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※この記事は「タイタニック号が沈む」という重大なネタばれを含みますので未見の方はご注意ください。

レオナルド・ディカプリオ主演のハリウッド映画『タイタニック』は、豪華客船タイタニック号を舞台とした悲劇のラブロマンス。

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(2008/02/22)
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全世界興行収入は18億3500万ドルと、映画史上最高の興行収入を記録。2008年現在もこの記録は破られておらず、ギネスブックに登録されている。
wikipedia 映画『タイタニック』


さすが愛の映画『タイタニック』。

※タイタニック 愛の系譜。
「タイタニック」→「レオナルド・ディカプリオ」→「妻夫木聡(伝説の吹替え)」→「直江兼続(09年大河ドラマ)」→「愛」→「"愛する"と書いて"めぐみ"」→「田村正和」
(つまり、タイタニックとは田村正和です。…田村正和?)

滅多に映画など見に行かない、うちの母(田村正和ファン)ですら、劇場に足を運んだほどです。
そして帰ってきた母に感想を聞くと、最初に出たのは「ディカプリオが、かわいそうで…」
その後に私から、タイタニック号はどうだった?と聞くと「…タイタニック?うん、すごかった!沈没するところとか!でねその時に2人が…」

さすが愛の映画『タイタニック』。



富野由悠季が褒める『タイタニック』の映画のあり方


さて、この『タイタニック』。
航海いや公開当時に、富野由悠季監督がこの映画のあり方を褒めていましたね。私もそれを聞いて当時感銘を受けました。
割と繰り返し語られていることなので、富野『タイタニック』発言もいくつもあり、しかも時と場合によって微妙に変化しています。どうしような、めんどくさいなと思いながら「富野 タイタニック」で検索したら、囚人022さんがすでにまとめ記事を書いておられました(笑)。

富野監督と∀ガンダムとタイタニック (囚人022の避難所)
まとまっていてすばらしいので、まるっと利用させてもらいつつ、孫引きの形で発言を引用させていただきます。

どういうことかというと、つまり言ってみれば、「SFX特技監督のキャメロンが」っていう言い方がありますけれども、まあ「トゥルーライズ」みたいに多少その匂いや気配は出てきているんですけども、スペクタクルの素材を撮りながら、タイタニックで言っちゃえば安手のラブロマンスのストーリーをやっちゃったわけです。
これ、「安手のラブロマンス」と言うんだけれども、この「安手」ってのは実は映画にとっては決して安手のことじゃなくて、かなり僕は上等なことだと思っています。
つまりオンビジネスの観点から見たときに。つまりSFXを使いながら、スペクタクルものの素材を使いながら、実はスペクタクルなんかくそくらえで、ラブロマンスにしてあげた。
あれが要するに映画の場合のエンターテインメントの僕は「キワ」だっていう気がしてきたんです。で、それをキャメロンっていう人がやったっていうあたりがちょっと、本当に見てて、「えっ、何故これが出来たんだ!?」って、凄く不思議だったんですよ。
(「G-TV 富野由悠季インタビュー」)


『タイタニック』の監督であるジェームズ・キャメロンは『アビス』『ターミネーター2』『エイリアン2』などで映像技術に優れたSFアクションで知られる監督さんです。
そんな「SFX特技監督のキャメロン」が、映画『タイタニック』で描いたお話は、
レオ様ことレオナルド・ディカプリオを起用した(陳腐な)ラブロマンスだったわけです。

キャメロンなら、タイタニックをすばらしい映像技術で見せつつ、得意のアクション、スペクタクルに持ち込んでタイタニック・アドベンチャーしたり、沈んでいったタイタニックが謎の海洋生命体に遭遇したり、お得意のフィールドの映画がつくれたはずなのになぜ?どうしてこんな映画に?

しかし富野監督は、この映画が「陳腐なラブロマンス」を選んだこと、つまり「映画のあり方」がすごいのだ、と言っています。(私も「すごい」「面白い」と思います。)
いったい何がすごいんでしょうか?

より多く、より遠くへ届けるために選ばれた物語


富野監督が言う「すごい」とは少し違うでしょうが、私なりの「すごい」をご紹介します。

「SFX特技監督のキャメロン」がタイタニック号に凝りに凝ったのは、映画を見ても分かるし、その後のキャメロンのタイタニック号へのこだわりを見ても分かります。
多分、一番こだわって、一番見せたかったのはタイタニック号でしょう。キャメロンだったらどんなマニアックなタイタニック映画でも出来たはずです。

でも実際のところ、キャメロンがスクリーンで見せたのは、悲劇のラブロマンス。
タイタニック号は、若い2人の恋の舞台(バックグラウンド)として、悲劇を生む装置(ギミック)として、使用されています。

この映画は、一番見せたいものを見せるために、より多くの人が見たいと思う物語を選んだ。
それは、二枚目スターだったり、ラブロマンスだったり、悲劇だったりするけれど、「タイタニックがどういう船で、どう沈んだか?」ということよりも、もっと多くの人が普遍的に楽しめる物語。

当たり前の話ですが、作り手は自分が一番見せたいものを見せようとしてしまうものなのでしょうね。(見せたいものが「物語」とは限らない)
しかし見せたいものがイコールみんなが見たいもの とは限らない。こだわりがある作り手ほど、その傾向は高まるかも知れない。

見せたいものを見せる、それ自体は当然のことで、何も悪いことではない。
でも、それをより多くの人、遠くの人へ届くようにしたいのなら、それなりの工夫がいるはずだ。

『タイタニック』では、見せたいものをより多くの人見せるために、悲劇のラブロマンスという物語が選択されている。
全世界で配給されるハリウッド映画は、限りなく遠くまで届かないといけない。
そういう意味でも"人間なら誰でも楽しめる"レベルの最大公約数的なストーリーを選ばざるを得ない。
もちろんその結果、ありきたりで陳腐なストーリーとはいわれることになるが、その批判はストーリーをちゃんと理解されたからこそいわれるものだ。
そしてストーリーが陳腐だと言われても問題は無い。なぜなら本当に見せたい、こだわりのタイタニックが映画全編に渡って登場しているのだから。「何も無い映画」には決してならない。
タイタニック号は大西洋を越えられなかったけど、映画『タイタニック』は世界の海を越えられたわけですね(なんかうまいこと言いたい病)。
この決断というか割り切りはやっぱりすごいと思います。

一番こだわったタイタニック号自体は、舞台であり装置であり、ドラマに対して奉仕している。
『タイタニック』を楽しむのに、タイタニック号の知識は特に必要が無いようになっている。
(いっそ何にも知らない方が「重大なネタバレ」を楽しめるのかも知れないね。)

この先もっとすごい映像技術が生み出されたり、調査・研究によりタイタニックの新事実が発見されるかも知れません。
それでも、映画『タイタニック』でのレオ様による悲劇のラブロマンスが色あせることはないでしょう。
だって、まさしく古代から人間が愛し続けてきた物語のテンプレートなんですから。
何千年もやってるから飽きたよ、と言いつつ、結局人間である限り本質的には飽きることはない、そういう強度を持った基本的な物語なんですから。
だから母はタイタニックの映像技術より先に「いいお話だった」と言い、その「良かった」という記憶そのものは忘れないでしょう。

富野由悠季だからこそ受ける『タイタニック』ショック、そしてアンサー


これはあくまで「SFX特技監督のキャメロン」が「安手のラブロマンス」でギネスブックに載るほど「多くの人に見てもらえる作品」を作ったという話。
もちろん映画としても、物語としても、作り方(方法論)の一つでしかない。

だが他の誰でもなく富野由悠季が「キャメロンすごい」と言うのには、特別の意味合いがある。
発言を見れば分かるように、富野監督は自分自身の立場と、キャメロン監督を重ね合わせている。

・「SFX特技監督のキャメロン」=「ロボットアニメの富野由悠季」
・「豪華客船タイタニック号」=「メカ、ロボット(ガンダム)」


ジェームズ・キャメロン監督作品と聞いたときにSFアクションやSFX・映像技術が期待されるように、富野由悠季監督作品といえばロボットアニメ。
ロボットアニメの権威になってしまい、それ(だけ)を期待され、実際、ロボットアニメという範囲の中で作品を作り続けてきた。

でも同じような仕事のやり方をしていると思ってきたキャメロンが、自身の得意分野を結集したタイタニック号ではなく、あえてレオ様のラブロマンスをメインに据えて、ギネス級の映画を作ってみせた。
(ポイントは自分の得意分野=見せたいものは全く捨ててないこと。捨てずに、より多くの人に届く物語を選び、そして実際に届けた)

これを見て、ショックを受けないわけがないと私は思うな。
富野ご本人も、ガンダムも、とても人気があるけれど、富野由悠季監督ロボットアニメという一連の作品群は、一部の人にしか届いていない。
それは別に間違いではないし、私自身その一部の人だと信じているから言うけど、一部の人に対しては大喜びの作品を作ってくれている。

でも結果、一部の人相手にロボットアニメしかできない(やらせてもらえない)監督になった。
私はずっとそれでも仕方ないと思ってきたけど(だって私は楽しめている一部だから)、その一方でVガンダムを通過した後の富野が、これまでと違う作品を作りたいと思うのは当然だとも思う。

「ロボットアニメの富野」でも、何か「大きな物語」が、―――いやこれは誤解を受ける表現だな。あくまで「より多くの人で価値を共有できる物語」程度の意味だと思ってください。

「ロボットアニメの富野」でも、何か「大きな物語」が作れないだろうか、と模索するのは当たり前で、すばらしいことだと思う。

だから、私は2つの意味でこの一連のエピソードがとても好きです。

・「SFX特技監督のキャメロン」が、得意分野を結集したタイタニック号ではなく、レオ様のラブロマンスを主役にして、より多くの人へ届く作品を作った。
・それを見た富野由悠季が、「ロボットアニメの富野」のままで「大きな物語」を作れないかと考え始めた。


これだけなら、深いイイ話で終わってしまうのですが、それで終わらないのは、富野由悠季が実際にこの後作った作品が『ターンAガンダム』だからです。

「ロボットアニメの富野」を受け入れて、それを捨てずに「大きな物語」を作る。作れるはずだ。
それが『タイタニック』から受けた最大の刺激であり、私は『ターンAガンダム』が富野タイタニックとしての答えだと考えています。



というわけで、今年は『ターンAガンダム』の記事を書きたいと思っています。
そのために『タイタニック』に触れないわけにはいかないので、前書きのつもりで書きました。
つまり本年もよろしくお願いします。今年は『ターンA』やるよ!ガンダム売るよ!(早速『X』)という単なる新年のあいさつなんですが、致命的に遅い上に、前置きが長いのは、万死に値しますね。

次回は、この記事を書きながら考えた「大きな物語」の続き。
宮崎駿監督、新海誠さんなど登場予定。まとまりが無いと思って、今回は我慢して入れなかったお話を。

この辺りのお話って、別に富野好きだからどうとかではなく、普遍的な創作のお話だと思うので、私も出来ればより多くの人、遠くの人に届くようなお話にしたい。だからあれこれ話を広げてみたい。
そうしなければ、このエピソードに感銘を受けた人間がする行動として矛盾してしまいますからね。

これは、この記事に限らず、このブログ全体で常に注意しているテーマでもあります。
多くの人が楽しめるお話を、難しい言葉は使わないように(使えないから)、基本説明は必ず入れるように(オーラバトラー=ロボットとか)、何か面白ポイントを入れるように(これは悪い病気)、ゆっくりと語るのがここでのたしなみ。
その結果、長文エントリになって、読む人を限定しているという自己矛盾。
文章力のせいもあるけど、長文になるのはどうも避けられそうにないので、出来る限り読みやすい長文を目指したいと思います。
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