀ガンダム』も、いつ見放題のラインナップからはずれるか予断を許しません。

ということで、いくつか考えていた記事候補は一旦保留して、今回は『∀ガンダム』ネタを優先してお届けすることに致しました。

「大丈夫、大丈夫。どうぜ『∀ガンダム』は見放題からはずれるほど見られてないよ」などという方には、罰として「アニス・ファームの会」に参加してもらいます。え?ご褒美なのでは?と思った大きなお友だちの諸君。内容はアニス婆さんの畑での強制労働です。






『∀ガンダム』第44話 「敵、新たなり」とは


『∀ガンダム』第43話 「衝撃の黒歴史」は、太古より繰り返されてきた宇宙戦争として、すべてのガンダムシリーズの戦いが「黒歴史」として封印されていたことが明かされます。

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この「黒歴史」の映像公開は、主人公ロラン達にとって衝撃であったと共に、月の民ムーンレィスにとっても衝撃であり、またこの作品を見ているわれわれ視聴者にとっても衝撃であった、という、まさに「衝撃の黒歴史」のサブタイトルにふさわしい内容になっていました。

『∀ガンダム』全体でも重要であり、注目されることが多いエピソードです。

今回取り上げるのは、その次の回にあたる第44話 「 敵、新たなり」

第43話に比べれば知名度では劣るエピソードになると思いますので、本題に入る前に第44話全体がどのようなお話だったのかを、復習がてら確認してみましょうか。
Amazonプライムビデオでの各話あらすじから、第44話のものを引用してみます。

第44話 「敵、新たなり」あらすじ

黒歴史の映像に動揺した月の市民たちはパニックとなり、暴動状態に。闘争本能に目覚めた者は例外なく排除しようとするアグリッパをディアナとキエルは殺そうとするが、アグリッパはミドガルドの手により射殺される。さらにミドガルドは、新秩序を築くためディアナの命も狙う。


簡潔に出来事だけを並べれば、「アグリッパが死んで、月光蝶が初めて発動し、ミドガルドが死んだ」回である、ということになるでしょう。

本記事の主役、ミーム・ミドガルド


今回は、パンダ目暗殺おじさんことミーム・ミドガルドに注目します。

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【 ミドガルドおじさんのかんたんな紹介 】

キースのパン工場で働くおじさんとして登場したミドガルドは、実はアグリッパ・メンテナーの命により女王ディアナ暗殺の為にやってきたアサシンおじさんだった。
テテス・ハレを使い、ディアナ暗殺を謀るが失敗。テテスを始末する(超うまい射撃)。
その後、ディアナを月に連れて行く任務を負い、ハリーに恨まれながらも宇宙へ。
だが途中でキャンサー、ムロンの協力によりディアナに逃げられるという、都会っ子が夏休みに虫を網で捕まえたけどカゴに移すときに逃げられるようなツメの甘さを露呈してしまい、ギム・ギンガナムに嘲笑される。
そして、アグリッパの部下として、冬の宮殿での黒歴史公開にも居合わせることに。


アグリッパは、冬の宮殿の管理者(メンテナー)として月から動かない(動けない)こともあり、地球が舞台である物語前半において、アグリッパが地上に影響を及ぼすための存在としてミーム・ミドガルドは登場します。

物語後半、舞台は宇宙、月へと移りますが、この時にキャラクターのほぼ全てが月へ移動します。
野心あるグエン、核ミサイルを抱えるロラン、勇ましいミリシャの軍人たちなど、月世界旅行への動機や感情にバラエティをもたせながらも、月へ向かうベクトルは統一されていますが、問題はディアナ・ソレルです。

彼女は「地球帰還作戦」の最高責任者であり、それにより発生してしまった地球人との戦争の責任を負う立場。本来であれば、月帰還をする理由もないし、そもそもディアナ・カウンターと地球の問題を放置して月へ去るのも無責任でしょう。
だからディアナだけは本人の意志でなく、外部の力によって強制的に月へ連れていくしかない。
その役割を果たしたのがこのミドガルド、ということになると思います。

そして、この第44話 「 敵、新たなり」で、ミドガルドはまた違う役割を負うことになるわけですが、この回での彼の動きをまとめると、こんな感じになります。

【 第44話でのミドガルドの動き 】
  1. アグリッパとディアナの論戦。お互いを批判し合うが埒があかない。
  2. ディアナとキエルによるアグリッパ暗殺……を、ミドガルドが代行し、アグリッパは死亡する。
  3. ミドガルドは続いてディアナの生命も狙うが、リリ嬢の機転により、逃げ出す羽目になる。
  4. 逃げたミドガルドは、戦艦ジャンダルムで冬の宮殿に向かってミサイル攻撃を仕掛けてくる。
  5. そのミサイルの雨を防ぐ際に、∀ガンダムの月光蝶システムが発動し、宮殿は守られる。
  6. 月光蝶を目撃したミドガルド。狼狽し、ディアナの名を呼びながら船の脱出口に向かって走る。
  7. しかしハリーによってスモーチョップで叩き潰され、ミドガルドは処刑された。

アグリッパを殺し、ディアナをも殺そうとしたミドガルドが、なぜディアナに救いを求めたのか。
そして、それに対してハリーが行った「ディアナの法の裁き」とは一体何なのか。
この1.~7.の動きを追いながら、考えてみることにしましょう。

1. アグリッパとディアナの平行線議論


今回の本題は「ミドガルドの死」の場面そのものですが、それにつながる前述の1~3.にあたる部分を簡単にまとめておきましょう。

アグリッパとディアナ(キエル)が議論するわけですが、双方ともに問題をはらんでいます。

ディアナの地球帰還作戦は、基本的にはある種の「わがまま」から発生しています。
しかしそれは月の世界と比べて自然で、より人間らしい営みであるとディアナは考え、これを我が子たるムーンレィスにもと、帰還作戦を立案します。ですが根を下ろしたい地球には当然ながら地球人が住んでおり、文明レベルの格差などの問題もあって、戦争が発生してしまいます。
この戦争の発生責任は、ディアナ・ソレルにあります。

わがままは ディアナの罪
それを許さないのは みんなの罪

若かった 何もかもが
あの金魚は もう捨てたかい

(「月と金魚の頃」より)



天皇陛下の生前退位によるご公務からの引退を検討している我が国としては、他人事とは思えなかったりしますね。

ディアナの子たるムーンレィス市民からすると、東京に住んでいたのに「より人間らしい生活をしよう」などと言いだして、田舎に移住するのを決めた勝手な父親、といったところでしょうか。……と書くと、なぜか黒板 五郎みたいな気がしてきた。

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一方アグリッパは、そのディアナの地球帰還作戦に反対していた人物です。
彼はメンテナー(管理者)らしく、現状のまま月の冷凍睡眠システムを使いながら、地球と関係なく生きていくことを主張します。
我が子たるムーンレィスに対しては闘争本能が目覚めることを恐れ、黒歴史など過去の戦争の情報も隠蔽し、今いる月でこのまま幸せに暮らしていきましょう、といった考え。

アグリッパの子たるムーンレィス市民からすれば、バトル物やヒーロー物など暴力的なテレビは見せず、戦争ゲームもダメ。お外に出る必要もありません。おとなしく、おうちの中で平和に過ごしましょう、という母親といったところでしょうか。

ムーンレィスから攻撃性を奪って、外にも出さず、月という人工の箱庭の中で管理して閉じ込めておくという、いわば母性的な働きをしているのは女王ディアナではなくアグリッパ・メンテナー。
これは役職からの性質という面が大きいと思いますが、女王ディアナが黒板五郎であるのに対し(むちゃくちゃな例えだ……)、男性であるアグリッパがむしろ「ああ、こういう難しいお母さんいる」といった感じであるのが面白いところです。

アグリッパは、ムーンレィスに余計な刺激を与え、戦争をも起こしたディアナを批判します。
もうひとりのディアナであるキエルからは「月に閉じこもっていても、いつか地球人の方から月に来ますよ」と返されますが、それに対して「その為のネルフ(ギンガナム家)です」とアグリッパは答えます。

具体的な力を持たないアグリッパお母さんにとって、ギンガナムは「お父さんが帰って来たら、ゲンコツしてもらいますからね!」という、暴力の外部委託機関のようなものでしょうか。 
暴力装置としては利用するが、アグリッパに言わせるとそれは闘争本能や戦争とつながるものではないらしい。彼は言う。
「武門の家ギンガナム家でも、実戦などは1度たりともやっていない歴史を歩んできたのだ」

ただ、ギンガナムやスエッソン達が黒歴史の映像を見た反応は「おい、マジかこれ。黒歴史にあるような宇宙戦争最高だな。我が世の春が来た!」だったりするので、アグリッパがコントロールできるようなものとは思えないのだけど。

その後のやりとりについては、台詞を引用しましょう。最終局面です。

アグリッパ:「私はムーンレィスには黒歴史という真実など知らせず、永遠に穏やかに暮らさせたかったのです。それなのに女王は……」
キエル:「地球人は覚醒を始めていました。永遠に真実から目をそらすことなどできません!」
アグリッパ:「それが闘争本能の言わせる事なのだ。その本能を目覚めさせた者、目覚めた者は排除するしかないのです!」
ディアナ:「闘争本能に火のついていないアグリッパが、そこまで言う変節、正しようがないようですね」
ミドガルド:「む」
アグリッパ:「ほう!」
ディアナ:「私は地球で、花を咲かせるにも血と肉が必要なのだと学びましたが、私は300年前に大罪を犯したのでしょう」
キエル:「ならば、ここでもうひとつの大罪を犯し、地球人とムーンレィスの暴走の果ての無残さを示しましょう」


闘争本能に火をつけたものと火がついたものは殺す!と主張する、健康のためなら死んでもいい主義のアグリッパに対して、あれれー?おかしいぞー(江戸川コナン)。殺すとか言っちゃうんだ?闘争本能を否定しているというあなたが?と返すディアナ。

アグリッパの声を担当するのは、兜甲児とジャッキー・チェンという闘争本能の塊キャラでおなじみの石丸博也。いかに闘争本能を拒否しても、それはムリな話である。……と思ってしまうようなキャスティングではある。

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そのあとの2人の女王(ディアナ&キエル)の台詞がまたふるっている。
地球人とムーンレィスの闘争本能に火をつけた自らの大罪を認めた上で、ではそのムーンレィス(ディアナ)と地球人(キエル)の暴走の果ての無残さを示しましょうと言う。

この二人の口上は、上品な言い回しをやめるなら、「おい、おっさん。もう罪がひとつでもふたつでも一緒じゃ。お前が恐れる闘争本能とやらを、その身で味わってみるか?あ~ん?」みたいな感じだろうか。めちゃこわ!

2. アグリッパとディアナを、共に暗殺しようとするミドガルドおじさん


ここまでで、1. のパートしか紹介できてない。ここは本題じゃないのに……。もう少しはしょってスピードアップします。

アグリッパとディアナの議論は平行線に終わるわけだが、先のめちゃこわ口上の後、ディアナ&キエル「死にませい!」と、アグリッパを殺そうとする2人。対話による平和的解決をあきらめ、自らの手を汚して問題を解決しようとする女王。
もうこの場面だけでも、女王ディアナが別に清廉潔白な現人神でもなんでもないことは分かる。

しかしこれは未遂に終わり、アグリッパの腹心であるミドガルドがアグリッパ殺しを女王の代わりに行う事となりました。(やっと、今回の主役ミドガルドの話になった)

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ミドガルド:「女王陛下のお話を聞けばアグリッパのやり方の非もわかります。それに従って己の手をも汚したのは、月のシステムが安定すればと思えばこそでした。陛下もまた、アグリッパの指摘する通りでありましょう」
ディアナ:「認めましょう」
ミドガルド:「はい。もはやあなたも月のシステムにとっては不幸なお方です。そのお手を殺人で穢させなかったのは……女王陛下への最後の忠誠心とお思いいただきたい」


アグリッパとディアナの議論を聞いていたミドガルドによるジャッジは「2人とも死んだほうがいいな」でした。これはそんなにむちゃくちゃな結論ではありません。
アグリッパもディアナもお互いが批判しあったように、それぞれ非がありました。

ただ月の統治者2人に問題があるとはいえ、ミドガルドにその後のプランがあるとは思えません。
今後の月のシステムや、残ったギンガナムをどうするのか、などはあまり考えてないでしょう。
このあたりの何も考えてなさは、この後、ミドガルド自身に返ってくることになります。

3. ディアナ暗殺に失敗し、逃げ出すミドガルドおじさん


前述のやりとりの後、会話はさらに続きます。

キエル:「月の真の安定を望むのなら」
ミドガルド:「それでは私が裁きを受けなければならなくなる。御覚悟!」


途中でミドガルドに遮られていますが、キエルの言葉の意味は、月の真の安定を望むのなら――ディアナ様に従いなさい、またはディアナ様にお任せなさい、といったニュアンスだろうか。
責任があるのはディアナ様もお認めになっているけれど、今の事態を治められるのもまたディアナ様しかいないと。(実際、この回で発生した暴動はディアナによって鎮められる)

しかしミドガルドは「それでは私が裁きを受けなければならなくなる」と返している。

ミドガルドがこれまで行った数々の行為を考えれば、「裁き」を受けるわけにはいかない。
月のシステムのためにも、自らの保身のためにも、女王には死んでいただくしかない。
ここでミドガルドは、女王の「裁き」を拒否しています。これはポイントのひとつなので、ぜひ記憶しておいて下さい。

この後、リリ嬢の機転によって、ディアナ暗殺には失敗。ミリシャ兵に取り押さえられます。

リリ:「あなたの裁きは寛大な結果になります。ご安心なさい」
ミドガルド:「……リリ・ボルジャーノ嬢!」
リリ:「この場は、あなたの部下と共にお引き取りください!」


リリ嬢は、ミドガルドに対する女王の裁きは寛大な結果になるから安心しろと言う。

この回に登場する、「裁き」というキーワード。
ミドガルドが己の罪を自覚し、身の危険を感じている「裁き」。
そんなことはないと、リリ嬢が言う寛大な「裁き」。
はたしてミドガルドにはいかなる「裁き」がくだされるのか?
(ヒント:この回でミドガルドは死ぬ)

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結局、ミドガルドはどさくさに紛れて、この場を逃走する。

4. タブーを無視して、ミサイル攻撃を仕掛けるミドガルドおじさん


逃げたミドガルドは戦艦ジャンダルムで冬の宮殿に引き返し、ミサイル攻撃を命じます。

ミドガルド:「この騒乱の元は地球人であり、それを連れてきたハリー・オード大尉だ!全砲門ミサイル発射用意!」
DC兵:「ここでは宮殿に被害が出ます」
ミドガルド:「人口冬眠しているドームを攻撃しろとは言っていない!新たなる地図を作る為、掃除をするだけである!」


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罪に罪を重ねるミドガルドおじさんであった。

5. ターンAが月光蝶を発動して、ミドガルドおじさんのミサイル攻撃を防ぐ


冬の宮殿に迫るミサイルの雨を防ぐロランのターンAガンダム。

ソシエ:「何、あの光の幕?爆発を吸い取ってるの?」
ロラン:「場所をわきまえろっ!」


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ジャンダルムブリッジクルー:「ヒゲの奴が!」
ミドガルド:「どういう事なんだ?」
ジャンダルムブリッジクルー:「砲撃やめます!」


この場面で初めて月光蝶システムが発動し、冬の宮殿は守られました。

ターンAが黒歴史にあるように太古の戦争で文明を埋葬してきた恐ろしいマシンであることは事実ですが、ここでは闘争本能が暴走したミドガルドの愚かな攻撃から、ムーンレィスを守るという役割を果たしました。

6. 月光蝶を見たミドガルドおじさん、狼狽して走り回る


この光景を目の当たりにしたミドガルドは、激しくうろたえます。

ミドガルド:「そうだった。ヒゲのモビルスーツはターンA、黒歴史の象徴のマシンなのだ、文明を滅ぼした。……わ、私は、私はとんでもない事をしている、私は黒歴史のマシンを目覚めさせてしまったのだ!私は何をしようとして!ディアナ・ソレル様!ディアナ!船を港につけろ!」


そう叫ぶと、艦の脱出口へ向かって、全力で走り始めます。

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ミドガルドが大慌てで走るアニメーションは、恐らくこの回で(月光蝶より)印象に残る場面ではないかと思います。
艦内通路を右に左に、まさしく右往左往。
ミドガルドの焦りはもちろん、どこか人間として滑稽な部分も含めて伝わってきます。

しかし何度もディアナ暗殺を試み、今またタブーである冬の宮殿に攻撃をしかけておいて、何を今更、ディアナに救いを求めるのか。

先程の彼の台詞を分かりやすく置き換えれば、こんな感じになるでしょうか。

「自分の攻撃により、ターンAの月光蝶システム発動のきっかけを作ってしまった。黒歴史において文明を滅ぼした恐怖のマシン、ターンA。それを私が目覚めさせてしまった。とんでもないことをしてしまったぞ!ひ、卑弥呼さまー!」

ミドガルドの認識は基本的には正しいが、同時に歪んでいる。

アグリッパ家が代々守ってきた月の宮殿、いわば月の文明を司るものを滅ぼそうとしたのはミドガルド自身であって、この場面でのターンAは文明を滅ぼすどころか、それを守る役割をしたに過ぎない。それはロラン・セアックが使うターンAガンダムだからできたことである。

しかしミドガルドの中では、彼自身が行った罪が「ターンA(月光蝶)を目覚めさせてしまったこと」にすり替わってしまっている。
月光蝶を目の当たりにしたのが衝撃だったとはいえ、本来の罪である月の宮殿への攻撃を無意識にすり換えているところに、この男の本質が見えるような気がしてならない。

いずれにせよ。
ミドガルドはここで心底怯えた。

自分が批判し、裁こうとしたアグリッパやディアナと同じく、大変罪深いことをしてしまったと。
もはや逃れようもなく「裁く側」でなく「裁かれる側」の人間になってしまったことを自覚した。

それは要するに統治者たちの背負っている物の重さと、その覚悟に怯えたということでもある。
確かに黒歴史を隠匿していたりもした。地球へ行って戦争を起こしもした。
アグリッパとディアナ、考え方は異なるが、いずれも月世界の人々の命と、未来への責任を背負っての発言と行動である。(そういう意味で、やはり上に立つ者はすごいことはすごい)

それはミドガルドごときが背負えるようなものではなかった。

だから彼は無意識にディアナの裁きと、その先にある救いを求めて、親を探す子供のように走る。

なぜか?
それは恐らくディアナであれば。ディアナによる「裁き」であれば、彼の罪を許すからでしょう。
のちにフィル大佐やミラン執政官らも許したように、ディアナ・ソレルは全て自分の責任として受け止める覚悟でいました。

ミドガルドの罪も、ディアナの前で跪いて許しを請えば、恐らく許してもらえる。
より正確に言えば、彼の罪をディアナが代わりに背負ってくれることになるでしょう。

だからミドガルドは救いを求めて、ジャンダルムの脱出口の扉を開けた。

7. ミドガルドおじさん、ハリーにより「ディアナの法の裁き」を受ける


そこに待っていたのは、ディアナによる救いではなく、ハリー大尉のゴールド・スモーだった。

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ミドガルド:「スモー、ハリー大尉は、親衛隊」
ハリー:「ディアナの法の裁きは、受けていただく!」


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決まり手スモーチョップにより、ミドガルドは跡形もなく消し飛びます。

ハリーが言う「ディアナの法の裁き」というのは、この回に3度だけ登場する「裁き」という台詞、その最後のものであり、これがミドガルドにくだされた最終的な「裁き」ということになりました。

このシーンですが、そもそも全てを知っている我々視聴者と、当事者であるハリー大尉の間には情報の差が生じています。

ハリー大尉はスモーに乗って対処していたので、宮殿内での出来事には立ち会っていません。
(アグリッパの死など、重要情報については通信で把握していたなどの可能性はある)
ですからミドガルドに対する「ディアナの法の裁き」というのは、ハリーの目の前で行われた冬の宮殿を巻き込んだ攻撃に対してということになるでしょう。

それに対して月光蝶が発動し、それを見たミドガルドは戦艦ジャンダルムのブリッジで狼狽し、ディアナに救いを求めて叫びますが、当然これも視聴者は知っていても、ハリー大尉の預かり知らぬところです。

しかし、ミドガルドの心変わり(好意的に見れば、ある種の改心)とその後に取る行動をまるで知っていたかのように、ハリーは絶妙なタイミングで脱出口前に居合わせ、ミドガルドのみを処刑しています。

純粋にハリーの視点と動きだけを追っていくと、不自然なほどあまりにも出来すぎた流れといえますが、全てを見ている視聴者の立場では不自然さを感じることはないでしょうし、むしろ、ミドガルドが「裁く側」から「裁かれる側」に逆転したことを悟った瞬間にハリーによる「裁き」が訪れる、というタイミングを重視した構成を正しいと感じます。

ただひとつの問題は前述のとおり、「ミドガルドの罪はディアナの裁きによって許されていた可能性が高い」ということです。

「ディアナの法の裁き」というハリー・オードの私刑


ハリーは、ミドガルドに謝罪も弁明もさせる暇も与えず、スモーチョップで処刑しています。
これは、これまでにディアナ誘拐などで煮え湯を飲まされたりもした親衛隊ハリー・オードの物語としてはカタルシスとして作用するでしょう。

しかし「ディアナの法の裁き」であるとハリーが叫び、くだした実刑判決は、私が想定(予想)する、実際のディアナによる「裁き」の結果とは矛盾しています。

当然ながらハリーは、ディアナに対して「ミドガルドを殺して良いでしょうか?」などと事前確認は取っていないし、取るヒマもなかったでしょう。
であるがゆえにこれは、「ディアナの法の裁き」を建前とした事実上のハリー・オードによる私刑、と言って良いと思います。(もちろん、冬の宮殿への攻撃自体はディアナの名を借りずとも大罪のはずですが)

では、それに対して女王ディアナの反応はいかなるものか。
ハリーがミドガルドを処刑し、もう何もない破壊された脱出口が、ただ映される。

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そして、その後のディアナとキエルのカット。

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ディアナ:「法に従う。時には残酷ではあります」
キエル:「はい」


これはとても曖昧な台詞です。
ミドガルドの事を言っているようであり、ハリーの事を言っているようであり、自分自身の事を言っているようであり。
カットつなぎも含めて、演出上あえて曖昧にしているとしか思えません。
どう捉えるか、非常に面白い場面です。

ただ真意はどうであれ、この台詞と共にディアナがミドガルドの死を、済んだこととして受け入れたのは確かでしょう。
そして、これもまた女王ディアナの責任の一つとして背負ったことも。

そう考えると、上記の破壊されたジャンダルムの脱出口をじっくり映したカットは、女王に対して受け止めることを課したカットといえるのかも知れません。

第44話は月で発生した市民の暴動を、ディアナ・ソレル御自ら演説することで収めて終わります。
さすがディアナ様、その御威光で四角い宇宙をまーるくおさめまっせ、と言ったところですが、この回で分かる通り、丸くおさめる為に活動している者たちがいて、それにより死んだ者もいる。

そして女王ディアナはそれら全てを飲み込んだ上で、自らの罪と責任を背負いながらなお前進を続けていくのです。

まとめ:大罪人として「裁かれた」ミドガルドおじさん


と、いうことで今回は、ぺしゃんこミドガルドおじさんの死について詳しく追ってみました。

第44話 「 敵、新たなり」は、アグリッパが暗殺されましたが、これは本来、ディアナ(キエル)の手によるものになるはずでした。
それを代行したミドガルドはディアナをも暗殺しようとしましたが、これは幸運にも未遂に終わり、さらにこの回でそのミドガルドもハリー・オードの手によって処刑されてしまいました。
それにより、客観的事実としては以下のようになるはずです。

  • 政敵であるアグリッパが、(彼の部下である)ミドガルドの暗殺によりいなくなった。
  • 「アグリッパ殺し」「冬の宮殿へのタブー破り」の大罪人ミドガルドを、「ディアナの法の裁き」が討ち滅ぼした。
  • アグリッパに対して発生した市民暴動を、女王ディアナ・ソレルが演説して鎮めた。

えーと、結果的にとはいえ、得しか発生していないキャラクターがいるような気がしますが、それを口にすると、我が家の玄関の外にゴールド・スモーが待っているかも知れないので、お口にチャックしておきます。

もちろんミドガルドは実際に数々の汚れ仕事をしてきましたし、親衛隊ハリーとしてはその恨みをチョップで晴らしたわけですが、単純にカタルシスを感じるだけの場面というには、全てを見て (知って)いた我々視聴者には非常に居心地が悪かったりします。

ただ記事に書いたとおり、作中の登場人物により意図的にディアナ有利に物事が進められたというよりは、あくまで結果的なものでしかないので、そのことを考えるのであればメタ的に考えるしか無いと思います。

いずれにせよ第44話で分かるのは、人の運命など女王ディアナといえども、どうにもならないという当たり前の事実です。

物事が進んでいけば綺麗事だけではすまないし、全てを救えるわけでも、全てをひとつにできるわけでもないのです。
実際に、この物語は女王のわがままやミスから始まっているのですから。

浮世舞台の花道は、表もあれば裏もある。
ディアナ・ソレルの行く道も、表もあれば裏もある。

この回でのミドガルドの運命を見て、そんなことを感じました。
(ちなみにミドガルドが死ぬこと自体は全く問題ではありません)

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月は無慈悲な……いえ、慈悲深い夜の女王。

しかし地球に美しい顔を見せてくれる月も、その裏側は見えないだけで確かに存在しているのです。

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EX:アグリッパの退場と、ギンガナムへの責任の押しつけ問題


ミドガルドおじさんの記事としては、これで終わりです。
さて、ここからは例によって脱線というか、おまけ、蛇足……いや、えーと、エクストラコンテンツだよ。得したね!

『∀ガンダム』の後半または結末について、「ギム・ギンガナムにすべての責任を押し付けて物語を収束させた」とか「ディアナの御威光ですべてが上手くいく都合の良い展開」といったような見方もしくは批判がありますね。
これについては富野監督本人の発言もありますし、すべての責任かはともかく、確かにギム・ギンガナムで物語を落としたので、そういう側面はあろうかと思います。

ただ個人的には、その問題を考えるには、今回取り上げた第44話 「敵、新たなり」でアグリッパが退場することについて検討することが有意義ではないかと考えています。

ディアナ・ソレルにとって政敵といえるのはアグリッパ・メンテナーだけです。
2人の議論は真っ向からぶつかり、平行線のまま終わりましたが、互いの立場からは正しい主張をしており、指摘を認めあっている部分もあります。

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例えば、アグリッパが地球帰還作戦を300年反対し続けていたという話。
『∀ガンダム』という物語が、月と交渉しようというイングレッサの領主グエン、黒歴史のマシンを正しく使えるロラン・セアック、そして何より女王と瓜二つのキエル・ハイムなど、あらゆる条件が揃ったことであのエンディングにたどり着いた奇跡だと考えれば、アグリッパの反対はそれに確実に影響したともいえるでしょう。

もっと早いタイミングで地球帰還作戦が実施されていれば、文明格差はさらに開いており、戦力バランスを調整するホワイトドールも都合よく目覚めないだろうし、半ば強引に入植する形でアメリアのサンベルトは奪われていたかも知れない。

その摩擦から戦争は避けられず、戦力格差もあって地球側には多大な犠牲が出て、闘争本能に火がついたディアナ・カウンターは一方的に蹂躙する……といった最悪のシナリオも考えられる。
地球帰還作戦が起こす闘争の危険性については、ディアナも認めていることです。

一方でアグリッパの唱える闘争本能を恐れて、月で静かに暮らしていくという主張。
これに関してはディアナが、冬眠カプセルで得られる長寿は所詮永遠ではないと批判し、地球人キエルも引きこもってもそのうち地球の方からやってきますよ、と批判しています。
この状況下で現状維持を望むのは現実を見ていないに等しいと。

また、もし地球人が月にやってきたらギンガナム家で排除する!闘争本能が目覚めたものは全員排除!というアグリッパに対しては、闘争本能を否定しながら闘争本能でそれを抑えようという矛盾を指摘しています。

要は、保守と革新の対立であり、管理と放任の対立であり、虚構と現実の対立でもあります。

アグリッパの主張は、彼がなぜか病的に闘争本能を恐れるために、現実性に乏しく、矛盾をはらんだものになってしまっているが、本来どちらも選択したときに、それなりのメリット、デメリットが存在しうるはずで、必ずしも女王ディアナが正しいわけではないはずです。
それらの問題を自覚した上でそれでもなお、地球で人らしく生きるのだ、というのが女王の考え方であり、立場であるに過ぎない。

しかし対話は平行線のまま、アグリッパ暗殺という形で、ディアナだけが残される。
個人的にはこのアグリッパとディアナの対立構造が、この第44話で消滅してしまったことこそが大きいような気がしています。
アグリッパは立場上、月から動かない(動けない)し、ラストの舞台を地球にするなら、月で何らかの決着をつけなければならないから、大変処理が難しいキャラクターだとは思いますが……。

アグリッパ、ミドガルドが死に、これで地球帰還作戦の反対者は存在しなくなってしまいました。
残るギム・ギンガナムは月の女王としてオトシマエを付ける存在に過ぎません。

EX2:アグリッパとの対立構造を維持する方向性はあるか(感想戦)


あくまで本編を尊重した上で可能性を探る(いつもの感想戦)としては、アグリッパを闘争本能否定というイデオロギーを中心にしたキャラクターではなく、もっと政治人間にする方向性は考えられるかな、という気はします。

どうしても画面からは、アグリッパ=闘争本能恐怖おじさん、という印象を受けてしまい、現実から目を背けた病的な闘争本能否定主義が先に来ているように見えてしまいますが、恐らく本来は違うはずなんだろうと思います。

ですからアグリッパを、徹底的に月の世界の現実に即したリアリストにしてみる、という手はあるかも知れません。

政治家として、豊かとはいえない月世界を維持しながら地球帰還作戦を行うのがどれだけ大変か、という点から反対する。
仮に戦争になれば、さらに月の負担は増大しますが、月はギリギリなのです。
月の都市はデリケートなので、ちょっとしたテロなどで深刻な機能不全を起こす危険性もある。情報統制もやむを得ない。
また地球帰還を望まないものも調査では全体の○%もいる。地球帰還だけに国力をかけるわけにはいかない。
月世界も維持し、月で暮らし続けたいという市民もサポートする義務がある。
なぜなら、それもまた我々が守るべきムーンレィスだからだ。

みたいな感じにして、国力や治安維持など行政上の問題が第一で、情報統制や闘争拒否はあくまで副次的なものにする。

イデオロギー的なリーダーはあくまで女王ディアナのみとして、アグリッパを政治家として月の現実から見た反対者ということにすれば、もしかすると、アグリッパは暗殺という形で処理されなくて済むのかも知れない。

これはアグリッパというキャラクターの生死が問題なのではなく、対立構造の消滅を問題と考えるので、構造と引き継ぐキャラクターがいるのなら、別にアグリッパは死んでも良い。

政治家キャラの使い勝手がいいのは、女王ディアナの地球帰還作戦に対してのあくまでも反対政策の立場にしておけば、状況の変化によっては融和も協力もできることになるから。それが政治家というものなので。
個人のイデオロギー同士の対立になると本編のように、もうどちらかが死ぬしか終われないかも知れないから。

EX3:アグリッパの退場によって一人残されたギンガナム


この第44話でアグリッパが退場したことによって、ディアナ・ソレルの戦いは事実上終了したと考えていいはずです。
ただ、それが暗殺退場という形なのでね。何か別の形もありえないか、感想戦として検討してみる価値はあると思っています。

あとはギム・ギンガナムが残っているが、これはもうディアナ・ソレルの敵というより、ありとあらゆるものの敵となっています。
よって対ギム・ギンガナムという形で物語は収束していくことになり、前述の批判に行きつくわけだが、月の統治者としてのディアナの戦いの相手はギンガナムではなく、そもそもがアグリッパ・メンテナーであろうと思う。

個人的には、アグリッパとの対立構造の作り方と、それを暗殺という手段で終了させてしまったことこそ「ディアナにとって都合の良い展開」としての問題をはらんでいるように思えます。

つまり「ギム・ギンガナム1人を悪者にした」という結果的なことより、「アグリッパとの対立構造をここで消滅させた」ということの方が、ことの本質ではないか、ということです。
(ただ、本編のアグリッパはここで殺してでもおくしかないようなキャラクターとして造形されていると思いますが)

ですから「なぜギンガナムに全てを押し付けたのか」より、「なぜアグリッパを退場させざるを得なかったか」を考える方が個人的には意義があるように感じています。

かといって物語の最後の敵をギンガナムにやってもらうことが間違っていた、とは思いません。
あの状況下での人選としてはギンガナムしかいないと思いますし、ターンAとターンXが相打ちとなり繭玉に封印されるべきでしょうからね。

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惑星の午後、僕らはキスをして、月は僕らを見なかった。<『∀ガンダム』最終話「黄金の秋」より>

ジャンダルムの破壊された脱出口と同じように、女王ディアナがわがままの代償として受け止めることを課されたカットの話が出てきます。


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「シャアって、ニュータイプなの?」

その何気ない質問を受けたのは、以前、友人と雑談していたときのこと。
確か友人が当時やっていた『ガンダム』のパチンコかパチスロかの話を聞いていて、シャアが登場(活躍?)するという流れからの質問だった気がする。要は、シャアって強いけどニュータイプなの?という。


友人は、ガンダムシリーズに全く詳しくない。
基本的に『機動戦士ガンダム』(ファースト)しか見ていないはずだし、それすら全話見ているかどうか。

彼が『Zガンダム』以降も見ていれば、「シャアか。そうだなあ……なりそこない王子かな」「だよねー」ぐらいで、笑いながら軽く終われるかもしれない。
(と、いうよりファーストより先を見ていれば、この質問をすること自体無いかもしれないが)

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しかし『ガンダム』に詳しくないからこそ発せられた、「シャアって、ニュータイプなの?」という素朴な疑問に、私はどう答えようかと、ちょっと考えてしまいました。

「なぜ迷う? 考えるまでもなく答えは明らかでしょう?」……と、そう思いますか?

では、あなたなら、『ガンダム』をよく知らない人に対して、この質問にどう答えますか?

「シャアはニュータイプか?」その時の答え


では、質問されたその場その時の私はどう答えたか。
少し考えた上で、ファースト最終話でアムロがシャアに対して言った台詞を思い出しました。

アムロ「貴様だってニュータイプだろうに!」


ほら。ニュータイプ界のパイオニアかつレジェンドであるアムロが、シャアをニュータイプと認めてるよ。
大御所ニュータイプ亭アムロ師匠が認めるんだから、シャアも上方ニュータイプ大賞新人賞ぐらいの資格はきっとあるんだよ。
と、とにかくニュータイプ御本人が「こいつはわしと同じニュータイプや」ゆうとるんですよ。

そんな感じで適当なことを言うと、友人も笑いながら納得し、何とかその場は済ませたのでした。

はたしてシャアをニュータイプだと判定できる場面はあったのか?


しかし、後になって一人考えてみると、友人は納得しても、私自身がいまいちスッキリしない。

アムロがファースト最終話の段階で、シャアのことを「貴様だってニュータイプだろうに!」と断言できる根拠となる描写が、果たしてされていただろうか?

ここでのポイントは、われわれ視聴者に対して、シャアがニュータイプと分かるような場面があったかどうかではありません。
アムロの視点で見た場合、シャアがニュータイプだと確信できるような場面があったかどうかです。

問題は「貴様だってニュータイプだろうに!」と叫んだアムロの、シャアという人物に対する認識です。

いつ、どこで、どのような場面で、アムロはシャアのことをニュータイプだと認識したのでしょうか?

最近とみに衰えを感じる記憶を少し辿ってみるが、いざ「アムロ視点」となると、決定的な場面がパッと思い浮かびませんでした。(皆さんは思い浮かぶでしょうか?)

どうやらこれは、ちゃんと調べながら考えてみた方が良さそうですね。
幸い、あやふやな私の記憶をサポートする強い味方、Amazonプライムビデオに最近追加された『機動戦士ガンダム』全43話が視聴可能です。



ではこのプライムビデオを活用しつつ、アムロによるシャアのニュータイプ判定を確認してみましょう。




疑問点と目的、進め方などのまとめ


まず今回の疑問点と、調査の進め方などを、ここでまとめておきましょう。

<疑問点>
『機動戦士ガンダム』において、アムロ・レイが、シャア・アズナブルのことを、「ニュータイプ」だと認識したのは、いつ、どこの場面が根拠になっているのか

<対象となる作品>
TVシリーズ『機動戦士ガンダム』全43話。 

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※劇場版については基本的に対象外だが一応チェックはしておくつもり。
※小説版や富野監督の発言なども対象外なので、基本的には考慮に入れない。
※『Zガンダム』など後の作品については、考える上での参考にはするが、当然根拠にはならない。

<ポイント>
視聴者が、シャアをニュータイプだと気づいたタイミングではありません。
主人公アムロ・レイの視点で考えたとき、本編中にアムロが「シャア=ニュータイプ」を確信する場面はどこなのか?が大事なポイント。

<調査の進め方>
全話見て確認する時間もありませんし、そもそもニュータイプという要素が登場するのは中盤以降です。
ここは思い切って、ラストから遡る方法をとってみましょう。
ニュータイプ判定が提示された、最終話「脱出」でのアムロの台詞「貴様だってニュータイプだろうに!」をスタートとして、そこから場面を遡りつつ、シャアに対するアムロの認識を追ってみます。
かなり変則的ですが、最初の描写を頭から探すより、確実で効率はいいはずです(とにかく楽がしたい)。

以上になります。早速、スタート地点となる最初の場面から考えてみましょう。




最終話「脱出」 : フェンシング対決


ラストからの遡り方式なので、最初はいきなり最終話。
アムロがシャアを、自分やララァと同じニュータイプだと叫んだ場面からスタートです。

場面としては、ア・バオア・クー内部での生身でのフェンシングシーン。
少し、前後のやりとりを引用してみましょう。

シャア「わかるか?ここに誘い込んだ訳を」
アムロ「ニュータイプでも体を使うことは普通の人と同じだと思ったからだ」
シャア「そう、体を使う技はニュータイプといえども訓練をしなければ」
アムロ「そんな理屈」
セイラ「やめなさいアムロ、やめなさい兄さん」
セイラ「二人が戦うことなんてないのよ、戦争だからって二人が戦うことは」
シャア「ヤアッ」
アムロ「チィッ」 
セイラ「あっ、あれ」
アムロ「い、今、ララァが言った。ニュータイプはこ、殺しあう道具ではないって」
シャア「戦場では強力な武器になる。やむを得んことだ」
アムロ「貴様だってニュータイプだろうに」

第43話「脱出」より


フェンシングで両者が激突し、いわゆる「ヘルメットがなければ即死だった」シーンが発生します。
ここでアムロは、ララァの声を聴き、彼女が言ったことを口にします。

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アムロ「い、今、ララァが言った。ニュータイプはこ、殺しあう道具ではないって」


一方のシャアはこれに対して

シャア「戦場では強力な武器になる。やむを得んことだ」


こう答えるのですが、アムロがララァのメッセージを口に出してしまっている以上、シャアはアムロの台詞に対して反論しただけなのかも知れません。

アムロはこれまでの数あるニュータイプ描写に加え、「光る宇宙」での体験や、この場面での映像描写から言っても、実際にララァの声を聞いたのでしょう。
でもシャアは? 彼には何か聞こえたのでしょうか? 本当にアムロと同じ体験をしたのでしょうか?

単純に描写だけを見れば、「聞こえた」「聞こえてない」どちらともとれると思います。

ただ、シャアの台詞の中身を考えると、ララァの声が聞こえていたとした場合、その彼女からのメッセージに対して本当に「戦場では強力な武器になる。やむを得んことだ」とドライに答えるでしょうか。

シャアは、のちの作品『逆襲のシャア』で消滅間際に至るまで、ララァを失ったことを後悔し続けることになる男です。
アムロ曰く真の発言者はララァですが、シャアの発言はあくまでアムロに対して、ドライに見せつつ自己正当化して、必然だったのだと自分自身を誤魔化しているようにも見えます。

実際のところ『逆襲のシャア』でも、未だにララァの幻影に悩まされるアムロに対し、シャアのララァ関連の場面は、彼自身の回想(ララァの死)と、おなじみギュネイの台詞「大佐のララァ・スンって寝言を聞いた女は、かなりいるんだ」で分かるとおり、寝言です。

しかも、アムロが寝ているときに実際にララァの幻影に出会う場面がきちんと用意されているのに対し、劇中でシャアの前にララァが現れてくれる描写そのものはありません。
この差は当然、意図的でしょう。

このフェンシングの場面に限らず、シャア・アズナブルがララァの声を聞いたり、姿を見たりするシーンは実際には描かれず、シャアにとってはララァは喪ったままの存在になっています。

主人公だけが死んだヒロインを見ることができ、一方ライバルはヒロインを見ることができないわけです。
ということは、これすなわち……


14年後の宇宙でまた出会えると信じて。最高の……こんなのが最高の思い出でたまるかよ!しぇからしか!

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ということで、大佐も夢でララァを見てるだけの人生では満足できなくなって、ララァのコスプいや、小惑星のひとつやふたつ、落とすようになるわけです。


まさに夢見る大佐じゃいられない。セブン(相川七瀬)もそう歌っています。
相変わらずの脱線により、こんなペースではいつまでたっても終われないので、決定的な根拠となる場面を求めて、もう少し遡ることにしましょう。

第42話「宇宙要塞ア・バオア・クー」&最終話「脱出」 : ガンダムvsジオング


場面は遡り、ア・バオア・クー周囲でのガンダムvsジオングの最終決戦。

この戦闘シーンでアムロがシャアに対して、ピースなニュータイプのバイブスをポジティブに感じたかどうか考えてみましょう。

キシリアはニュータイプの可能性があるものを乗せるしかないと、シャアにジオングを預けていました。
「学徒兵乗せるよりはマシ」という、赤い彗星の名にふさわしい極めて高い評価といえましょう。

また「足? あげなん飾りたい。なくてよかよ」と、きついジオン訛りで、率直にジオングの説明をしてくれたジオン兵(技術士官?)も、これまた率直に「大佐んニュータイプ能力は未知数たい」とポテンシャルに太鼓判を押しています。

ですから、ニュータイプの研究機関(フラナガン機関)をもつジオン内の評価としても、「ニュータイプの可能性はあるが未知数」というものだったんでしょう。その辺りがはっきりしないのは、フラナガン機関のテストや検査をちゃんと受けてないんでしょうか、この人。

もちろんアムロは、そんなジオン内での評価など知る由もありません。
ただ、ジオングの有線ハンドビームは、以前戦ったブラウ・ブロのオールレンジ攻撃と同じものです。

ブラウ・ブロのパイロットは「シャリア・ブル 攻撃効かず ブラウ・ブロ 荒くれKNIGHT 首くくるとは」(在原業平)の歌でおなじみ、木星帰りの枕詞シャリア・ブル大尉。ちなみに首はブラウ・ブロのメガ粒子砲塔の有線でくくります。荒くれKNIGHTは他に思いつかなかったので(正直)。

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シャリア・ブルのことを「普通の敵とは違う」と感じたアムロであれば、同じように有線ハンドビームでオールレンジ攻撃を仕掛けてくるシャアを「普通とは違う=ニュータイプ」と感じた、という可能性もあるでしょう。

ちなみにアムロがニュータイプのバイブスをポジティブに感じたシャリア・ブルは、シャアとララァに面会した際、こんなことを言っています。

シャリア「大佐、この少女、ああいや、ララァ少尉から何かを感じます。そう、力のようなものを」
シャア「で、大尉は私から何を感じるのだね?」
シャリア「いや、わたくしは大佐のようなお方は好きです。お心は大きくお持ちいただけるとジオンの為に素晴らしいことだと思われますな」
シャア「よい忠告として受け取っておこう。私はまた友人が増えたようだ。よろしく頼む、大尉」

第39話「ニュータイプ、シャリア・ブル」より


恐らくニュータイプ・ララァの存在を強調するためだと思われますが、ララァとシャアに対する感じ方に差をつけています。
少なくとも、シャリアが「同じぐらいのニュータイプ2人と出会った」という場面にはしていませんね。

シャア「で、大尉は私から何を感じるのだね?」
シャリア「……かなりの歪んだ変態性とコンプレックスの総合商社ぶりを感じますが……ここで、申し上げた方がよろしいので?」
シャア「はははは。大尉はガルマ大佐がなぜ戦死されたかご存知か?」
シャリア「大佐のような方にはお心は大きくお持ちいただけるとジオン・ダイクンの名誉と、私の命の為に素晴らしいことだと思われますな」
シャア「よい忠告として受け取っておこう。私はまた友人が増えたようだ。よろしく頼む、大尉」


これはともかく、戦闘を通してシャアをニュータイプと確信する、というのは可能性としてありそうです。

それも前半での単に手強いエースパイロット「赤い彗星シャア」というより、ジオングのように「サイコミュ」を搭載し、ニュータイプにしか出来ないオールレンジ攻撃をこなすまでに至ったシャアに対してなら、単に手強さだけでなく証拠も揃っています。
(まあ、シャアはジオングの性能を完全に引き出せたわけではないようですが)

0079_ziong.jpg

そう仮定するのであれば、ジオング戦以前の戦闘シーンでは、仮にアムロがシャアをニュータイプかも?と感じていても、「サイコミュ兵器」みたいな決定的な要素がないような気はしますね。

そもそも前半はただのエースパイロットでしたし、後半はアムロがニュータイプの覚醒によってシャアより優位に立つ上に、ララァの登場により、アムロとララァ2人のニュータイプに割り込む普通の人、として対比されることが多かったですから。

とはいえ、このジオング戦も可能性のひとつだというだけで、決定的な証拠があるわけではありません。
さらにもう少し遡りましょう。

第42話「宇宙要塞ア・バオア・クー」 : ガンダムvsジオング遭遇


戦闘が発生する少し前、ジオングとガンダムが遭遇するまでの流れは以下のようになっています。
ポイントになる台詞を抜き出してみました。

(1)ジオングで発進して、アムロを探すシャア
シャア「しかし、奴(アムロ)はどこにいるのだ?」
シャア「ん?あれか。モビルスーツ隊」
シャア「……奴め」

(2)ジオングを意図的に無視するアムロ
アムロ「大物だ。シャアか?」
アムロ「うしろから?なんだ?チッ」
アムロ「シャア以上のニュータイプみたいだ、しかし」
アムロ「しかし、今はア・バオア・クーに取りつくのが先だ」
アムロ「本当の敵はあの中にいる、シャアじゃない」

(3)ガンダムを補足するジオング
アムロ「取りついた。ん?」
アムロ「シャアか。こちらを見つけたな」
シャア「見えるぞ、私にも敵が見える」


この場面については、ハリーラットさん(@harry_rat)からお借りした、分かりやすい画像もあります。 ※クリックで元サイズ画像が開きます

0079_vol43.png


この一連の流れにおいて、まず重要なのは、この台詞。

アムロ「シャア以上のニュータイプみたいだ」


これは、暴れまわるジオングのプレッシャーを感じて、これはシャア以上のニュータイプが乗っているに違いない、とアムロが誤認をした、ということになるでしょう。

アムロによる貴重な、シャアとニュータイプを関連付ける台詞なんですが、結構微妙な台詞でもあります。

  • 一応、この段階でシャアのことを「ニュータイプ」的なものと認識していたことになる。
  • しかし、ジオングに乗ってがんばっているシャアを「シャア以上のニュータイプ」と誤認するほど、アムロのシャアに対する評価はそもそも低かったらしい。
  • 少なくとも、自分やララァと同格のニュータイプだとは全く思っていなかったようだ。

ジオング以前のシャアは、アムロにとってどういう意味での「ニュータイプ」だったんでしょうか?

これについて重要なのは『機動戦士ガンダム』では、ニュータイプ能力の発露に関しては、ある/ない、の二択ではなく、かなり幅のあるグラデーションになっていることです。

ホワイトベースクルーも、ミライやセイラなど、アムロほどではないですが、ニュータイプ度が比較的高い人もいれば、ブライトやカイのように低めの人たちもいます。しかし、ホワイトベースクルーは激戦とアムロの影響もあるのか、最後にアムロを迎えるランチの上にニュータイプ度がまったくゼロの人はいないように見えますね。

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「異能力者と一般人」のように能力階層がはっきりと分かれているのではなく、誰にでもニュータイプ的な素養自体はあり、グラデーションとしてのニュータイプが感じ取れるように演出されているところが『機動戦士ガンダム』のすばらしいところでもあります。

それを踏まえるとシャアのニュータイプ度も、アムロ・ララァを頂点とした相対的なグラデーションの幅の中で表現されるものに過ぎないわけです。

ミライやセイラにニュータイプの素養があることは、ファーストを見た人なら誰もが感じることですが、かといって彼女らを「まぎれもなくニュータイプです!」と断言するのも「ニュータイプではない!」と断固否定するのも、グラデーション化されている事を考えると違いますよね。0か1かではないので。

同じようなことが恐らくシャアにも言えて、ニュータイプの素養は当然あり、アムロは対峙することも多かっただけに「ちょっと違う」と感じていたようですが、自分やララァと同種(同レベル)のニュータイプとまでは思っていなかったようです。

覚醒したアムロ「他の敵はその回で惨殺できるけど、シャアは腕1本ぐらいで毎回生き延びてるみたいだから、多少違うね」


こわ! 白い悪魔こわ! ※アムロはこんな恐ろしいコメントしてません

逆に言えば、「シャア以上のニュータイプが乗っている」と誤認させるほど、ジオングではシャアはがんばっていたことになります。

ただ、それでもジオングの性能は完全に引き出せませんでしたし、オールレンジ攻撃もアムロに攻略されました。
胸部のコクピットをピンポイントで射撃され、頭部コクピットに移動していなければ即死でした。
「シャア以上のニュータイプ」との見積もりのジオングにも、アムロの圧勝と言っていいと思います。
(フェンシングといい、ジオング胸部への射撃といい、アムロが完全に殺す気まんまんなのが良い)

いやいや。ア・バオア・クーの激戦の中で、シャアはニュータイプらしく、アムロのガンダムの姿を発見しているじゃないか。と、思ったお友達もいるかも知れませんね。

アムロ「シャアか。こちらを見つけたな」
シャア「見えるぞ、私にも敵が見える」


確かに、あの中でガンダムを発見できたのは、シャアのニュータイプ能力によるものかも知れません。

しかし、ララァに戦う目的もないと言われたアムロは、彼女との出会いと別れを経て「戦争終結のためにザビ家の頭領を打ち取るしかない」という高みまで意識がいっており、だからこそジオングを発見しても無視していたわけです。

それに対しシャアは、ララァを喪ったことからアムロに私怨を抱き、当初の目的であったザビ家暗殺やニュータイプの未来や可能性を信じることも止め、ひどく視野の狭いアムロ絶対殺すマンになってしまいました。

このようなシャアは当然アムロに勝てるわけがないですし、このような視野の狭い「アムロ絶対殺すセンサー」が発動したからといって、シャアのニュータイプとしての価値が上がるわけでもないと思います。(むしろ逆ですね)

このアムロとシャアの比較に関しては、以前記事を書きましたので、宜しければご覧ください。

ガンダム0083とガンダム0079の比較
http://highlandview.blog17.fc2.com/blog-entry-26.html

しかし、そうなると、どこからが一定レベル以上の覚醒したニュータイプなんだ。定義をくれ。
中心気圧と最大風速がどれだけ必要なんだ? 参加標準記録でどれだけのタイムを出せばいいんだ?

と、なりそうですが、これは恐らく能力値80以上は軍師になれる、みたいな数値的な定義の問題ではなく、物語上の役割の問題であるはずです。

ファーストにおけるシャアは、アムロとララァの関係に嫉妬して、人類史上初の出来事を永久に壊してしまうという役割なので、ジオングに乗れようが、アムロを発見できようが、ただそれだけの存在ということになると思います。

ということで、アムロがシャアをニュータイプだと認識している台詞は見つかりました。
ただ、その評価はかなり低く、少なくとも戦場において同レベルの存在とは思っていなかったようです。

とはいえ、この時点でニュータイプとしての評価があるということは、さらにこれ以前に、そのきっかけがあったということです。さらに遡ってみましょう。

第41話「光る宇宙」 : ララァとの交感シーン


さらに遡って、宇宙世紀のピカチュウこと「光る宇宙」へ。

ここでは、アムロとララァのニュータイプ同士の深い交感シーンがありますが、前述のようにシャアは蚊帳の外に置かれる関係上、むしろニュータイプの2人(アムロ&ララァ)と、それに嫉妬する1人の男(シャア)として対比をされていました。

よって、アムロとシャアの間にニュータイプ同士のあれこれはありませんが、アムロとララァが深くつながった際に、ララァの思念を通じて彼女を理解すると同時にシャアを理解した、という可能性を考えることはできます。

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ララァを通じた間接的な理解ということになりますが、確かにありえる話です。

実際、この第41話「光る宇宙」以降に、アムロがシャアという人物を理解しているとしか思えない台詞が出てきます。

アムロ「しかし、今はア・バオア・クーに取りつくのが先だ」
アムロ「本当の敵はあの中にいる、シャアじゃない」


ここでの「本当の敵」とは、当然ザビ家ということになります。
ザビ家が事実上の独裁体制をしいていることは、アムロだって以前から知っているわけですが、だからといってザビ家を倒す、という目的意識で戦ったことは別に無かったでしょう。

しかし土壇場のア・バオア・クーに来て、ニュータイプではあるものの一兵士であるアムロが、いち早く戦争を終結させるにはザビ家の頭領を討つしかない、という意識で戦闘に参加するわけです。
と同時に、ジオンそのものやシャア個人は「本当の敵」ではないということを悟っているのだと思います。

それはララァを通じてシャアを理解したことで成し得たものではないでしょうか。

そして、アムロの台詞はそれを裏付けるように進みます。

アムロ「シャアだってわかっているはずだ。本当の倒すべき相手がザビ家だということを。それを邪魔するなど」
アムロ「……今の僕になら本当の敵を倒せるかもしれないはずだ」
アムロ「ザビ家の頭領がわかるんだ」

シャア「その力、ララァが与えくれたかもしれんのだ、ありがたく思うのだな」


アムロは、シャアが本来戦うべき相手がザビ家であったこと、そして現在その目的を見失っていることまで理解している。
そして、今の自分になら「本当の敵=ザビ家」を倒せるかも知れないと感じている。

やはり「光る宇宙」こそが、アムロがララァから与えてもらった贈り物ではないのか。
ララァの思念からシャアを通して、ファーストの物語の根幹を成す「世界の大枠」を掴んだ。そこにはシャア自身がニュータイプであるという「ララァの認識」も含まれるのだろう。

そのアムロに対してシャアは、その理解と力は、ララァが君に与えてくれたもの(in 光る宇宙)だと言う。
つまり、シャア自身の台詞からも、ララァからアムロに与えられたものが存在することが説明されている。

ララァがアムロにくれたもの 時の狭間のラビリンス
ララァがアムロにくれたもの 夢にまで見た淡い夢
ララァがアムロにくれたもの 人の未来と可能性
ララァがアムロにくれたもの 全てを分かり合える人
ララァがアムロにくれたもの シャア・アズナブルのプロフィール
ララァがアムロにくれたもの 本当に倒すべきザビ家
ララァがアムロにくれたもの 取り返しのつかない涙
ララァがアムロにくれたもの いつでも会いにいける場所

大好きだったけど 彼氏がいたなんて
大好きだったけど 最後のプレゼント
bye bye my sweet darlin'
戦い終わらせるわ


後でまとめますが、もちろんララァを通して、が全てではなく、これまでの積み重ねがあった上の「光る宇宙」です。とはいえ、大きなポイントであったことは事実でしょうね。

ここで調査をやめてもいいのですが、念のため、もう少しだけ遡って、ポイントとなる回だけチェックしましょうか。

バックトゥザ一年戦争あとすこし



モグタン「ここは宇宙世紀0079年のロンドンだよ!」



一体何ごとかと ヒヤヒヤドキッチョしたが、なつかしい。あ、ケロンパじゃなくて二代目おねえさん。
そしてこんなことばっかりやってるから、この記事はちっとも終わらない。

第39話「ニュータイプ、シャリア・ブル」はすでに確認したので、さらに ヒヤヒヤドキッチョ(「遡る」の意)して、簡単にチェックだけしておきましょう。

第37話「テキサスの攻防」&「第38話「再会、シャアとセイラ」のテキサスコロニー編

ララァとアムロが反応しあい、お互いの名前をニュータイプ力(ちから)でお互いの脳内への送信に成功します。グラハム・ベル以来の快挙ですね。ララァのこれまでのキャラクターとは違った特異さがさらに際立つパートです。
シャアのニュータイプ度が分かるところは特になかったと思います。
しいて言うならここかな。ララァがアムロの存在を感じるシーン。

ララァ「あたしと同じ人がいるのかしら?」
シャア「ララァ、今なんと言った?」
ララァ「フフフ、大佐があたしの心を触った感じなんです」
シャア「私が? ララァ、冗談はやめにしてくれないか」


ララァにとって、アムロとシャアの「心に触った感じ」が似ている、と。ですがもちろん、アムロにとっての「シャア=ニュータイプ」の手掛かりとなるシーンではありません。

第34話「宿命の出会い」

サイド6でアムロとララァが初めて対面する回。
この回では、偶然の雨宿りから、アムロとララァの運命的な出会いを描いており、ララァが特別なキャラクターだということも画面からびんびん伝わります。

雨が止んだ後の帰り道。車がぬかるみにはハマって立ち往生するアムロ。そこを通りかかった1台の車。

0079_hentai.jpg

アムロ「すいません。あ、あの、お名前は?」
シャア「シャア・アズナブル。ご覧の通り変態だ」


という伝説の名シーンが登場します。
あんな格好の真っ赤な仮面の男が車から降りてきたら、事案発生です。即通報です。防犯ブザーです。
正しいやりとりは、前後を含めて以下のとおり。

車を停めて姿を現すシャア

アムロ『シャア』 ※心の声
シャア「すまんな、君。なにぶんにも運転手が未熟なものでね」
アムロ「い、いえ」
ララァ「ごめんなさい、よけられると思ったんだけど」
アムロ「あっ」
シャア「車で引かないと無理だな」
アムロ「え?」
シャア「君は?」
アムロ「ア、アムロ、アムロ・レイです」
シャア「アムロ?不思議と知っているような名前だな」
アムロ『そ、そう、知っている。僕はあなたを知っている』
アムロ「お、お手伝いします」
シャア「構わんよ、すんだ」
アムロ「すいません。あ、あの、お名前は?」
シャア「シャア・アズナブル。ご覧の通り軍人だ」
アムロ『シャア』
シャア「ララァ、車を動かしてくれ。静かにだぞ」
ララァ「はい、大佐」
アムロ『あれがシャアか。シャア、アズナブルといったな』
シャア「ゆっくりだよ、いいな?ララァ」
シャア「どうした?下がれアムロ君」
アムロ『始めて会った人だというのになぜシャアだってわかったんだ?それにあの子、ララァといったな?』


アムロは初めて会った男を「シャア」だと確信しています。これはニュータイプ的な直感と思っていいようですね。(赤い彗星はド変態コスプレ仮面との事前情報を入手していない限り)

一方のシャアは「聞いたことあるような名前だな」程度で、アムロのように「宿敵」であることを見抜いてはいません。

「不思議と知っているような名前だな」ぐらいの台詞は、ニュータイプや『ガンダム』も関係ない一般的なフィクションでも、何らかの演出上のサービスや意味ありげな一言として使われてるような台詞なので、シャアの勘の良さの証明にはならないでしょうね。

そもそも物語開始当初から戦ってきたライバルの最初の出会いであるにも関わらず、このように互いの理解に格差もあって、不思議少女ナイルなエルメスことララァとの出会いの方が衝撃である、という描き方がされています。

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やはりシャアは、この時点ではニュータイプ(ララァ)のプロデューサー的存在ではあっても、本人のニュータイプ能力については前景化されていません。
むしろこの後、あの赤い彗星がつい先日実戦デビューした少女に「邪魔です」と言われる、というような形で、「ニュータイプ」の特殊性を強調させるための対比役にさせられているほどです。

これ以前に遡っても、アムロとシャアがモビルスーツで直接相まみえるのはジャブローまで遡ってしまいますし、その少し前までいけば第26話「復活のシャア」で久しぶりに再登場した回。その前はランバ・ラルの前まで遡る……。
もうこれ以上は必要なさそうですね。遡り調査はここまでとして、まとめに移りましょう。




調査まとめ : アムロはシャアをいつニュータイプと判定したか


今回の目的はTV版『機動戦士ガンダム』において、「アムロ・レイが、シャア・アズナブルをニュータイプであると確信した根拠を見つける」というものでした。

結論から申し上げると、「決定的な描写は存在しない」ということが分かりました。

調査前の「特にそのシーンが思い当たらない」という記憶が実は正しかったことになりますね。
ただ、あやふやな記憶ではなく、調査の上できちんと「存在しない」ことを確かめることには、それなりに意味はあります。ありますよね? ねえ、あるって言って!

決定的な描写はありませんでしたが、アムロが最終的にシャアのことを「貴様だってニュータイプだろうに!」とは言っているわけですから、その台詞に至った流れを可能性から複合的に考えることはできます。
というか、決定的な証拠がない以上、可能性の中から落とし所を探るしかないでしょう。

ではここまでに得られた情報と考察を整理してみます。

<シャアを「ニュータイプ」であると認識した時期について>

第42話「宇宙要塞ア・バオア・クー」以前ということは判明

※第42話、ジオング遭遇時のアムロの台詞「シャア以上のニュータイプみたいだ」より

<全体的な傾向と流れ>

シャリア・ブル、ララァと続けてニュータイプが登場する時期には、むしろシャアは普通の人側として対比されるキャラクターになっています。
エースである赤い彗星を、軍に入ったばかりのララァがその戦果を凌駕し、邪魔に思い、心配するように。
ララァの死後、ニュータイプ用モビルスーツであるジオングをぶっつけ本番で動かせた事、そのジオングに遭遇したアムロの「シャア以上のニュータイプみたいだ」の台詞によって、視聴者も「シャアもやっぱり(アムロやララァに劣るが)ニュータイプなんだな」と理解する流れ。

<アムロがシャアを「ニュータイプ」であると考えた要因(可能性)>

いくつかあるので、箇条書きにしてみました。

(1)ニュータイプの自分と互角に渡り合って死なないエースパイロットだから(生存バイアスかも)

(2)サイコミュ搭載のジオングでのオールレンジ攻撃(ブラウ・ブロと同じ「普通でない」攻撃)

(3)ララァとの精神交感時に、彼女を通してシャアのことも理解した(ニュータイプであることも)

(4)上記も含めた上での、アムロのシャアに対する、ある種の買いかぶり。


ひとつの大きな理由は、シャアとの戦闘を通じて、アムロが相手のことを「ニュータイプでは?」との認識を深めていったという要素。
より正確には、アムロ自身も後半ニュータイプへと急成長していくので、最終話まで生き延びて、自分と戦えるようなシャアのことを、自分と同種であると認識していった、という感じでしょうか。
これは連続アニメであるTV版だからこその積み重ねが、可能性としての説得力を生んでいます。

ふたつめのオールレンジ攻撃については、ジオング遭遇時にすでにシャアがニュータイプとの発言がありますので、ジオングとの対戦で、シャアに対するニュータイプ度の見積もりが上がったという感じでしょうか。

もうひとつ大きな要素が、みっつめ「光る宇宙」でのララァとの精神交感シーン。
これにより、ララァを通じてですが、シャアという人物のことも理解したのではないか?という可能性。
実際に、アムロはこれで知ったとしか思えないことを、これ以降しゃべっていますので、シャアのニュータイプ要素に関しても十分にありえるとは思います。

また違った角度として、よっつめ。
アムロのシャアに対するある種の買いかぶりと見ることもできるでしょう。
いくつか、最終話のやりとりを抜粋してみましょう。

シャア「今、君のようなニュータイプは危険すぎる。私は君を殺す」

アムロ「本当の敵はザビ家ではないのか?」
シャア「私にとっては違うな」

アムロ「い、今、ララァが言った。ニュータイプはこ、殺しあう道具ではないって」
シャア「戦場では強力な武器になる。やむを得んことだ」
アムロ「貴様だってニュータイプだろうに!」


シャアはその言葉とは裏腹に、ララァの死を「やむを得なかった」とは全く思っていないし、アムロを殺したい理由は「今、君のようなニュータイプが危険すぎるから」では無い。ララァを死なせた自分への苛立ちとアムロへの怒りと嫉妬の私怨を、仮面で取り繕っているに過ぎない。

アムロは、ララァとの経験があるからこそ、同じニュータイプであると認めたシャアと自分がこれ以上殺し合うことに意味を見出せないし、同じ目的であるザビ家を倒して、こんな戦争は早く終わらせるべきでは?と思っている。

ところが同時にララァの「ニュータイプは殺し合う道具ではない」という声を聞いた(はずとアムロは思っている)シャアが、この期に及んでごまかしのふざけた台詞を吐くので、ほとんど売り言葉に買い言葉のように、ついカッとなって叫んだ言葉が「貴様だってニュータイプだろうに!」だと思われる。(これが14年ほどワインのように熟成されると「情けないやつ!」になる)

しかしそれはシャアに対するアムロの買いかぶりであって、ララァを失うという共通体験は、アムロにとっては結果的に戦う意味と守るべきものを自覚させるものとなったが、シャアにとっては「アムロ絶対殺すマン」への変身トリガーでしかなかった。シャアに発現したニュータイプ能力も結局アムロ=ガンダムの撃墜のためだけに使用されてしまっている。

アムロのシャア・アズナブルへの高すぎる見積もり評価は、他ならぬシャア自身の言動によって覆され、間違いであることが証明されていく。

シャア=ニュータイプ認識のトリック


さて、このような可能性要素のミックスによって、アムロはシャアをニュータイプと認識していたのだ、ということになるのでしょうが、はっきりいって、ここにはある種のトリックが存在すると思う。

前述のように、シャアはララァ達ニュータイプとむしろ対比されていたのに、彼女らがいなくなったために、急にニュータイプ(の可能性)として扱われる。しかしララァの死で決定的な体験をしたのはアムロであって、シャアではないから覚醒の契機にはなっていないし、実際にそういう描写もない。

しかし実際に、テストもしていないジオングで戦えてしまう。
そんなシャアを、アムロは以前からニュータイプと認識していたという事になっており、特に驚きもしない。
今回調べたように、アムロがシャアから直接ニュータイプを感じ取るような描写や演出は特にされていないにも関わらず。

きちんと見ていくと色々と不自然かつ釈然としない点があります。
しかし、普通に見ていてそうは思わないのは、もう富野由悠季にだまされ……トリックにかけられているという他はないような気がする。

浜田「うーん、見事なトリックだ。どうしてわかった?」
東野「もし、僕がトリックだったらどうします? トリックの身になって考えてみてください。謎は深まるばかりです」




トリックの身になって考えてみると、まずキシリアの立ち回りが大変上手い。
シャリアもララァも死んだ状況では、ニュータイプの可能性が少しでもあるものをジオングに乗せてガンダムにぶつけるしかないと主張するのは彼女だ。確かに名のあるパイロットは全員死んでしまって、選択の余地なくシャアしかいない。

とはいえ「乗れるニュータイプもいないのに、サイコミュ搭載モビルスーツ作ってたんですか?」と言いかけようとした頃に、キシリアが「総帥がニュータイプにもっと早くお気付きであればな」と、先ほど眉間を撃ちぬかれて反論不能になった甘い兄上に全責任を負わす盤石の立ち回り。

結果、ニュータイプとしては可能性程度のシャアが、テストもしてないジオングにぶっつけ本番で搭乗して、最終的にガンダムと相打ちにまで持ち込むという、冷静に考えると奇跡としか思えない戦果を上げることになりました。
明日の朝刊一面は「赤い彗星ジオングで大金星!キシリア采配ズバリ!」で決まりです。

でも、画面を見てる限り、この辺りの不自然さはあまり感じません。
もうなるべくして、物語が収束していったという感じで、私も今回検証するまで、あまり疑問に思っていませんでした。

恐らく本来は、もう少し丁寧に、段階を踏んで、ニュータイプというものをアムロと視聴者、ついでにシャアにも体験させ、理解させていく予定だったのかも知れません。シャリア・ブルとララァだけでなく、例えばその後にもう何人かサンプルとなるニュータイプのキャラクターを追加したりして――――本来?

つまり『機動戦士ガンダム』が全43話でなく、「幻の全52話構想」であれば、もしかするとニュータイプとしてのシャア・アズナブルの描かれ方は、あやふやで唐突なものではなく、もう少し自然だったのかも知れませんね。

これはニュータイプ・シャアの表現についての「例えば」であって、『機動戦士ガンダム』が全52話であれば良かったという話ではありません。
全43話の現状でも、こうして検証しない限りは違和感なく、自然に受け入れてしまうような構成・演出がされていることはすでに語ったとおりです。

結局のところ、ニュータイプとしてのシャアとはどういう存在なのか


さて、今回はアムロの視点で「シャアをニュータイプだと認識したのはどのタイミングか?」を調べてながら考えてきました。

実は決定的な描写が存在しない事が判明しながらも、富野監督にだまさ……巧みな構成により、そのことをあまり感じさせない流れになっていることも分かりました。

ただ、はっきり言いまして、これ自体は『機動戦士ガンダム』の小ネタやトリビア程度にすぎません。

しかし、シャアのニュータイプとしての立ち位置や根拠が実はあやふやであったという事実は、『機動戦士ガンダム』TV放送時のニュータイプ、そしてアムロとシャアを考える上で、重要なポイントを教えてくれているとも考えます。

そのポイントは2つ。

(1)シャアはアムロを、アムロはシャアを、お互いをニュータイプだと認めるようになったが、この2人の間にはいわゆるニュータイプ的な精神交感がない(直結による相互理解ではない)

(2)シャアは、ララァと深くつながったアムロと違い、ニュータイプとして「決定的な体験」をしていない(生涯できなかった)


シャアは、ごく短期間のうちに、素人同然から自分を凌駕するまでに不自然に急成長したアムロ・レイを、連邦が実戦投入してきたニュータイプであると確信しています。

実際に初期からアムロと戦ってきたシャアだからこそ納得感もありますが、いわゆるニュータイプ的なセンサー(直感)による判断ではありません。アムロの存在はニュータイプとでも定義しないと考えづらい、という仮定が確信に深まっていった感じでしょうか。

一方のアムロ側。今回の調査としては、シャアと長らく対峙してきた経験の上で、「光る宇宙」でのララァを通してシャアを理解した、という面が大きいのではないかと思われます。

これにはニュータイプ能力が使用されていますが、ララァというフィルターを通して間接的に理解をしています。ですから「ララァが認識しているシャア大佐」とも言えるので、もしかすると実像とはズレがあるのかも知れません。

ただ 「貴様がララァを戦いに引き込んだ」と、シャア相手になじれるほど、ララァとシャアの関係性とその主体がどちらにあるのかも理解しているところを見れば、やはりアムロ側の方が深い理解をしているんだろうな、という気はします。
いずれにせよ、アムロからシャアへの一方通行的な理解であって、相互理解では全くありません。

つまりこの二人は相互不理解、ディスコミュニケーションの中でお互いが「相手はニュータイプである」ということを理解した、ということになります。

同じ結論に辿り着いたにも関わらず、ララァの一件による互いの立場のため、ニュータイプ的に交わり、分かり合えることはありません。実際に光の中に消えていくその瞬間までその日は来ませんでした。
(それでもアムロにとってシャアが、シャアにとってアムロは、ある意味で最大の理解者だったのですが)

『機動戦士ガンダム』のニュータイプといえば、アムロとララァの時を超越した深い交感シーンをイメージすることが多いですよね。
人は変わっていける。人は分かり合える。人はいつか時間さえ支配することができる。

しかしその裏では、互いの立場を超えてこの戦争で何をすべきなのか。違う出発点から、全43話をかけて同じ結論に辿り着いたのに、結局最後まで殺し合いしか出来なかった二人のニュータイプがいました。

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『機動戦士ガンダム』はコミュニケーションの可能性の物語であると同時に、ディスコミュニケーションの現実と限界の物語でもあったわけです。
そのドラマを演じるキャストは全員ニュータイプであり、いわゆるオールドタイプとニュータイプの断絶の話ではありません。理解し合うのもニュータイプ。相互不理解もニュータイプ。

つまり「ニュータイプ」という新しい存在を描きながらも、まぎれもなく「人間」そのものを題材として描いているわけです。
それが『機動戦士ガンダム』。のちにファーストガンダムと呼ばれる作品での、ニュータイプのお話であると私は思っています。

情報ネットワークに覆われた現代社会を予見したわけでもないし、家族的なものを超越する擬似家族的な共同体への希望として示されたわけでもないんじゃないかな。

なりそこない王子のあせり


そして、ファースト以降の作品を見る限り、スペースノイドを導くジオン・ダイクンの遺児シャア・アズナブルが、「ニュータイプとして決定的な体験をし損ねた」ことはかなり大きな影響を与えています。

ハマーン、カミーユ、ナナイ、クェス……特にハマーンとカミーユの時に顕著ですが、才能ある若いニュータイプを前面に押し出してプロデューサーのような位置に自分を置きたがるのは、役割から逃げたがる性格と共に、自分が「ニュータイプとして決定的な体験をしていない」ことも影響しているはずです。

しかし『Zガンダム』では、カミーユ以前にプロデュース失敗したニュータイプであるハマーン・カーンの逆襲にあいますし、プロデューサーとしては、シャアよりやり手でより狡猾なシロッコが登場します。
「戦後世界を支配するのは女だと思っている」といいながら、その女性を支配する事で世界をコントロールしようとするシロッコですが、「女」を「ニュータイプ」と入れ替えれば、実は「これからはニュータイプの時代だ」などと言っているシャアとそう大差はなく、彼に対する皮肉としても機能するキャラクターだと思います。

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シャアが自分自身を「ニュータイプ」として、ジオンの遺児として先頭に立ち、道化を演じることに割り切れないのは、父性から逃げるその性格もさることながら、やはり「ニュータイプとして決定的な体験をしていない」ことも大きいのではないでしょうか。

だからこそシャアは、アムロ・レイにこだわり続けます。
後に「母になってくれるかも知れなかった女性」と語るララァと、時の向こう側、ある種の「彼岸」に立ったのはアムロ・レイだけ。
しかし、自分を導いてほしかったララァはもういない。
殺してやりたいが、「ニュータイプ」として人々を導く資格があるのは、シャア視点だとララァと交わったアムロ・レイしかいない。

しかし当のアムロは宇宙に出たがらなかったり、ニュータイプと関わりになるのにも消極的です。
挙句の果てに、愚民どもにその才能を利用され、「貴様ほど急ぎすぎもしなければ、人類に絶望もしちゃいない」 などとのたまう。

つまり「結論を急ぎすぎるな」と。それがララァと共に彼岸を見たアムロの結論です。
(逆に言えば、その体験をしてさえこの結論は、人類の歩みに魔法のような奇跡など無いという諦念でもあるでしょう)

だがシャアは、その景色を見ていない。体験していない。
それなのに、ジオン・ダイクンの遺児というだけで、スペースノイドを導く道化をやらされている。
だから彼は、『逆襲のシャア』において、アムロに「ならば、今すぐ愚民共すべてに叡智をさずけてみせろ!」と無理難題を言います。

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新大阪のマクドナルドで「ポテトS大盛りと水。はよせいや。しばくぞ」と注文する大阪人のような「いらち(せっかち)」さです。
なぜここまで性急なのか。なぜ次の世代に任せたり、未来を信じられないのか。

それは彼自身こそがアムロに、「今すぐ叡智を授けて欲しい」側の人間だからでしょう。
全人類にと言っていますが、この世で最もそれを欲しているのは誰あろう、シャア・アズナブル本人だろうと思います。

アムロの「結論を急ぐな」(未来に託せ)では、何より自分自身が救われない。
だから待てない。だから「ポテトS大盛りと叡智!はよせいや!しばくぞ!」と、今すぐ寄越せの無茶を言いながら、結局のところアムロに救済をすがっている。
ニュータイプとしての自分を産んでくれる母たるララァがいない以上、もうアムロしかいない。

そんな「結論を急ぐな」のアムロと、「今すぐ救え!」のシャアの二人が、目の前にいる少女(クェス・パラヤ)すら救済できずに、お互いに責任をなすりつけあいながら、光の中に消えていく。

それが『逆襲のシャア』の結末であり、『機動戦士ガンダム』で、お互いをニュータイプであると認識した二人の結末になりました。




あとがきや余談など


今回は、友人の「シャアって、ニュータイプなの?」という素朴な疑問をきっかけに、最終回からの遡りというかなりずぼらな調査を行いました。

今回の記事のベースはTwitterに連投していたツイートがベースになっております。
リアクションも色々頂き、参考になる情報も提供して頂きました。可能な限り盛り込んだつもりです。
Twitterにて、ご協力を頂いた皆様、ありがとうございました。

記事を読まれた方で、私がもし重要なポイントになるようなものを見逃していたら、ぜひ教えてください。
「あ、それありましたね。なるほどなー。失敗したなー」と返させて頂きます。(記事を修正しろ)

正直、劇場版には一応チェックだけ入れておくつもりでしたが、結局全部チェックしきれてません。
対象範囲はTV版だけにして良かったと思いました。

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ちなみに、この記事全体で、シャア・アズナブルという人物の事をボロクソに言っているように見えるかも知れませんが、シャアの事は最も愛すべきキャラクターだと思っておりますので、誤解とご心配なきよう。(ボロクソ言っているのは事実です)

シャアもアムロもひとつの記事では語りつくせないので、このブログではさまざまな角度から記事を書いております。
今回の視点設定だと記事内容もこうなった、というだけに過ぎませんので、ご理解ください。

もしご興味がありましたら、当ブログの富野作品関連記事の一覧から面白そうなのをお読み頂けると嬉しく思います。

【目次】富野由悠季ロボットアニメ 記事インデックス
http://highlandview.blog17.fc2.com/blog-entry-171.html

ここから余談になりますが、シャアが明確にニュータイプ的なセンサーを使用するのは、ファーストの続編『機動戦士Zガンダム』第1話「黒いガンダム」ではないか、という気がします。
(「アムロ絶対殺すマン」センサーは、ア・バオア・クーでも使っていますが)

クワトロ「この感触……アムロ・レイ……ララァ・スンか……!?」


主人公カミーユに対して、グラサンノースリーブが、アムロやララァの感触と同じようなものを感じているという台詞です。
これをそのまま受け取れば、アムロはともかく、あの時点でのララァに対してもニュータイプ的な感触を同じように感じていたということになりますが、まあファースト以降のことは、後付け補強的に結構何でもできてしまいますからね。(だから、記事本編でも参考資料にはしませんでした)

ちなみに賢明な読者諸氏なら、上記を踏まえて、「ララァとニュータイプ的に精神接触できていたなら、なぜアムロみたいな事ができなかったの?」という疑問も浮かぶのはないかと思います。

これについては過去記事でも触れたことがありますが、私は「シャアが、ニュータイプ同士の関係になる前に男女関係になってしまうから」ではないかと思っています。

0079_manandwoman.jpg

ニュータイプ同士の関係を結ぶ前に、ニュータイプ少女と男女の関係になってしまうんですね。シャアは。
で、自分は役割を押し付けられるのが死ぬほど嫌いなくせに、パートナーには男女を前提とした関係と役割を押し付ける。
恐らくこれでは「男と女」の関係にしかならず、ニュータイプ少女は基本的に愛するシャアのために戦い、命をかけようとするでしょう。ララァ、ハマーン、ナナイあたりは、一時的にせよこのような関係になっていたのではと思われます。

ちなみにこれは『∀ガンダム』においてハリー・オードが、彼に好意を持つキエル・ハイムに対して「貧しい愛」であるとして、きっぱりと否定した関係性です。
仮面をつけた男の「貧しい愛」を、はるかな未来、同じく仮面の男が否定する。
これもまた、全肯定&全否定の『∀ガンダム』という作品に含まれる重要な要素のひとつだと思います。

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このようなシャアですから、『Zガンダム』においてカミーユ・ビダンがもしその名の通り少女であったなら、確実に寝ていると思います。
男同士であることで、シャアとカミーユの関係は「貧しい愛」による破綻は免れましたが、役割からとことん逃げるシャアはカミーユの兄とも父ともならず、結局カミーユはあちら側へ行ってしまいました。(彼を助けたのはシャアのシャドウでもあるジュドー・アーシタ)

同じようにシャアは、『逆襲のシャア』のときに、女カミーユことクェス・パラヤが父親を求めていることに気づかないまま、みすみす死なせてしまいました。人は同じ過ちを繰り返す。

劇中でシャアとクェスの間には肉体関係は無いはずです。
ですが、もしクェスと過ごす時間がもっと長くなれば、シャアは恐らく自分と彼女の関係性をはっきりさせるために、男女の関係になるでしょう。その片鱗は本編にも出ています。

クェス「あたし、ララァの身代わりなんですか?」
シャア「クェス。誰に聞いた?いや、なんでそんな事が気になる?」
クェス「あたしは大佐を愛してるんですよ」
シャア「困ったな」
クェス「なぜ?あたしは大佐の為なら死ぬことだってできるわ」
シャア「わかった。私はララァとナナイを忘れる」
クェス「……なら、あたしはαで大佐を守ってあげるわ、シャア」


はい。見事な「貧しい愛」のパターンのひとつですね。
あとは肉体関係を持ってしまえば、関係はさらにはっきりし、シャアは男性として女性を利用する側に立てるでしょう。
もちろんララァやナナイのことも忘れませんので、ここでクェスに語っていることは全て嘘です。
(そして、ニュータイプではあるが未熟な少女クェスに、その本心を見せない程度のことはできる)

これを見る限り、シャア・アズナブルが彼が望むところへたどり着く可能性はやはり無いように思えます。
『逆襲のシャア』の中で、本人も少しは自覚があるようですが、多分ちゃんと分かってない。

シャア『ジオン独立戦争の渦中、私が目をかけていたパイロット、ララァ・スンは、敵対するアムロの中に求めていたやさしさを見つけた。あれがニュータイプ同士の共感だろうとはわかる』


やはりシャアは、人間界に転生させて、人生をやり直させるしかないんじゃないかなと思いますね。
昔、一度使ったネタですが、やはりこれでしょう。

火の鳥「お前は生まれ変わって、革命家となり、インテリの世直しをするのです」
シャア「え、またですか!?」
火の鳥「その次もです」
シャア「えー!」


ですから、私は正直『ガイア・ギア』読んでいませんけど、アムロではなくシャアのメモリー・クローンである「アフランシ・シャア」というキャラクターが存在する事は、とても納得できます。
それは『逆襲のシャア』ラストで、受精卵(サザビーの脱出カプセル)に戻ったシャアには、人生やり直す必要があるからだと思うんですよね。それは義務でもあり、罰でもあり、多分チャンス(恩情)でもある。

ただし、アムロの方は転生どころか思念体にすらならないと思うけどね。


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おまけ(今回の歌ネタ)


今回はなぜか歌ネタが多かったのですが、文中に入れるとさすがに邪魔だと思いましたので、末尾おまけとして、元ネタ動画を集めておきます。(ネタの時点で邪魔とか言わない)







書いてる本人が途中で「こんな長いの誰が読むの?しかもおふざけだらけで…」と思った記事を最後まで読んで頂いて、本当にありがとう。
よく考えたら、毎回どの記事もそうなので、懲りずにまた書くと思います。ではまたお会いしましょう。
ゆうきまさみ著、マンガ版『機動警察パトレイバー』についての複数の文章を書く、というシリーズ企画の目次ページです。


この企画は、Twitterでのマンガ版『機動警察パトレイバー』語りがベースになっています。
執筆者は現在のところ、以下の2名です。

執筆者: psb1981さん@takepon1979
ブログ: カテジナ日記http://tentative-psb1981.hatenablog.com/

執筆者: highlandview@highland_view
ブログ: HIGHLAND VIEW 【ハイランドビュー】http://highlandview.blog17.fc2.com/

「泉野明」「企画七課」「イングラム」など、作品キーワードに対して文章を書き連ねていき、その集合によって、マンガ版『機動警察パトレイバー』とは何かについて語れたら良いな、と思っています。

以下の目次では「キャラクター」「組織」などのキーワードジャンルで、記事を分類しています。
記事を書いた順番とは異なりますが、どの記事から読んで頂いても、取り上げたキーワードに関しては問題ないはずです。
興味のあるところから、お読み頂いても結構ですので、お好きにご覧ください。

1.基本設定


時代背景・基本設定


パトレイバーの時代背景(カテジナ日記)

1988年に生まれた、1998年の物語<時代背景>(HIGHLAND VIEW)

2.警視庁


警視庁 特車二課


第二小隊


特車二課 第二小隊 ~バブルからの疎外~(カテジナ日記)
泉 野明(いずみ のあ)

泉野明 ~少年少女~(カテジナ日記)
篠原 遊馬(しのはら あすま)

篠原遊馬 ~ロボットに乗れない男の子~(カテジナ日記)
太田 功(おおた いさお)

太田功 ~暴走する正義の男~(カテジナ日記)

悪・即・弾 その男、凶暴につき<太田 功>(HIGHLAND VIEW)
進士 幹泰(しんし みきやす)

進士幹泰 ~家庭人~(カテジナ日記)

MEGANE AND POLICE(メガネ&ポリス)<進士 幹泰>(HIGHLAND VIEW)
山崎 ひろみ(やまざき ひろみ)

山崎ひろみ ~元祖草食系男子~(カテジナ日記)

コワモテの優しい巨人<山崎 ひろみ>(HIGHLAND VIEW)
熊耳 武緒(くまがみ たけお)

熊耳武緒 ~パイロットのパイロット~(カテジナ日記)

第二小隊の学級委員は決して犯罪者に屈したりはしない!<熊耳 武緒>(HIGHLAND VIEW)
香貫花・クランシー(かぬか・クランシー)

香貫花・クランシー ~女・太田功~(カテジナ日記)
後藤 喜一(ごとう きいち)

後藤喜一 ~学校の先生~(カテジナ日記)

第一小隊(南雲 しのぶ)


特車二課 第一小隊 ~女性が率いる部隊~(カテジナ日記)

整備班


榊清太郎 ~職人~(カテジナ日記)

3.汎用多足歩行型作業機械「レイバー」


レイバー(労働者)たち


パトレイバーの労働者たち ~3K労働~(カテジナ日記)

政治のレイバーと経済のレイバー(カテジナ日記)

篠原重工製レイバー


AV-98 イングラム ~父の力~(カテジナ日記)

イングラム不正入札疑惑 ~父との決別~(カテジナ日記)

AVS-98 イングラム・エコノミー ~正義の値段~(カテジナ日記)

シャフト製レイバー


ブロッケン ~政治のレイバー~(カテジナ日記)

Type-J9 グリフォン ~趣味のレイバー~(カテジナ日記)

4.立ち塞がるものたち


テロリスト


地球防衛軍 ~エコ左翼~(カテジナ日記)

シャフト・エンタープライズ


企画7課


企画七課 ~光画部~(カテジナ日記)
内海(うつみ)

内海課長 ~スキゾ・キッズ~(カテジナ日記)
黒崎(くろさき)

黒崎 ~企画七課のゴルゴ13~(カテジナ日記)
バドリナート・ハルチャンド(バド)

バドリナート・ハルチャンド ~非実在青少年~(カテジナ日記)

シャフト・セキュリティー・システム(SSS)


SSS(シャフト・セキュリティ・システム) ~悪の古典~(カテジナ日記)

東都生物工学研究所


廃棄物13号 (前) ~特撮の伝統~(カテジナ日記)

廃棄物13号 (後) ~暴走する父の力とイングラム~(カテジナ日記)

5.『機動警察パトレイバー』の物語とは


世界観・全体像


パトレイバーの世界観(カテジナ日記)

総論・まとめ


泉野明はRight Stuffだったのか? ~パトレイバーの正義~(カテジナ日記)

篠原遊馬の挫折 ~そして久世駿平へ~ - カテジナ日記(カテジナ日記)

赤ちゃんロボットとしてのイングラム ~パイロットはお母さん~(カテジナ日記)

ゆうきまさみは何に挑んだか ~顔のない父~(カテジナ日記)




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目次を見渡して、「ほとんどカテジナ日記じゃないか」というお気持ち、全くそのとおりです。

これは、psb1981さんが30以上の記事を書いているにも関わらず、私が5本(2015/11現在)しか書いていないという非対称性からくるものですが、最終的には同じぐらいの分量になるはず……いや、なります。

どうかバビロンプロジェクトの工期のような気持ちで見守って頂ければ幸いと存じます。
『革命機ヴァルヴレイヴ』第一話を中心に記事を書くと言ったな。あれは嘘だ。

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前回記事(都会では、バイトする魔王が増えている<『はたらく魔王さま!』第一話の問題は今日の雨、傘がない>)を覚えている者は幸せであるが、書いた本人すら覚えてないほど昔のことなので引用する。

さて、いよいよ本題。
『革命機ヴァルブレイブ』第一話を中心とした、ロボットアニメの第一話の話をしようと思っていた。けれど、それを書くには、この余白は狭すぎる……。


と、いうわけで、余白十分の新規記事を書くにあたり、リアルロボットアニメ第一話のスタンダードである母なるファーストこと、『機動戦士ガンダム』第一話を改めて見直すことにしました。

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メモを取りながら見てみると、やはりこれが面白いわけです。分かっていたけど、どうしようもなく面白い。
どうしようもない風に吹かれた私は予定を変更し、『機動戦士ガンダム』第一話を中心としながら、『革命機ヴァルヴレイヴ』第一話の話も含めて他のロボットアニメ(主に富野アニメですが)の話も交えつつ雑多にお送り致します。
第一話見ながら書いていく、オーディオならぬテキストコメンタリーという感じでしょうか。
全てのシーンに触れるので、長いですよ!

ちなみに、この記事でのロボットアニメは『ガンダム』のような、一般的には「リアルロボットアニメ」と呼ばれたりする作品群を指します、としておきましょうか。

ではまず「ロボットアニメ第一話」で注意すべきポイントについて考えるところから始めましょう。

ロボットアニメ第一話が難しいのはなぜなのか?


ロボットアニメ第一話の構成は難しい、とはよく言われます。
色々と理由はあるでしょうが、特に大きいのは、そもそもロボットアニメが特殊な世界での特殊な物語であるからと私は思います。
「巨大ロボット」という虚構性の高い、大嘘ガジェットを作品世界に存在させるためには、それを受け入れる世界やキャラクターなど作品全体でロボットの存在を支えてもらう必要があるからです。

あまり複雑な嘘が必要ないオーソドックスな作品、例えば「高校に入学した少年が、野球部に入って甲子園を目指す」といった野球ものならば、野球も、甲子園も、野球少年の技術も動機も、物語上は特に問題にはなりません。(むしろ設定をひねって工夫しなければならないほどです)

しかし、虚構性の高い「ロボットアニメ」というジャンルでは、フィクションを成立させるための条件がよりシビアになります。
ここで必要なのは、ロボットとそれに乗る少年がいる世界を視聴者が許せるか、受け入れられるかということであって、ディティールのリアルさが必要というわけではありません。基本構造とリアリティレベルがきちんとされていればいいのだと思います。

それについては以前の記事で引用した、富野由悠季監督が『戦闘メカ ザブングル』制作時に残したこの言葉を見てみるとよく分かります。

富野由悠季「ロボット物をらしく創る要素は、ロボットを動かしてもいい世界観をつくることである」


名言ですが、これはつまり「ただロボットが存在しているだけでは、ロボットアニメは成立しない」ということを示しています。

虚構であるロボットを成立させるために、まず「ロボットが存在できる世界」を構築し、それを視聴者に受け入れさせることが必要になってきます。
さらに視聴者にも親近感のある、一般人の少年を主人公にするなら、普通の少年がなぜそれに乗り込み、そしてなぜ操縦できるのか、「動機と理由」をうまく処理する必要もあります。そしてもちろん、そこまでお膳立てして、存在を許されたロボットが魅力的でなければいけない。
大変な説明の処理はただこなせばいいというわけではなく、魅力的な見せ場を得てロボットがかっこよく活躍し、視聴者の心をつかまければ意味が無いわけです。

実際、第一話でこれら全てを、うまく処理するのはかなり難易度の高いハードルです。
多くのロボットアニメがこれに挑み、または戦略的にこれを避けて、工夫したり、別のアプローチを選んでいたりもします。そうした先人たちの試行錯誤が幾多ものバリエーションを産んできました。

ロボットアニメ第一話に求められる3大要素ってあるやん?


これからちょっとパーティ行かなあかんねんけど、ロボットアニメ成立に必要な要素を、この記事では簡単に【世界観】、【ロボット】、【キャラクター(主人公)】の3つに分けて考えてみることにしましょう。
これが、ロボットアニメ第一話が越えるべき3つのハードル、ということになります。

【世界観】
ロボットが存在でき、活躍できる世界。
世界のためにロボットがあるのではなく、ロボットのために世界が存在する。
2人(ロボットと主人公)のため、世界はあるの。
『ガンダム』のコロニーとミノフスキー宇宙はその典型ですね。

【ロボット】
映像作品の魅力的な被写体としてのロボット・キャラクター。
ロボットのデザイン、アクション、SFメカとしての魅力。ビジネス的な価値。
『ガンダム』だと、ガンダム、ザクを始めとしたモビルスーツたち。

【キャラクター】
ロボットに乗り込む主人公を中心としたキャラクターたち。ドラマの中心。
特に第一話では、一般人の少年が、なぜロボットに乗り込んで戦わないといけないのかという動機。
なぜ訓練も受けていない未成年が、ロボットで戦うことができるのか。戦い続けることが許されるのか。
『ガンダム』の場合、なぜアムロはガンダムに乗る決意をしたのか、なぜ戦えたのか、なぜ戦い続けるのか。

このロボットアニメ3要素は、それぞれ別個に存在しているわけではなく、「ロボットアニメ」という大嘘を一心同体三銃士として支えるものです。相互補完関係にあります。

ちなみに、この3要素をどのように用意すればいいのか、ということについては、過去に記事を書いています。

ブルーストーン経済によるシビリアンコントロール<『戦闘メカ ザブングル』惑星ゾラ開発史>

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この記事では、『戦闘メカ ザブングル』の3要素構築について、富野監督の手記をもとに追っています。
第一話のために、製作者は何を準備するのか?これまで話した内容の具体的なサンプルとして、参考になるのではと思います。よろしければどうぞ。

では『機動戦士ガンダム』第一話「ガンダム、大地に立つ」を見ながら、【世界観】、【ロボット】、【キャラクター(主人公)】の3要素をどう処理しているのか、チェックしてみましょう。




オープニングナレーション


人類が増えすぎた人口を宇宙に移民させるようになって、既に半世紀が過ぎていた。
地球の周りの巨大な人工都市は人類の第二の故郷となり、人々はそこで子を産み、育て、そして死んでいった。

宇宙世紀0079、地球から最も遠い宇宙都市サイド3はジオン公国を名乗り、地球連邦政府に独立戦争を挑んできた。この一ヶ月あまりの戦いでジオン公国と連邦軍は総人口の半分を死に至らしめた。人々はみずからの行為に恐怖した。

戦争は膠着状態に入り、八ヶ月あまりが過ぎた。


言わずと知れた名ナレーションです。大事な基本設定をぎゅっと詰め込んでいます。
物語冒頭でいきなり世界設定をナレーション処理で説明してしまうのは危険でもありますが、勇気ある英断といえると思います。ここでの圧縮が無いと、アムロとガンダムに十分な時間を取れず、私達がよく知る『機動戦士ガンダム』第一話にはならなかったでしょう。

これは重要な3要素の中で、さらに第一話で優先すべきものはなにか?という話でもありますね。
富野アニメでも、そのバランスは作品によって異なっています。

【ロボット】と【主人公】を優先した『機動戦士ガンダム』
【世界】と【ロボット】を優先した『聖戦士ダンバイン』
【世界】と【主人公】を大事にする予定が、【ロボット】を優先せざるを得なくなった『機動戦士Vガンダム』
【世界】と【主人公】だけで、【ロボット】が出てこない『∀ガンダム』

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『聖戦士ダンバイン』第一話については、以下の記事で詳しく取り扱っています。

なぜショウ・ザマはバイストン・ウェルで眠ってしまったのか <『聖戦士ダンバイン』に見る物語の始め方>

さて、冒頭ナレーションでは以下の説明を処理しています。

  • 未来の地球。人類はコロニー移民をして宇宙にも住み着いている。宇宙の世紀になっていること。
  • スペースノイド(宇宙に住む人類)が地球に対してしかけた独立戦争であること。宇宙vs地球の人間同士の戦争であること。
  • 一ヶ月あまりの戦いで、双方総人口の半分を失ったこと。戦いが膠着状態に入ったところで物語が始まること。

のちに「一年戦争」と呼ばれるこの戦いですが、『機動戦士ガンダム』の物語は野球でいえば「7回裏、連邦軍の攻撃」といったタイミングで始まります。
この戦争は初回、ジオン軍打者一巡の猛攻をきっかけに、相当数の退場者を出した乱打戦となっていますが、7回までの戦いはこのナレーションだけで終了します。

ポイントは2つ。

ひとつは「第二の故郷」スペースコロニーが、オープニングの時点で兵器利用されていること。

「地球の周りの巨大な人工都市」であるスペースコロニーを「人類の第二の故郷」と紹介した、わずか30秒ほど後にはコロニーが地球に落ちています。
宇宙側が地球側にケンカを売ったことがビジュアルでよく分かるのと同時に、宇宙の住処までも兵器に使うという人類のどうしようもない業も感じさせます。宇宙世紀になっていても人類の戦争は本質的に何も変わっていないようです。

もうひとつのポイントは、このオープニングに「人間」が一切登場しないこと。

宇宙に住む人々も、戦争を始めたザビ家の人々も、地球連邦軍も、コロニーを落とされて死んでいく人々も、誰も登場しません。
なぜ人が登場しないのか、については複数の理由がある気もしますが、理由はともかく、登場しないことが、この後の第一話本編演出上のポイントとして効果的に活かされていると思われます。
モビルスーツ・ザクだけは登場しており、このすぐあとの本編シーンへつながっていきます。

ザクのコロニー侵入


ここから本編シーン。オープニングで登場したザクが、スペースコロニー「サイド7」に侵入していきます。

・ザク3機のうち、2機がコロニーに入っていく。
・宇宙なので比較物が無く、スケール観がよく分からない。
・コロニー内部の風景が入り、人工的に地球と同じような環境が作られていると分かる。
・コロニー内にザクが入ると、樹木など対比物が生まれ、大きさが分かる。
・コクピットから人が出てくる。人間初登場し、18mサイズのロボットとスケール対比される。
・侵入したザクのパイロット・ジーンが双眼鏡で、軍の施設をさがす。
・コロニー内にサイレンが鳴っている。
・双眼鏡が、アムロの家に走って入っていくフラウ・ボウを見つける。


モビルスーツによるコロニーへの侵入は、このあと『Zガンダム』や『ガンダムF91』などでも繰り返されます。

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呼吸音と共にザクが登場し、コクピットのカットは無し。
コクピットからパイロットが出てきて、初めて人が操縦する18mサイズだと分かる。
今ではサプライズでも何でもないですが、第一話本放送的には、オープニングナレーションから続いたちょっとしたサプライズとも言えるかも知れません。
はるか未来の宇宙世紀と言っても人間は変わっていません。ですから敵は宇宙人ではなく、ロボットに乗り込んだ同じ人間同士で戦い、殺し合うアニメです。

コロニー内にサイレンが鳴っていますが、これはザクのコロニー侵入に気づいたためではなく、ホワイトベースの入港に伴う避難指示。ホワイトベースはシャアのムサイに追われており、デニム達はシャアが出した偵察部隊になります。

ほとんどの人は避難済みのため、残っているのはメカいじりに夢中で避難指示に気づかないアムロぐらいしかいません。しかし、フラウ・ボウが避難していないアムロを連れ出しに駆けつけてくれます。

他に人がいないので、無人の街を走るフラウ・ボウは当然目立つ存在となり、それをジーンが双眼鏡で見つけることで、侵入者パートからフラウ・ボウパートにつながります。

フラウ・ボウとアムロ


このパートで主人公アムロ・レイが登場しますが、フラウ・ボウ先生が大活躍を見せます。

・家に入ったフラウ・ボウは「アムロ!」と名を呼びかけ、主人公の名前を周知させます。
・(フラウが用意した食事が)まだそのまま残っている。
・フラウはいつも来て、食事を用意している関係であるようだ。
・マスコットメカであるハロの登場。
・メカいじりに没頭するアムロ。すばらしいぼんやり演技。
・朝食をちゃんと食べなさいと言いながら、アムロのカバンを開き避難の用意をし始めるフラウ。
・完全におかんである。
・フラウ「軍艦(ホワイトベース)が入港するから、避難するんですって」
・サイレンが避難命令であることに気づいてないアムロ。
・フラウをうざがっているアムロ。母親役をするフラウと、それをうざがるアムロ。


メカいじりをしながら登場する、この作品の主人公アムロ。
メカいじりが趣味で、メカに強いということが、まずガンダム搭乗の布石のひとつとして置かれます。

フラウは家に入ると「アムロ」と名を呼び、「朝食はちゃんと食べなさい」などと小言を言いながらも、アムロのカバンに避難の用意をし始めます。
アムロはパンツ姿ですが、アムロに取り繕う様子もなく、フラウにも動揺はありません。ということは、これが彼らの日常ということですね。
では彼氏彼女の関係かといえば、フラウはアムロを子供扱いし、アムロは完全にフラウをうざがっており、あくまで世話女房=母親役をやっているんだろうな、と分かります。

アムロは、避難指示にも気づかなかったぐらいなので、フラウ・ボウが来なければ自分からは家を出ずにメカいじりを続けたでしょう。
フラウ・ボウに追い立てられて、やっとイヤイヤ避難のために家を出ます。
当時としては新鮮な、そういう内向的で動かない主人公ですが、それでは物語は動きません。
物語を動かすには、アムロに行動を強制できる立場であるキャラクター、例えばこの場合、母親役であるフラウ・ボウなどが絶対に必要になります。

ここでのアムロとフラウの関係の提示と、フラウによるアムロの誘導は本当にすばらしいと思います。

アムロの家の前(ハヤト登場)


第一話で登場するレギュラーキャラクターは、軍人であるブライトを別とすれば、ハヤトだけです。

・一足先に家を出たフラウが、避難しようとするハヤトに出会う。
・ハヤトはお向かいさんなのに、アムロに避難命令を伝えていない(そういう関係)。
・ハヤト「アムロの親父さんみたいな軍事技術者がここに来なけりゃ、僕らは…」
・フラウ「研究施設を作るために、立ち退きさせられたこと、まだ恨んでるの?」
・ハヤトは家族と避難し、アムロもサンドイッチをくわえながら車にフラウを乗せ、走りだす。
・フラウ「アムロ!お行儀悪いわね」
・フラウ「入港する軍艦に、アムロのお父さん乗っているんでしょ?」
・アムロ「だと思うよ。1週間前に地球に降りると言ってたから」
・フラウ「ここも戦場になるの?」
・アムロ「知らないよ。親父は何も教えてくれないもん」


ここまでは完全に主人公のアムロではなく、幼なじみのフラウが物語を回しています。

例えば『Zガンダム』第一話冒頭では逆に、主人公カミーユが自分自身の動機で行動し、幼なじみのファ・ユイリィがそれに置いて行かれないように着いて行くという形をとっています。アムロとフラウとの比較、『Zガンダム』のその後の展開と含めて考えると少し面白いですね。

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さて、『ガンダム』第一話は、かなり登場人物を絞り込んでいます。
レギュラーメンバーですと、アムロ、フラウ、ブライト、そしてこのパートでのハヤトしか登場しません。
あと名前と役割が明確なのは、テム・レイとシャア。そして敵役であるザクのパイロット、デニムとジーンぐらいですが、シャア以外はこの回でいなくなる存在です。
第一話は、ボーイ・ミーツ・ロボットつまりシド・ミード・ガンダム。じゃなくて、アムロ・ミーツ・ガンダムの物語に集中させていると思ってよいでしょう。

そんな中、ハヤトだけ登場させて、父テム・レイの職業を説明しつつ、軍人と一般人の微妙な関係と、アムロとハヤトの微妙な関係を紹介しています。ここは第一話というより、むしろそれ以降でより効いてくるところ。

アムロが運転する車内では、テム・レイの話がさらに補足され、軍事技術者である父テム・レイは入港するホワイトベースに乗っているということが分かります。
このためアムロは、父不在一人住まい。それでフラウがやはり世話焼き女房役か、とつながっていきます。
当然、あれ?アムロの母親は?となりますが、これはまたのちの物語。
こうやって細かく見ていくと、避難する際にアムロが母カマリアの写真立てを見つめ、荷物の中に入れるシーンがあってもいいかな、という気もしますが、代わりにどこかの時間を削らなければいけないと思うと、第一話ではやはり不要という気もします。

サイド7の港(ホワイトベースの入港)


アムロの父テム・レイやブライト・ノアを乗せた最新鋭の軍艦ホワイトベースが、サイド7に入港してきます。

・連邦士官「ホワイトベースにガンダムの部品を載せりゃいい。地上の作業急がせろ」
・連邦士官「ホワイトベースめ、よりによってジオンの船につけられるとはな」
・連邦士官「さすが我が連邦軍の新鋭戦艦だ。この艦とガンダムが完成すれば、ジオン公国を打ち砕くなぞ造作もない」


ホワイトベースが、ジオン(シャアムサイ)に追跡されたことが正式に判明。つまりここで、コロニーに侵入したザクもまた、そのジオンの戦艦(シャア)の派遣したものだと分かります。
「ガンダム」というワードの初出はここになります。サイド7にあるガンダムをホワイトベースに乗せるようです。
新鋭戦艦ホワイトベースとガンダムが揃えばジオンに勝てると語られ、否応なく主役ロボット、ガンダムへの期待が高まります。

ホワイトベース内(テム・レイ登場)


ここまで、お噂はかねがねのアムロの父テム・レイ登場です。同時にブライト・ノア登場シーンでもあります。

・ブライトが、テム・レイの部屋へ伝令に来る。入港を伝え、至急ブリッジに来るようにと。
・図面を見ているテム・レイ。ブライトとテムの会話が始まる。
・テム「ブライト君と言ったね。何ヶ月になるね。軍に入って」
・ブライトが軍に入って6ヶ月の19歳と分かる。若く、まだ新米の士官だ。
・テム「ガンダムが量産されるようになれば、君のような若者が実戦に出なくとも、戦争は終わろう」
・机の上にアムロの写真。ブライト「お子様ですか?」 ここでテムとアムロの親子関係がつながる。
・アムロぐらいの年の子供も戦場に出ているとの会話。
・入港していくホワイトベース。


父テム・レイが、ガンダム開発に関わっている技術士官であり、同時にアムロの父であることが分かります。
アムロのメカ好きはテム・レイゆずりなんだな、ぐらいは想像がつきますが、ガンダムを操縦できて、戦闘に参加する、という点ではまだ結びつきは足りません。

しかし、ブライトのやりとりから、アムロぐらいの年齢の子供でも戦場に出ることもある状況だと分かります。

これは現実世界でもあることですが、総人口の半分が死んでもまだ続いているような戦争では余計にそうした悲劇は起こりうるのかも知れません。ジオンは実際に、一年戦争後半、ジオン軍は学徒動員兵を戦場に多く出しています。
だから今後、アムロ少年が戦場へ出ることになったとしても、この世界の状況では、それなりに正当性があり、ありえない話ではないと分かります。

さて、ガンダムは、父が作ったロボットに子が乗り戦う、というタイプの作品です。
アムロは勝手に乗り込んだのでテムが与えたわけでは無いのですが、父から大人になるための力(ロボット)を与えられるというのは、ひとつのスタンダードでもあります。

アメリカのドラマで言えば、誕生日の高校生にパパが車のキーをプレゼントしてくれる、みたいな感じでしょうか。
パパはキーを渡しながら、息子に言います。
「いいか、この車はお前のものだ。もう何処へだって行ける。だが、人を轢いて殺すこともできる。大人として振る舞うには責任が伴う。それを忘れるんじゃないぞ」
「(聞いてない)分かってるよパパ。今晩、彼女をドライブに誘っていい?」

『ガンダムF91』では逆に、主人公シーブックの母がガンダムを作り、父が子供たちを育てています。
母モニカは兵器であるガンダムを開発しながら、それに乗るのが息子シーブックだと知ると狼狽します。
モニカもテム・レイも自分の子供に人殺しをさせるためにガンダムを作ったわけではないのですが、戦争になればガンダムに誰かの子供が乗り、誰かの子供を殺すのです。2人とも親でありながらそれには無自覚でした。

最終的に母モニカは、自らがつくったF91を宇宙に投げ出されたセシリーを探す道具に使い、泣き言をいうシーブックを諭しながら、彼を導きます。最後にガンダムを通して母親らしいことをしてくれるモニカ。
一方、父テム・レイは、サイド6で出会ったアムロにガンダムのパワーアップパーツ(ガラクタ)を与えて、TVでドムを次々に落とすガンダムの活躍に熱狂することになるのですが、これはまたのちの話。

ホワイトベースを追跡中のシャアムサイ(シャアの登場)


ジオンの赤い彗星ことシャア・アズナブルの初登場。ひとりごと大会が開幕します。

・シャア「私もよくよく運のない男だな。作戦が終わっての帰り道であんな獲物に出会うなどとは」
・シャア「フフフ、向こうの運がよかったのかな?」
・ドレンと会話。こんな僻地のコロニーにMS研究施設なんかあるのかと疑うドレン。
・ジオンのザクより優れたMSを開発している可能性を示唆するシャア。
・偵察部隊からの暗号通信をうけとる。
・MS研究施設を発見したとの報。MS開発に成功したと考えるべきだというシャア。


シャア初登場。「私はシャア・アズナブル。見ての通りの変態だ」の自己紹介でおなじみの変態仮面紳士ですが、若くして艦長として部隊を任される優秀な士官です。かなり年上のドレンより階級も立場も上ですしね。

モビルスーツ研究施設を発見したとの知らせを聞き、シャアは連邦軍のモビルスーツがこのサイド7に存在することを確信。
連邦のモビルスーツ研究施設があるとにらみ、さらに「ジオンのザクより優れたモビルスーツを開発しているかもしれんぞ」と、モビルスーツ名と所属軍をきっちり紹介した上で、ガンダムの化け物性能フラグを律儀に立てるシャアさん。
メタ的に考えれば、サイド7に最新鋭モビルスーツ「ガンダム」は当然存在します。「ガンダム」のために作られた世界で、その物語の第一話なんですから。
でも、それをドレンに疑わせた上で、シャアが第一話のセオリーに従った発言するだけでなんとなく鋭い指揮官と思えてくる。良いやり方だと思います。
若くして出世した、ライバルにふさわしい金髪エリートの登場。
しかし、そんなシャアの存在そのものが、第一話での戦闘を発生させる原因になろうとは、そのときの俺達は当然知るよしもなく……(高嶋政伸『THE HOTEL』)。

アムロたちの住むサイド7は僻地のコロニーと分かりました。
僻地ゆえに、戦乱からは遠い位置にいたのもあり、秘密裡にMS研究するにはもってこいの環境だったと想像できます。同時にこれまでは平和だったこのコロニーも、ハヤトの言うようにMS研究施設が作られたばっかりに戦争に巻き込まれていくことが予見されますね。

モビルスーツ研究施設の存在が確認されましたので、デニムたち偵察部隊の役割は、これで達成されました。
あとは一旦、帰還し、指揮官であるシャアの指示を仰ぐべきですね。
シャアムサイは何か作戦を済ませた帰り道に、偶然ホワイトベースと遭遇したようですから、補給も十分で無ければ、新造戦艦撃破の準備も当然していないでしょうから。
しかし、デニムたち偵察部隊が正しい軍人の選択をして帰還すると、第一話に戦闘は発生しないことになってしまいます。どうしましょう?

サイド7(意見が分かれるデニムとジーン)


サイド7に侵入したデニムとジーンですが、撤退すべき状況で2人の意見が分かれます。

・敵モビルスーツを叩くなら今しかない。戦艦に乗ったら終わりだ、という新兵ジーン。
・任務は偵察だから手は出すな、というベテランのデニム。
・ザクに乗り込むジーン。
・ジーン「シャア少佐だって、戦場の戦いで勝って出世したんだ」
・命令違反の侵すのかと、ジーンを止めようとするデニム。
・ジーン「手柄を立てちまえば、こっちのもんよ!」
・無人のガンキャノンやガンタンクを破壊するジーン。ガンダムはまだ姿を見せず。


ここでアクシデントが発生します。
偵察部隊であったジーンが、敵モビルスーツを叩くなら今しかないと、攻撃することを主張します。
先輩デニムは、我々の任務はあくまで偵察だから手を出すな、と、これを止めます。正論です。
しかしジーンは退きません。彼の主張はこう続きます。
連邦のモビルスーツが入港してきたホワイトベースに運び込まれたら、うかつに手を出せなくなる。今、攻撃すべきだと。

『ガンダム』の物語全体を知っている我々は、命令違反であるジーンの主張にも一定の理があるというのは分かります。
ホワイトベースとガンダムの組み合わせは、最終回までジオンに大小さまざまな被害を与えます。
第一話のアムロがまだガンダムに乗り込んでいない、このタイミングが最大の好機というのは、結果論でいえば正しい。
しかし、そもそもジーンが戦闘を始めず撤退していたら、混乱も発生せず、アムロがガンダムに乗り込み最凶コンビを結成することもなかったはずです。
「シャアに見つかれば、アムロがガンダムに乗る」といいますか、風が吹けば、桶屋が儲かる的な因果の妙によって展開していく物語が富野アニメの真骨頂であり、快感のひとつです。都合の良い展開を運命に見せるのが大変上手ともいえます。

とにかく、新兵ジーンの命令違反によって戦いはついに始まってしまいました。
ジーンの命令違反を呼んだ一因は「シャア少佐だって、戦場の戦いで勝って出世したんだ」というこのセリフにあるように、実際に前線での活躍で異例の大出世をした例を知っているからです。
連邦が秘密裏に開発していた新型モビルスーツを壊滅させたのであれば、命令違反を補って余りある功績になると、ジーンは思っています。シャア自身に罪は無いですが、シャアの存在そのものが悪影響を及ぼしてますね。

やっぱりポイントは最初から想定された戦闘ではないことでしょう。
本来であれば、この戦闘は無いはずでした。しかし、さまざまな運命の輪が回った末に戦端が開かれてしまう。
富野アニメでの戦争は、人間がきっかけでありながら、それ自体が独立した生き物のように動き、成長し、個人の思惑ではもうどうすることもできません。もちろん、それでも人は抗い、戦い続けるのですが。
その最大のものは異星人同士のファーストコンタクトのちょっとした失敗で双方全滅までいってしまった『伝説巨神イデオン』になります。「イデが目覚めれば、オーメ(財団)が儲かる」そして2つの種族が滅ぶ。

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退避カプセル(避難先シェルター)から外へ


ここは第一話の中で、アムロが「子ども」から「男」へ変化する上での最初の切り替えポイントです。
それだけに色々と考えて、ひねったり、発展させる余地がたくさん見出だせるシーンになっています。

・退避カプセル内に避難している人々。アムロとフラウもこの中に。
・アムロ、デニムの攻撃による振動を、外で爆発が起きているためと推測。
・老人「ジオンだ。ジオンの攻撃だ」
・アムロ、父テム・レイを探し、ホワイトベースに避難させてもらうように頼みに行こうとする。
・退避カプセルを出て行ってしまうアムロ。


このシーン、たったこれだけなので、尺も短く、見ているとさらっと流れていくのですが、私はかなり重要なシーンだと思っていますので、ちょっと丁寧に見て行きましょう。

まず、どのような役割を持ったシーンなのでしょうか?
ここでアムロは、父テム・レイにホワイトベースに避難できるように交渉しにいく、と言って行動を起こします。
テム・レイはここまでの流れで明らかにされたようにガンダム開発の技術士官ですから、ホワイトベースへのガンダム積み込みのため、そばにいることになるはずです。父に会いに行かせることで、アムロとガンダムの出会いを作ることになります。

そして重要なのはこのシーンが、第一話において初めてアムロが自らの動機で、自発的に行動するシーンであることです。

ここまで、母親役フラウ・ボウに先導されるまま、子供のようについてきたアムロですが、このシーンを境にして、自分ひとりで行動を始めます。
第一話で、流れが切り替わるポイントがあるとすればここだと思います。

これらを踏まえて、このシーンでのアムロの動機の処理について考えてみましょうか。
父テム・レイへ避難の交渉をする理由として、「こんな退避カプセルでは持たない=避難している多くの人が死んでしまうから」としています。
これにはアムロが持つ、他人への配慮、正義感、老人など弱いものを助けたいという義侠心などがベースとなっているわけです。

ということは、テム・レイ(ガンダム)の元へ行くという段取り上の目的はあるとはいえ、最終話ではなく第一話の、より内向的で社会勉強する前のアムロでさえ、他人や共同体のためにアクションを起こせる人間であると、設定されているわけですね。

これは富野監督が「ガンダムに乗り込むキャラクターであるのならばそれぐらいの行動はする」と考えた、主人公の最低限のラインとも言えます。
「おのれジオンめ!目にもの見せたるぜよ!」と、バズーカかついで走っていくような無謀で好戦的キャラクターではないですが、避難カプセルで一緒になった人たちの生存率を上げるための交渉ぐらいは自発的に行う、というキャラクターです。

最低限のラインというのは、「ロボットに乗る主人公はせめてこれぐらいはできる人物が好ましい」というラインになるわけですが、これには富野監督を始めとした当時のスタッフが持つ「人間への信頼」が元になっていると思います。
その後は、バリエーションという意味でも、時代という意味でも、アムロとはまた違う主人公が登場してきます。

例えば『Zガンダム』の主人公カミーユ・ビダンがガンダムMk2に乗る直前の状況は、アムロとよく似ていますが、その中身は異なります。
シェルターに避難したアムロがうかつに部屋から出られない状況であったように、カミーユもまた部屋から出れない状況にありました。しかしその理由は、ジェリドに暴力を振るってティターンズにつかまったからです。その後、取り調べ室から脱出できたカミーユは、ガンダムMk2に乗り込もうとしますが、その理由は取り調べをした憲兵を見返すためです。ガンダムの高さから見下すためです。カミーユの物語はそういう所から始まっています。
そして、そのあとカミーユはシャアに誘われるまま、盗んだMk2で走りだしてしまいます。暗い宇宙の帳の中へ。

『ガンダム』第一話を踏まえた『Zガンダム』第一話は本当に面白く、私はリアルタイム視聴した幼少時も、そして今もさまざまな刺激を受けています。
極端に言えば、アムロがカミーユのような子供だった場合、ガンダムに乗って、ジーンやデニムと一緒にシャアムサイに行くことも出来たわけですが、もちろん『ガンダム』はそういう物語でも時代でも無いので、そういうお話にも、主人公にもなってはいません。

個人的には「利他的な理由ではなく、利己的な理由でシェルターを出るアムロ」を、カミーユと違うパターンで考えると、ひとつは「ザクが見たい」という理由で飛び出すというのも良いかな、と思います。メカ好きな上に、父がモビルスーツ開発者。父が越える目標としていたザクが、シェルターの外を歩き回っている。直接、ザクを見てみたい(戦争を見る気は無い)。で、飛び出す。父への交渉は周囲への言い訳に使って、本心がこっち、という形になるでしょうか。
テム・レイの息子にふさわしい近視眼っぷりですが、もちろんこの動機は後で相応のペナルティを負うことになるでしょうね。

そしてもうひとつ。『新世紀エヴァンゲリオン』の碇シンジ君。

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もちろん、ロボット(EVA)に乗る、乗らないという話もそうなのですが、ここでは特に『新劇場版:破』のいわゆる「男の戦い」パート。
毎度おなじみ、逃げてるはずなのに、いつの間にかジオフロントのシェルターへ入るシンジ君。
マリが乗る弐号機がふっ飛ばされて、シェルターに穴を開けますが、シンジ君は外へは出ず、うずくまったままです。
まあ、胎内(シェルター)から外界へ出るのを嫌がる赤子のようなものですが、結局自分からは外へ出ず、帝王切開とでも言いましょうか、弐号機が無理やり外へ引っ張り出して現実を見せます。シンジは変わり果てた光景に愕然とし、使徒が綾波をおいしく召し上がったのを見て、ようやく走り出します。

シチュエーションとしては似ていますが、『ガンダム』の退避カプセルの方が、より「胎内」イメージに近いといえます。
それはもちろん、アムロのとなりに母(フラウ)がいるから。にも関わらず、このシーンでは、アムロとフラウのからみが全くありません。
フラウが「外は危ないわよ。アムロ。ここなら大丈夫。ここで私と一緒にいましょう」といったスタンスを取り、それに対してアムロが、フラウの意志に逆らうようにして外へ出て行くような形もいいかも知れません。
これに関しては、この描写の時間を確保することを考えてもいいかも?とすら思っていますが、別にセリフのやりとり等に時間を大きく取る必要もありません。
最小限の構成なら、フラウが出て行こうとするアムロの腕や服をつかみ、それをアムロが振り払うようにして出て行く、というような描写でも表現はできるのではないかと思っています。からみつく母の腕から逃れる子供。

この「ロボットへ乗るために、まず子宮から外へ出て走るイメージ」という観点で見ると、『ガンダム』では、フラウ(疑似母)の関わりが見えませんでしたが、続編である『Zガンダム』第一話ではカミーユの実母であるヒルダが関わっています。
カミーユが取り調べ室から開放されたのは、母ヒルダが身元保証人となって迎えに来たためです。つまりアムロとは違って自力ではなく、母の、女性の手を借りて、部屋の外へ出ることができた。
カミーユは建物の外に出るための長い通路を走る。迎えに来たヒルダは混乱するロビーの中でも自分の子供を見つけ「カミーユ!」と呼ぶが、カミーユは一瞥しただけで、母を無視してそのまま外へ飛び出していく……(そしてガンダムMK2の元へ)。
すばらしいシーンとはいえ『Zガンダム』のファーストエピソードは実質、前後編の2話に分かれているので、第一話に収めた『ガンダム』と単純な比較はできないのですけれどね。でも面白い。

あまりこうした隠喩の深読みやこじつけ的なことは好きでもないんですが、構造的なことだけいえば、第一話で主人公はロボットに乗るためにに一度生まれ直す必要があるということでしょうか。
実母から離れて、大人になるための共同体に所属し、仮母や仮父に庇護され、最終的に大人として成長する。
第一話でロボットに乗りたければ、何かを捨てる必要があって、それはは母だったり、幼なじみだったり、それらに象徴される日常だったりするんでしょうね。人間を捨てることもそのひとつかな?(思い出したようにヴァルブレってみる)

退避カプセル(シェルター)前


父テム・レイを探して交渉するためにシェルターの外に出たアムロ。

・シェルターの外にでたアムロの目の前にザクが!
・アムロが初めてみるザク。戦慄するアムロ「これが、ジオンのザクか…」
・有線ミサイルかわしつつ、ザクマシンガン!巨大な薬莢がアムロのそばに落ちる。
・アムロは車に乗り、テムを探しにいこうとした瞬間、軍人の乗った車とニアミス。
・アムロ「技術士官のテムレイを探しています。どこにいるんですか?」
・軍人「船じゃないのか?」走り去る軍人の車。
・そのとき、ザクをはずれた有線ミサイルが、軍人の車を直撃。
・こっぱみじんとなる車。爆風で飛び出すガンダムのマニュアル。
・ザクは、サイド7内の抵抗をもろともしない。強い。圧倒的に強い。
・さっき会話した軍人はもういない。アムロが最初に見た死人。アムロ「し、死んだ…」
・アムロ、極秘資料のマニュアルを見つける。中を開くと、連邦軍のモビルスーツマニュアルだと分かる。


ここで初めて、第一話での強大(で巨大な)敵モビルスーツ・ザクと、それによってもたらされた死者を目の当たりにします。

正確に言えば、連邦軍の優先ミサイルによって死んでいるのでザクによって直接殺されたわけではありません。それもあってか、アムロにとっては急に起きた事故のようなものでした。
ついさっき会話をした人間が木っ端微塵で死体も残っていない有様ですから、ショックではあるけれど、それだけで済みました。
殺されて悲しいとか、ジオンに対しての怒りのような感情はここでは作られません。
ここでの「死」は、そういったものを含めない純粋な死でしたから、アムロは次の行動へ移ることができました。

また、この「死」は、アムロにガンダムのマニュアルを渡す役割を兼ねています。
軍事機密であるマニュアルを見て、咎める軍人は当然ながらもう誰もいません。

アムロは道端に座り込み、ガンダムのマニュアルをめくり、夢中で読み始めます。
ここは、さっきの連邦軍人のように、いつ爆発が起こって、木っ端微塵になるのか分からない場所です。
アムロは先ほどそういう「死」を見たはずなのに、地べたに座ったまま、マニュアルを読みふけります。
生死の危険よりガンダムへの好奇心が上になっているわけですね。メカ好きとはいえ、相当な人間です。ある種イカれてますね。

つまり、アムロはそういう人間なのです。普通の人間が持っている生死の打算より感情を優先してしまえる人間なのです。
そもそも、身の危険が増すにも関わらず、ここでは皆が死んでしまうからと義憤に駆られてシェルターの外に出てきたような少年です。
目の前で人が死んだ直後に、その場でガンダムのマニュアルに目を通し、今度はそちらに夢中になってしまうような少年です。

安全な場所で我が身を守り続けようとするような主人公であったなら、恐らくガンダムに乗りませんし、乗れないでしょう。このあとガンダムに乗るアムロだからこそ、まず自分の身の安全を考えるような行動は、ここでは取らせる必要がありません。

ですから「安全な場所へ逃げてから、マニュアル読めよ(笑)」という、この場面によくありそうなツッコミは無意味であると分かります。
そんな常識的な危険アンテナを持ち、行動できるアムロであれば、子供の自分はガンダムは乗るべきじゃないと常識的に判断できるでしょう。

打算的な行動ができないと普通は「バカ」と言われます。その意味でアムロの一連の行動はバカそのものです。しかし、それこそが主人公が主人公たる条件であり、アムロも立派にそれを満たしていることが分かる良いシーンだと思います。

ヤムチャ的な賢明な保身ではなく、悟空的なバカで無謀な選択と挑戦ができるのが主人公です(古谷徹さんはヤムチャですけれども)。
そのあたりは、過去の記事に書きましたので、よろしければどうぞ。

強敵に震えるヤムチャとワクワクする悟空<物語で「恐怖」と向き合う主人公>

そして、アムロの見ているマニュアルの図面として、ガンダムの姿が初登場したところで、怒涛のAパート終了です。種は蒔くべくして蒔かれた観があります。
はたしてBパートにおいて、アムロはガンダムに乗るや、乗らざるや!
いやそれは乗るに決まってるだろうとかいわずに刮目して待て!

アイキャッチ


ということで、本記事は『機動戦士ガンダム』第一話Aパートまでと致します。
長い間、雑談にお付き合い頂き、ありがとうございました。

本当は第一話全てやりたかったのですが、構成に無駄がなさすぎて全て触っていったら体力の限界!気力もなくなりAパートまでということになりました(千代の富士貢)。
Bパートと第一話まとめの後編をやるかどうかは、左肩の違和感と記事の反応次第といったところでしょうか。
『ヴァルブレイブ』にも全く触れていないし……。

さてはて、これからどうなりますことやら。あとは次回の講釈で。
4番目の宮、巨蟹宮での無限リブログ地獄から、ようやく脱出できました。
要するにブログは書いてないけど、Tumblrでのリブログは毎日続けていたわけです。
布団の中でスマートフォンを握り、ひたすらヒヨコのオスメス選別をする簡単なお仕事がもたらす悦楽。
何より、Tumblrでは自分のダッシュボードこそがいちばん面白くて気持ちいい。
誰もが自分が世界の中心と思っており、いわば、ひとりひとりが、たぁあんぶらあ自己中心派なわけです。

このブログの記事もTumblrに何度か引用されたことがありますが、引用される箇所が、書いた本人でも意外な箇所だったりして面白かった。自分で強調したい箇所にbold(太字)かけるよりも、Tumblrとか、はてなブックマーク等の反応を見てから、その箇所を後で装飾してもいいぐらいかも、と思った覚えがあります。

さて、そんな私がブログ界に戻ってきましたのは、2013春の新作アニメが続々と始まったからです。
さらにいえばロボットアニメを中心に「第一話」の話題がにぎわっていたのを見たからです。

ロボットアニメの第一話は、達成すべきタスクが非常に多く、アニメの中でもかなり難易度の高い「第一話」であるといえます。だからこそ、第一話にはそのアニメがやろうとしていることが見えて、とても面白い。

今回は、ロボットアニメを中心にしつつ、私が見た春アニメや、過去の富野ロボットアニメも交えながら、雑多に「第一話」をテーマにしてあれこれ書いてみることにしましょう。(賢明なる読者諸氏はこの広域かつ盛りだくさんなお題設定を覚えていてもらいたい)

アニメ『はたらく魔王さま!』第一話


ロボットアニメからいきなりはずれてしまいますが、2013春アニメのひとつである『はたらく魔王さま!』第一話をとりあげてみましょう。
物語導入の「第一話」として、そしてロボットアニメと同じある種の「ジャンルアニメ」として、いろいろと興味深い作品でした。

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(2013/07/03)
逢坂良太、日笠陽子 他

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『はたらく魔王さま!』は、「魔王が異世界から東京へ逃げてきて、バイトしてアパートで生活する話」です。
これだけで大体、話のコンセプトは伝わると思われます。

ライトノベル原作だそうですが、現在のライトノベルでは普通のファンタジーを普通に書くのは難しいでしょうから、この作品では「魔王と勇者」をひとつのお約束(テンプレート)として、それをどうひねるか、ということになっているようですね。
このようにパロディ、コメディ化したり、オンラインゲーム化してゲーム界と現実世界の二層にするのもそうしたひねりの方法のひとつといえるでしょう。
その流れでいくと、前クール放送の『まおゆう』は、ドラクエのような「魔王と勇者」のお約束ゲーム世界で、魔法と剣でなく、現実世界のテクノロジーや学問(経済学や教育など)を使って世界を救えるか検討してみる、という方向のひねりになるでしょうか。

ファンタジーに限らず、ロボットアニメや魔法少女も、王道をただまっすぐに進むだけの物語は基本的にできなくなってしまっているジャンルです。
だから題材を王道テンプレートとした上で、パロディ化したり、ひねったり、階層を複雑化したりしているわけですが、そのひとひねりの動きがすでに王道化している側面があるのかも知れません。

そういう視点で見ると、『はたらく魔王さま!』での「庶民的な魔王」は、「勇者と魔王」ひねりとしては、正直ベタな部類に入ると思います。
しかし、アニメ第一話では、異世界と魔王の紹介を最小限に抑え、その時間のほとんどを、異邦人たる魔王とその配下1名が、役所や銀行や住まいや就職などをクリアして、日本での生活基盤をつくることに費やしたのは、ベタをベタとして成立させるには良い選択だったように思います。
見せたい本筋はファーストフードのバイト勤務ですから、異世界パートを長々とやった上で、 久保田早紀的な、ちょっと、逃げてきて、みただけの異邦人ではこの作品のコンセプトが十分伝わりません。

ただし、第一話では、ひとつ引っかかるところがありました。
東京でのバイト生活にもなじんだあと、話が動き出すきっかけのできごと。
この話の本題はここです。

魔王さまの「傘渡し」について


それはこんなシーン。

雨の日に、自転車でバイトへ向かう魔王。
交差点で信号待ちしているときに、傘がなく濡れている女の子を見つけて、「これ、よかったら使って」と、自分のビニール傘を差し出します。
信号が青になり、傘を渡して、雨の中、自転車で駆け出していく魔王。


いやあ良い人ですね……なんでこんなに良い人なんだろう?魔王なのに。

第一話始まってすぐに東京に来るため、魔王らしいことは特に何もしていないのもあって、魔王のことがまだよく分からない。もちろん、「見知らぬ女の子に傘を貸す」のもあり得るような魔王であることは、第一話途中までの情報で分かりました。
でも、魔王の目的は、再び元の世界エンテ・イスラを征服をすることだと宣言しているし、魔力を取り戻す方法が見つかれば、日本もついでに征服しておくか、と魔王らしいことも言っています。どういう魔王なのかな?なぜ、こういう行動をしたのだろう?

魔力を無駄に使えないため、目立たないように生活するのも、お金が無いので真面目に働き質素に暮らすのも魔王自身が決めたことだから分かります。
ひとりだけついてきた魔王の部下を養う覚悟があるのも、その部下からも慕われているのも、その様子が描写されているから分かります。
この魔王は、触わるものみな傷つける切れたナイフではなく、ファーストフードのバイトとして潜入し、周りの信頼を得ることに成功するような優秀なフリーターです。バイト先の人間関係を崩すようなことはしません。

ただ、異世界で信号待ちの見知らぬ女の子にわざわざ傘を貸すのは、それら異世界サバイバル活動の範囲外のような気がして、私はちょっと引っかかりました。

「傘を渡す魔王」自体が悪いとは別に思わないが、傘を貸す必然や動機や運命のいたずらのような要素が特に無いので、どうしても物語進行上、必要だからしてしまった行動に見えてしまう。
何か言い訳や理由付けができないかな?と考えると「魔王が傘を渡す」ための設定はいくつか思いつく。
例えば、こんな感じだろうか。

  • いわゆる一般的な「魔王」のイメージは人間側でつくりあげたもので、「魔王」はあくまで敵側の指導者としての地位をあわらすものに過ぎない。
    (実際は、部下にも人望があり、カリスマがあり、性根も冷徹どころか温和である)

  • 異世界である東京に来た時に、魔力を失い、フリーター青年にもってこいの外見に変化した。同じように内面にも何らかの変化が生まれている。

  • フェミニストだったり、女の子にはかっこつける性格だったり、相手が女の子であれば、この「魔王」がこういうことをするのは不自然ではないということにする。

  • なぜこの女の子に傘を貸したのか、何か理由があるはずだが魔王自身にもよく分からない。(女の子側に理由を設けて問題後回しパターン)

  • 問題後回しパターンだと、「過去に同じようなことをしたことがある」というのもあります。回想フラッシュバックが入れば、よく分からないけど、ひとまず納得。


私は原作を読んでいないので、上記のように適当な言い訳をいくつか考えたが、この作品には原作がある。
もしかしたら原作ではちゃんと説明があるものを、アニメ化によって省かれたのかも知れない。
ただ、とりあえずアニメでは特にエクスキューズは無かったように思う。

傘を渡せない魔王と、渡せる魔王


この作品は「魔王と勇者」ものという、いわゆるテンプレをひねった作品なので、「この魔王は、いったいどんな魔王なの?」という疑問は、第一話の視聴者には当然浮かびます。

テンプレ通りの、いわゆるみんながイメージする魔王であれば、見ず知らずの女の子に傘を渡さないでしょう。
でも、『はたらく魔王さま!』の魔王は、傘を渡すわけです。

ということはこの「傘渡し」の場面こそが、テンプレート魔王と、この作品の魔王とを分ける、まさに違いが現れるポイントということにならないでしょうか。

ゆえに、これは細かい重箱のスミではなく、これから物語を展開していく上で、第一話の重要ポイントだと個人的には思います。

実際、魔王が傘を渡した女の子は、単に気まぐれ親切の対象者ではありません。
この女の子こそが、実は魔王を追って東京にやってきた「勇者」であったと後に分かります。
傘を受け取った「勇者」はこのことをきっかけに「魔王」の正体に気づき、第一話は、それをを告白した「勇者」と、それを聞いた「魔王」が、東京の空の下、再び向かい合う場面で終わります。
つまり魔王の「傘渡し」は、この物語を決定的に動かす行動であったわけです。

異世界である東京で、「魔王」と「勇者」が、1本のビニール傘をきっかけにめぐりあう……。
物語でしかありえない奇跡ですが、物語なのですから、ステキなご都合主義は発生すればいいのです。
でも、だからこそ、この運命の再会は、物語として説得力のあるロジックで組まれている方が私は好きです。
あえて、単に優しい魔王の気まぐれだけで、特に何の理由も、流れも、何もなしでさらっと流すというのも検討してみましたけど、私はいくつかの偶然や、人の意思が重なりあって、運命の歯車が意図せず回ってしまうような第一話が好きなようです。さて誰のせいでしょうね。

『はたらく魔王さま!』の第一話を私は楽しみましたが、それとはまた別問題として、「傘渡し」行動の根拠や動機や言い訳は、どうしても気になってしまいました。
ロボットアニメで、一般人の主人公がロボットに乗り込む動機や言い訳が気になるのと同じように。

ただ、引っかかり自体が悪いことだとは私は思っていませんけどね。
意図的に引っかかりを作っておく方法もあります。
その違和感は視聴を牽引することもあるでしょうし、後に振り返ると納得できる気持ちよさを生むこともあります。
『はたらく魔王さま!』がどうなるかは、今の私には分かりません。
ただ、この後も視聴を続けてみようか、と思った理由のひとつに、この引っかかりが貢献していたのは確かだと思います。

ロボットアニメの第一話


さて、いよいよ本題。
『革命機ヴァルブレイブ』第一話を中心とした、ロボットアニメの第一話の話をしようと思っていた。けれど、それを書くには、この余白は狭すぎる……。(こいわいよつば「ネットはこうだいなのに……」)

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(2013/06/26)
逢坂良太、木村良平 他

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より正確に、千代の富士貢風に言うのであれば、
「体力の限界!……気力もなくなり、続きは後日アップすることになりました……以上です」
ということになります(目を真っ赤にしながら)。

このブログを読みに来ている伊達と酔狂と風流と数寄を愛する方々は、『はたらく魔王さま!』より、ロボットアニメの話を読みたかったと思うんですが、想定より魔王さまのために一生懸命はたらいてしまいました。
ただ、今回書いた『はたらく魔王さま!』第一話の内容は、ロボットアニメの第一話の話と無関係ではありません。
第一話の構造の話として、つながっていきます。いくのかな?いきますとも!

それでは次回、出来る限り早くお会いできると信じて……。
(ご愛読ありがとうございました)

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