……(立ち読みのジャンプを閉じる)。

いやね、ノートに名前を書いたら人が死ぬでおなじみのデスノートが次週で最終回なんですよ。
小学校で「デスノートごっこ」が流行し、全国で日ごと「デスノート学級会」が開かれ、先生が「みんなも自分の名前がデスノートに書かれてたらどう思う?名前を書かれた子の身になって考えてみよう」と熱く語ることでおなじみのデスノートが。
まあ、そんなうっとうしい先生はクラス全員のノートに名前が書いてあるけどな!

私は連載で読み流しているだけで細かいことは何にも覚えていませんし、第二部に入ってテンションが明らかに落ちたので毎週1分でパラパラ読みしかしてませんでした。

でも、ここ何週はいよいよクライマックス。いよいよ決着ということで、毎週きっちり読んでました。
今週はラス前だったわけですが、実はすでに決着は2週前ぐらいについてますので、後はもうホント終わるだけ、という感じです。

僕は推理合戦としてのデスノートに全く興味がないですが、テーマには大変興味があります。

まず、あらすじ見てみましょう。



■デスノートのあらすじ

デスノートは、主人公の高校生夜神月(以下、ライト)が、名前を書いたら人が殺せるノートを手に入れたことから始まります。
優秀で正義感の強いライトは、ノートを世のため人のために使うことを決意し、悪人をこの世から消すために使いはじめます。
世界は、悪人を消し続けるライトを「キラ」として英雄・神であると賛美します。世界はライトを受け入れるのです。

その一方で、警察はこの人為的に殺人を発生させているキラ(ライト)を突き止めるため謎の探偵Lと捜査をはじめます。
デスノートは、悪をこの世から滅ぼし正義を実現しようするライトと、探偵Lの推理合戦を主軸としています。



というのが、このお話のアウトライン。

面白いのは、
ライトの行動は、典型的な「少年マンガ」の主人公的行動であることです。

■ジャンプ主人公としての夜神月

いわゆる悪を戦う少年マンガの主人公は以下のような道筋をたどります。

(1)ふとしたきっかけで、超能力を手に入れる。
(2)その能力を使えば、悪いことも良いこともできる。
(3)しかし主人公は悪を倒すために、力を使うことを選ぶ。
(4)その力と戦いが世間、世界に認められる。

分かりやすいところで言えば、藤子不二雄の「パーマン」。
「ジャンプ」のバトルマンガも多くはこのフォーマットにのっかってると言ってもいいでしょう。

「デスノートは、ジャンプのマンガっぽくない」と言っている人もいますが、ライトの行動はまさに上記の通りで、ジャンプマンガの主人公以外何物でもないわけです。
その意味で、デスノートは典型的なジャンプマンガだと言えます。

ただ。
ただ、デスノートが圧倒的に面白いのは、探偵Lによって(そしてその後継者ニアによって)、そのライトの行動が全否定されていることです。
ニアはライトのことを「ただの大量殺人者」と言い切りました。
超能力を身につけた少年が、自己の判断で悪を殺す行為を単なる「大量殺人」だと!
この通常なら賞賛される「主人公行動」を全否定するところがすばらしい!価値の逆転ですね。

実際、ライトは「主人公行動」してるのに、物語の上では完全に悪(=犯人側)として書かれていますしね。

しかし、そもそも、ライトは本当に悪なのでしょうか。

■ライトは悪か?

ライトの「極悪人は死刑になるべきだ」という思想は、はっきりいって僕は中学・高校時代普通に持ってましたよ。
なんというか思春期のかたよった考えというか、潔癖症的というか、さまざまな検討をした上でというわけでなく、ただ悪への嫌悪でそう思っていました。中学・高校の僕はライトの行動を完全に支持すると思う。

だってデスノート使えば、名前は分かってても捕まってない凶悪殺人犯なんかが、抹殺できるんだよ?
世の中で捕まってない殺人者がどれだけの人たちを不安にさせてるか、不幸にしてるか、それを考えると殺すのにためらいがいるのだろうか。
実際デスノート中でも、世界は悪人だけを殺すキラを歓迎した。それで何か僕ら庶民が困るのか?安心こそすれ何か困るのか?

そんな自分の体験からしても、ライトの行動は、中学・高校の正義感として十分指示を得るものだと思うな。
ちょっとこれはデスノートのメインターゲットである今の子供相手にアンケートでもとってみたい。

「キラのやってることは、いいことですか?悪いことですか?」

どんな結果になるだろう。

■ライトと違う正義

Lは、ニアはそれを否定する。
超能力によって、人が人を裁くのは「悪」で「大量殺人」にすぎないと言う。
「北斗の拳」や「ドラゴンボール」などの世界でならともかく、現代、法治国家日本を舞台にしたデスノートでは、その行いは大量殺人であると。

その結論に行くのは全然構わない。そう行くべきだとも思う。
ただ、それをするなら、じゃあ僕達はどうしたらいいの?この世の悪とどう付き合っていったらいいの?
という所を提示するべきなんじゃないだろうか。

魅力的な、とても魅力的な大いなる力での悪へ制裁無しで、この世の悪とどう向かい合うべきなのか。
ライトの正義が違うのであれば、どうすれば良いのか提示しないとデスノートはテーマ的に終われないと思うのだ。

もちろん「絶対的な力を持つ1人でなく、1人1人が正義の心を持って、民主的に法治国家としての手続きを踏み、社会悪と対峙することが大事なのだ」的な教科書回答はあるけど、うーん。
それしかないのだろうか。それがライトのプランより魅力的で説得力に満ちているかどうかの自信が僕には無い。何かアクロバットが必要な気もする。
今まで見てる連載では、ストーリー的に風呂敷を畳んではいるけれど、そういうテーマ的な回収があまり見て取れない。
ストーリーを終わらせたからと言って、物語を作品を終わらせたことにはならないと思うんだけど、来週の最終回でどうするんだろ。

■残されたノート

1つ、話の閉じ方のアイデアとして考えるのは、
L(ニア)vsライト、ではなく、人間vs死神にすることだ。

デスノートは死神がつくったノートであり、ライトは死神の期待に応えて、たくさんの人を殺した(悪人か善人かは死神には関係ない話だろう)。
退屈しのぎにもなったし、死人も増えたし、死神が一番得をしたように思える。

そもそも人間の命をもて遊ぶこのノート自体こそが悪であり、人類の敵ではないのか?
小学校の「デスノートごっこ」に使ってるジャポニカ学習帳が、全て本物のデスノートになったら?

ニアはライトを食い止めて仕事は終わりなのか?本当にやるべきなのは、ノートをこの世から消すことではないのか?
そうでなければ、死神はいくらでもノートで遊び続けるだろう。人に人を殺させるだろう。
ロード・オブ・ザ・リングの「ひとつの指輪」ではないけれど、強すぎる力はこの世から無くさなければいけない。

というわけで、人類vs死神(ノート)という構図にすればうまいことテーマ的も収まるかな、と思ってたんだけど、そういう意味では今週の展開なんかをニアが全く止めなかったのは良くわかんないんだよね。
ノートの始末はどうするんでしょうか。

まあ、メディアミックスだの何だのありますので、政治的な問題でノートを消滅させることはできないのかも知れないですけどね。(デスノートは、ノートが主人公なので、ノートがあれば何でも話はつくれる)

とにもかくにも来週だ。

世界中のノートが全てデスノートになるという絶望全滅ラストでも面白いけどね。
きっちりノートに自分の名前を書く真面目な小学生から死亡。僕はずぼらなのでなかなか死にませんけdおnえwk(誰かに名前を書かれたらしい)
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No title

>デスノートは死神がつくったノートであり
そんな記載はない

>人類vs死神(ノート)という構図にすればうまいことテーマ的も収まる
ノートの存在はもちろん悪であるが、使う人間が悪いというのがテーマ
兵器全般に言えることですね
つまりここの主は何もわかっていないってこと

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