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今回は、『機動戦士Zガンダム』の挿入歌「銀色ドレス」をきっかけに、カミーユ・ビダンとフォウ・ムラサメの関係、そしてカミーユが地球に降りた意味などについて、あれこれ考えてみましょう。


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『銀色ドレス』はとにかく難しい


富野由悠季監督が「井荻麟」というペンネームで行ってきた作詞活動を語りつくす「井荻麟作詞論」。
TOMINOSUKI / 富野愛好病のkaito2198さんが進めている一大連載です。

その第53回 OP・EDおよび挿入歌のビジネス事情その2 が公開されてまもなくのこと。

kaito2198さんと富野アニメの挿入歌について話し合っていたとき、ふと気づく。

私「挿入歌といえば、『銀色ドレス』の記事がまだですよね? なぜなんでしょう?」


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『銀色ドレス』はテレビアニメ『機動戦士Zガンダム』の挿入歌。
連載では、第34回 「銀色ドレス」 として予定されていましたが、第53回に至っても、その記事はアップされていませんでした。このような扱いは「銀色ドレス」のみです。

kaito2198さん「あれは難しいですね……」


その後、それはなぜなのかという説明を受け、私自身も生まれて初めてちゃんと歌詞と向き合ってみて、未だ記事化されてなかったことに納得しました。確かにこの曲、難しい……。

kaito2198さん「いちばん難しいのは、そもそも誰の視点の曲なのか、ということです」


「視点」ですか……ちょっと『銀色ドレス』について整理してみましょう。

『銀色ドレス』は誰の歌?


まず歌詞全体については、以下のリンク先をご覧ください。

銀色ドレス(歌詞タイム)
http://www.kasi-time.com/item-6175.html

視点を考える上で必要な基本情報は以下のとおり。

歌い手:森口博子(女性)
一人称:僕(男性の一人称)
二人称:君


※歌詞中に「暖めておくわ」(女性語)が一箇所あり


劇中での使われ方としては、第20話「灼熱の脱出」で挿入歌として使われました。
カミーユが、フォウの協力で宇宙へ上がるときの曲です。

使われ方から普通に考えれば、女性(フォウ)から男性(カミーユ)に向けた歌でしょうか。
歌っているのも、女性である森口しぇんしぇい(博多風味)ですし。
高杢しぇんしぇい!森口しぇんしぇい!(このネタ、さすがに解説がいるような気がする…)

でも、一人称が「僕」ですから、男性(カミーユ)視点で、女性(フォウ)に向けた歌と考えてもいいのかも知れない。

と思ったら、歌詞中には「暖めておくわ」のように女性語になってる箇所もある。
ではやっぱり、女性の歌? どっちなんだろう?

歌詞が全てロジックで説明されるべきとは思わないけれど、曲にとって大事なポイントである「視点」のレベルで、どう考えればいいのか迷いますね。

女性歌手による「僕」について


やはり、考え所は女性歌手による「僕」にありそうな気がします。

私は音楽には全く詳しくないので、女性歌手による「僕」についても表面的なことしか知りません。
ただ、少し検索などして調べてみると、その効能としては以下のようなものあるようです。
  • 音として「わたし」より「ぼく」の方が、言葉が短くアクセントになる。力強さもある。
  • 女性が「ぼく」と歌うことで、「少年」性を帯びる(中性、性未分化的なものも含む)
  • 女性が男性視点として歌う(その逆も)ことでの、違和感の効果
  • 受け手になる男性への寄り添い、受け入れやすさ(アイドルソングなど)

純粋に、音や字数の問題もあれば、女性歌手+僕で性をミックスしたり、それで何らかの感情を生み出すような効果もあるようです。

そう考えると、「銀色ドレス」は女性視点(フォウ)? それとも男性視点(カミーユ)?ということではなくて、どちらも同時に存在する曲なのではないか、と思えてきました。

その根拠を『Zガンダム』本編に求めてみましょう。
フォウとの出会いを描いた第19話「シンデレラ・フォウ」では、カミーユとフォウはまさしくシンデレラのような時間制限付きのデートを楽しみますが、お城を去らなければならない制約のあるシンデレラは、フォウの方です。

フォウ:夜中の12時までには戻る。それくらいの時間は構わないだろう?
見張り役:12時ですか?
フォウ:今殴ったことは勘弁して欲しい。今は、少しだけ時間が欲しい。
見張り役:わかりました。大尉にはそう伝えましょう。


これでフォウは12時までのシンデレラとなりました。
結局、この後、サイコガンンダムの登場により魔法は解けてしまうのですが。


そして次回となる第20話「灼熱の脱出」では、今度はカミーユに時間制限が付きます。
アーガマが衛星軌道上に、コースを固定できるのは、24時間のみ。
この好機に何としても宇宙へ帰らなければなりませんが、フォウの協力により、スードリのブースターを奪うことでカミーユは無事に宇宙へ戻ることができました。
(この場面で流れるのが挿入歌「銀色ドレス」)

この回のカミーユはいわば、ブースターの馬車に乗り、宇宙へ帰るシンデレラ。
つまりシンデレラ・カミーユになっています。

宇宙に戻ってきたあとで、エマに「地球で恋をして来たんでしょ? 」と指摘されたように、地球に忘れ物をしてきたというのもシンデレラですね。

それぞれがシンデレラを演じた第19話「シンデレラ・フォウ」と第20話「灼熱の脱出」は、こうして対になっており、おとぎ話と同じく束の間の出会いと別れが、カミーユ、フォウの両面から描かれています。

であるなら「銀色ドレス」も、どちらかの曲ではないでしょう。
フォウの曲であり、カミーユの曲であるはずです。
だからこその女性歌唱の「僕」ではないのか。

今日という日はよかった(今日以外はよい日じゃない)


kaito2198さんと色々議論しながら、私たちはこの「シンデレラ・フォウ&シンデレラ・カミーユ視点」で、ひとまず「銀色ドレス」を整理できるのではという手ごたえを得ました。

例えば、そういう視点から改めて歌詞を見てみると、歌い出しもすんなり受け止められますね。

僕も見つめてた 蒼い瞳
ある日 突然に 消えてしまう


ファウもカミーユも蒼い瞳なので、これは2人が見つめ合っているわけだし、突然目の前から消えてしまうのも、片方ではなく2人が共に体験したことですからね。
フォウとカミーユの視点の融合というか、2人の重なりが感じられます。

歌い出しはあくまで一例。
歌詞全体の解説については、kaito2198さんが書かれた記事をご覧ください。

井荻麟作詞論 第34回 「銀色ドレス」
http://kaito2198.blog43.fc2.com/blog-entry-1331.html

それにしても、毎回こういうレベルでの歌詞の検証をしているのは改めてすごいと思いましたね。

ちなみに個人的には、「銀色ドレス」の歌詞の中ではこの部分が好きですね。

濡れた手を拭いて 全て済むと
君が思うのは いけないけど


この歌が兵士でもあるフォウとカミーユの両方を指すとすれば、何によって手が「濡れて」しまっているのかは、いわずもがな。
図らずも「濡れた手」になってしまった少年と少女が最終的にどうなったかを知っている身としては、やるせない気持ちになります。もちろん手を拭いたからといって全て済むものではないにせよです。

ですが、この歌はけして絶望の歌ではありません。
戦場で敵味方になって殺し合う中で訪れた、一瞬にして永遠の奇跡を描いた歌。
12時までの舞踏会で魅かれ合い、一瞬の出会いを尊いものとして、「今日という日(だけは)よかった」と喜び合う歌です。たとえ、二度と会えないかも知れないとしても。

「銀色ドレス」ってどんなドレス?


今さらですが曲名でもあり、歌詞にも入っている「銀色ドレス」って一体なんなのでしょうか?

シンデレラのイメージとドレスを合わせると、女性用のパーティドレスのようなものを想像しますが、この曲がカミーユの事も歌っていることを考えると、カミーユに殴り殺されるかも知れません。

それにシンデレラのドレスの色は、銀色ではなく青色と決まっているようです。
これは、欧米において、青(ブルー)は、幸せ・忠実・信頼・純潔を表すことから来ているそうで、聖母マリアのシンボルカラーも青。
ブルードレスはシンデレラの「純潔・貞操・清純」などを表現しているようですね。

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では銀色のドレスとは何か?
恐らく一意ではなく、いくつかのイメージを持っているものと思いますが、そのひとつとして私は、銀色ドレス=モビルスーツ説を推したい。

モビルスーツは、宇宙で輝く金属色(メタリック)なドレス。
ここではスーツではなくあえてドレス。

特にカミーユにとっては、宇宙に戻った第20話「灼熱の脱出」の次の回が、第21話「ゼータの鼓動」。
番組タイトルにもなった主役機Zガンダムの初登場回です。

カミーユは、自分がデザインに関わった銀色のドレスで、番組後半の宇宙を駆けることになります。

フォウにとっても、モビルスーツは彼女が着ねばならない一種のドレスなのですが、彼女にとってモビルスーツの存在はネガティブなものでしかないので、フォウに対してはそのまま、キラキラとした美しいドレスのイメージで良い気がしますね。

映像をつくるなら、銀色ドレス=Zガンダムで宇宙を駆けるカミーユと、美しくキラキラしたドレスのフォウを重ねるようなイメージでしょうか…………Zガンダムとキラキラのフォウ?……どこかで見たような?



「銀色ドレス」と同じく、森口博子が歌う後期OP「水の星へ愛をこめて」が、イメージ的には近いんじゃないのか。これ。
フォウは別に銀色のドレスは来てないけど、謎のキラキラに包まれて、カミーユがZガンダムで駆けていく。そうそう、まさにこんなイメージ。
子供の頃から思っていますが、このフォウのキラキラってどういうイメージなんでしょうね。格子状で、何か具体的なものを表現してる気がするんですけど、分からない。鎖とかそういうイメージなのかな。

そもそも銀色ドレスのイメージを「水の星へ愛をこめて」に見出すというのも、何か間違っている気もするけれど、森口しぇんしぇいで上手くつながったような気もして面白いといえば面白い。

過去がない少女と過去を捨てたい少年


「銀色ドレス」では、同じシンデレラとして歌われたカミーユとフォウですが、そんな2人が一瞬の邂逅のあと別れることになったのは、共通点ではどうにもならないほどに根本的な違いがあったからでしょう。


強化人間フォウ・ムラサメは過去がない少女。
「強化」のため、自身の過去の記憶や本当の名前すら失っており、「フォウ・ムラサメ」という名前もムラサメ研究所の4(four)番目の被験体ということで与えられたものに過ぎない。

フォウが戦う理由は、それで過去の記憶が取り戻せると信じているから。
(正確には、ムラサメ研究所がそう信じさせているだけ)

何もない彼女は、記憶が、過去がどうしても欲しい。その意味で彼女は「過去」のために生きるキャラクターです。

ではカミーユはどうか。

カミーユと言う名前で生きてきた過去は、彼にとってコンプレックスであり、少し複雑な両親との家庭環境も含めて、出来れば否定して捨て去りたいものだろうと思います。
だからカミーユは、盗んだガンダムで走り出す。行く先も分からぬまま。暗い宇宙の帳の中へ。
でなければ、あんなにも簡単に日常を捨て去ることはできないでしょう。

コンプレックスである過去から目を背けての行動ですから、未来といってもポジティブな面だけではありません。
若者らしく屈折はしていますが、それも含めて前しか見えないという「未来」志向のキャラクターです。

「未来」に生きるカミーユと、「過去」に生きるフォウの会話は悲しくすれちがいます。

カミーユ:本当の名前は?
フォウ:わからないわ。私には昔の記憶がないのよ。知りたいんだ、昔のこと。それを探していたの。
カミーユ:でも、思い出なんて、これからいくらでも作れるじゃないか。

※中略

カミーユ:フォウ、アウドムラへ行こう。君が連邦軍にいる理由なんてないんだ。
フォウ:あそこに、あそこに私の記憶があるの。あの飛行機が私に記憶を持って来てくれる!
カミーユ:フォウ
フォウ:孤独はイヤ! 紛らわしたくても紛らわす思い出もないのよ。両親のいるカミーユには、理解できないでしょ。

※中略

フォウ:私は記憶が欲しいの。自分のことをもっと知りたい!
カミーユ:フォウ、出て来るんだ。
フォウ:Mk2を倒せば、ムラサメ研究所は私の記憶を戻してくれると言っていた!
カミーユ:それは違う! そんな約束、あてになると思っているのか?
フォウ:自分のことを知りたいのが、いけないことなの?
カミーユ:フォウ、宇宙へ行こう。
フォウ:宇宙へ?
カミーユ:エゥーゴの技術なら、君の記憶を取り戻せるよ、フォウ。
フォウ:研究所で治せなかったことを、宇宙で治せるものか!
カミーユ:やってみなくちゃわからないだろう?


カミーユは、宇宙へ行けば記憶を取り戻せると説得する。もちろんその保証などありません。
ただカミーユは未来を信じている。

だが過去にこだわるフォウは、カミーユの語る無根拠な未来を信じることができない。
彼女は結局サイコガンダムから降りず、明るい未来が待つという宇宙に出ることのないまま、その生涯を終えました。

つまり、この2人の関係は、

宇宙=未来=カミーユ vs 地球=過去=フォウ

という構造になっています。

ホンコンでの一瞬の出会いのあと、カミーユが宇宙へ戻ってZガンダムを手に入れ、フォウはサイコガンダムから離れられないまま、宇宙に上がることなく終わってしまう、というのは示唆的です。

この時点でのカミーユを、宇宙=未来の象徴的キャラクターとして見たとき、フォウとの出会いだけではなく、この一連の地球パート全体が、過去との対峙といえるかも知れない。
ちょっと地球編を振り返ってみましょうか。

地球での過去との対峙


カミーユが地球に降りるのは、第11話 大気圏突入からです。
なぜ地球に降りるのか。地球連邦軍(ティターンズ)の拠点である南米のジャブローを攻撃するためです。

ジャブロー基地は、前作『機動戦士ガンダム』に登場した、まさしく過去の象徴的な場所です。
過去には激戦が繰り広げられ、アムロ達が必死に守った重要拠点ですが、『Zガンダム』では、カミーユたちは攻めこむ側。
しかし、激戦どころかジャブロー基地はもぬけのから。核で消滅させられてしまいます。
カミーユは、伝説のホワイトベースクルーのひとり、カイ・シデンをレコアと共に救出します。
これが、最初の「過去」との出会い。

それから、カイ・シデンを皮切りにして、前作『機動戦士ガンダム』の人々と出会います。
ハヤト・コバヤシ、カツ・コバヤシ、そして、一年戦争の英雄アムロ・レイ。
ホンコンで、ミライ・ヤシマ。

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ベルトーチカ・イルマには「アムロさんにMk2を譲らない?」と、ガンダムのパイロット(主人公)の座を、過去の主役に譲るように迫られる。だがカミーユは絶対に、その座を譲らなかった。

これもひとつの過去との対峙だと思いますが、この件については以下の記事にて詳しく書きましたので参照されたい。

カミーユにMk2を譲れと迫る、ベルトーチカの必然 <『Zガンダム』と『エルガイム』の主人公たち>
http://highlandview.blog17.fc2.com/blog-entry-225.html

そして、この記事で詳しく取り上げた、「過去」に生きる少女フォウ・ムラサメとの出会い。

ここでカミーユは、コンプレックスだった過去をフォウに話し、少女の承認を経て、自分の名前(過去)をついに受け入れる。

フォウ:カミーユ……カミーユ、もう一度だけ聞いて良い? 今でも「カミーユ」って名前、嫌い?
カミーユ:……好きさ!……自分の名前だもの!」


カミーユは最終的にフォウに自分の名前について訊かれ、自分の名前だから好きなんだ、とまで言えるようになります。

宇宙=未来=カミーユという構造を前提に、この地球編自体を「過去との対峙」編なのだとすれば、そのラスボスというか最終イベントは、カミーユが彼自身の過去と対峙し、それを受け入れることが出来るのか、ということになるでしょう。
そして、それを可能にしたのが、そもそも嫌いになる名前も過去の記憶も何もない少女だった。

「過去は、記憶は、すばらしいもの」と無条件に肯定できるフォウという存在によって、カミーユは過去を乗り越え、再び宇宙に戻ることができました。
しかし、そのフォウのキャラクターは強化人間として人工的に、強制的につくられた、という歪んだものです。
それでもそんな彼女でなければ、カミーユは救われなかったかも知れない。でも、フォウは――。

この、こうでなければ2人は出会うことも、その先もなかった。だが、それでもなぜこの2人は出会ってしまったのか。
というのは、前作のアムロとララァとの出会いにも言えますが、富野作品で特に特徴的な因果ですね。
個人的には、この因果のやるせなさが、富野作品の強力な魅力のひとつです。

それでいくと、地球=過去を背負ったフォウは、カミーユは救えても、彼女自身は地球から出られない(救われない)んですよね。この構造のままでは。

「永遠のフォウ」と「ロザミアの中で」


はっきりいって、フォウというキャラクターはホンコンで役割を終えているので、キリマンジャロでの再登場は物語としては必要がないと思います。

総監督の富野曰く、テレビシリーズの当初の構想ではフォウは第20話「灼熱の脱出」で死なせる予定であったとの事である。しかし、そこでフォウを死なせてしまったらストーリーが1年続かない事に気付いたため、うやむやな形で生死不明という事で一時離脱させ、第35話「キリマンジャロの嵐」で再登場させたという。従って、劇場版では当初の構想を忠実に反映させた話の流れとなっている。
Wikipedia:フォウ・ムラサメ


フォウの地球(ホンコン)での役割はすばらしいけれど、殺すためだけに登場させたキリマンジャロは見ていてつらいですね。
ホンコンで一度、キリマンジャロで一度、二度殺す必要はありません。
劇場版でカットされたのは、彼女のためにも当然にして優しい処理だったと思います。

ただ、キリマンジャロにおいて、カミーユの目の前で死ぬことによって「永遠のフォウ」になるでしょう?
もう過去も未来もなく永遠の存在になってしまう。宇宙で未来を生きるはずだったカミーユが最終的にああなってしまったことを考えると「永遠のフォウ」の存在は結構重いような気もします。
カミーユをあの結末に向かわせる分水嶺のようなポイントが「永遠のフォウ」にあったかも知れない。

個人的には「永遠のフォウ」は耐えられるけど「ロザミアの中で」は耐えられないんですよね。
「かわいそうだが、直撃させる」以外にしてあげられることがないって、ニュータイプとか、ガンダムとか何なんでしょうね。
リアルタイムで見ていた時から、何度も見返す今に至るまで、カミーユじゃないけど、宇宙でバイザー上げたくなる。

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