今年の大河ドラマ「新撰組!」です。
今日、NHKで総集編がやってました。

私は大体全部観ました。これだけ大河ドラマを観たのは竹中直人の「秀吉」以来です。

視聴率が大変悪かったのですが、三谷幸喜のドラマは「古畑」以外はたいして良くないので、三谷作品にしては数字がいいと言ってもいいんじゃなかろうか。

数字も悪かったが、周りにも見てない人が多かった。
もったいないと思う。

1年間楽しませてもらったので、面白かった所をいくつかあげてみたい。

このドラマを4つに分けると、こんな感じになる。

1)多摩編(江戸青春編)
2)京都編(芹沢鴨暗殺)
3)新撰組編(池田屋事件と暗殺粛正の嵐)
4)近藤斬首(新撰組の崩壊)


■はじめに

まず全体を言うならば、良く出来ていた。
そりゃ満点ではないけど、1年間やるドラマを減点法で話すのはおかしいので。それより1年を通して三谷さんの意図どおりの事は出来ていたと思うので、そこを評価したい。
個人的に一番面白かったのは、2)と3)のとこ。

近藤勇を主人公に据えた場合の問題となるのが、
その結末だが、これもうまい落としどころを見つけてある(口述します)。

■怒涛の1話一殺

3)のところにあたり、1話につき、一人ずつ新撰組の仲間が死んでいく(その間に、坂本龍馬も死んでいく)。そしてそれが、局長暗殺(未遂)まで何話も続くのだ。

本編で誰かが死に、次回予告でまた違う誰かが死ぬのを知る。
これを連続で毎週毎週見せられるシリーズ構成とドラマ自体のテンションがすばらしかった。
そしてこれが終わったとき、新撰組から大事な仲間と人材がごっそりといなくなり、嫌でもその後の崩壊を感じすにはいられないのだ。

見ていた僕のテンションが一番高かったのもここだった。
物語的には、その後の薩長との戦争より、ここでの死人の方が圧倒的に多い。それが新撰組の異常性を物語っていいよね。

■近藤斬首の落としどころ

近藤勇は、官軍に投降して斬首という幕末ものとしては非常に中途半端なところで終わってしまう。

新撰組もののデフォルトとなっている司馬遼太郎「燃えよ剣」が、新撰組をテーマに置きながら、主人公を局長近藤でなく副長土方に置いたのは、当たり前と言える。
土方は局長として分かりづらい近藤と対照的に、副長として組織の実務を担当し、新撰組にとってのア・バオア・クーこと五稜郭で最後まで戦う。どう考えても土方から書いた方が面白くて、しかも最後まで書ける。

しかし「新撰組!」の主人公はあくまで近藤勇なので、近藤斬首が最終回となる。さて、どう落とすのか。

これは結論から言えば「近藤に薩長官軍の徳川に対する恨みを全て背負って死んでもらう」というものだった。
平民の出ながら、徳川でもっとも武士らしい武士は、武士らしく切腹することも許されず、武士の代表として新政府軍に殺されたわけだ。

実際の歴史上ではもちろん成り行きが重なっての斬首だろうが、ドラマの落としどころとしては悪くない。
この部分はもちろん創作にすぎないだろうが、大事なのは1年もやってきたドラマの結末をきれいにつけることなので、そういう意味では僕はかなり評価している。

ガンダムの「ニュータイプ」という概念があくまでガンダムという物語を落とすための落としどころとして作られたことを思い出すね。

■歴史と創作

多分、このドラマは深く歴史や新撰組を知っている人には受けが悪いだろうと思う。歴史に詳しければ詳しいほど受け入れがたい創作も色々あると思う。

僕は完全に、ドラマ>歴史の人なので、ドラマ的に面白いかどうかしか興味がないです。

ただこれまでの大河ファンや、時代劇を良く知っている人にも受けは悪かったみたい。それはメインキャストの年齢層の若さや現代風のくだけた会話劇などがそうなのかも知れない。同世代の人たちが集まってるので学園ドラマみたいな部分もあったし。

でもキャストは、新撰組の実年齢に今までで最も近いキャストだし。脚本が三谷さんの時点で、コメディ要素が多いことや、くだけた会話が多いことも、始まる前から分かってたわけだし。

それにこのキャスティングにこめられた意図を受け取ったら、楽しめることは請け合いだと思うんだけどね。
今回の新撰組に対する僕の解釈はこうだ。

■株式会社「新選組」

新撰組をベンチャー企業にでも例えると分かりやすいと思うのだ。
幕末(ITバブルとか?)の混乱期に乗じて、平民ながら組織をつくり、会津藩からの出資を受け会社をつくった。

経営者が二人いて(芹沢と近藤)対立したので、芹沢を経営陣から追放。芹沢派を一掃した。社名を「新選組」と改めた。
社長は近藤。副社長は土方だ。

その後、経営はうまく行くが、内部での対立が激しく、実務をとりしきる土方は組織を守るため、よそものや創業メンバーや次々を追放していく。この辺りで「あれ?会社創業メンバー(人)を捨てて会社(組織)をとるんだ。ふーん、そういう会社になっちゃったんだ」となる。

で、ITバブルがはじけ、「新選組」という会社もはじける。

近藤は、経営責任をとり斬首。
土方はまだ終わっちゃいねえぜ!と言いながら次々と会社つくっていくタイプか。しまいには東南アジアで会社つくったりしてるかも知れない。ほら、この人は目的でなく手段の人なんで、どういう会社にしようとか社会に貢献する企業にとかなくて、売り物はどうでもいいから、俺に任せろ。売って会社をでかくしてやる。っていう人なんで目的なんてどうでもいいんだよね。

そんな感じか。
あー、ベンチャー企業に良くある風景のような気がしてきた(笑)。

実際こんなもんだと思うよ。近藤も土方もベンチャー企業として一旗あげたかったわけで、極端な話、長州に生まれてたら奇兵隊みたいなのつくって一旗あげたんだろうし。
一旗あげることが最優先事項で、それが江戸近郊に生まれた人間にとっては、旗本、大名になっただけ。

で、キャストが若くて世代が揃っているのも、こう考えると理解できますよね。こういうベンチャー精神を持った人間の集まりが幅広い世代の組織になるわけがない。
必然的に自分の腕に自信を持った若者の集まりになる。

同じ志を抱いた同志集団でしばらく続くが、会社の発展と共に上下関係と役割分担が明確となり、対立し、崩壊する。トップ近藤も仲間と同世代であり、これを押さえることは出来ない。

でもね、組織としては崩壊するんだけど、うまくいってるうちは楽しくて仕方ないんだよね。同じ志を持った同世代との仲間と過ごすというのはね。学園祭準備みたいなもんでね。「新選組!」でも、学校のような同世代集団として楽しい場面が数多くあった。これこそが新選組の魅力の一つだろう。

■まとめ

「若者がベンチャー企業つくって、最後に倒産した。でもその中で若者達はとても輝いてバカをやっていた。でも絶対楽しかったに違いない」
ということに尽きるのではないか。

だから「新撰組!」の若手キャストにはドラマ的な必然があったし、1年のドラマでそれは表現されていたと思う。
「せめてキャストを信頼できる俳優に」ということになると年齢層が上がるが、それは総合的な演技力は上がっても、代わりに何かを失うだけだ。
高校生が出る青春映画のキャストを「演技力のために30~40代中心」にする人はいないでしょう。だって「青春映画」なんだから。

まあこの辺りは、ドラマを見ての好みというより、制作者のアイデアとコンセプトとその達成をほめてるだけなんで、全然ドラマの評価になってないと思われる方もいるかも知れません。でも僕はこの部分だけでも評価してしまうんですよね。

あと村上龍「愛と幻想のファシズム」と関連づけても面白そうなのだが、やめておく。

以上のようなことを踏まえて見ると、満点ではないが、とっても楽しいドラマのはずなので、ぜひ機会があれば見てみることをおすすめしたい。
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