前回記事、飛び降りる宮崎駿vs飛び降りない押井守 <リアリティコントロールの話> を多くの方に見ていただいたようで誠にありがとうございます。
ご訪問いただいた方、コメント、トラックバック、ブックマークしていただいた方、言及記事を書いていただいた方など皆様に感謝いたします。

身近な友人・知人向けに書いているようなブログなので、何気なくアクセス解析をのぞいた時は何事かと怯え、おしっこもれそうになりました。(我慢しました)
さらに、はてなからの訪問が多かったので見てみると、私の想像を絶するブックマーク数が!(ここで残念ながらもれました)
正直そこまでの内容の記事でもないなと自分でも思うので、時期も時期だし、皆様が何かを考えたり意見を述べるきっかけ作りぐらいにはなったのかな、と受け止めることにしました。

あとみんな宮崎駿と押井守好きすぎです。
どんだけ好きなんですか。(特にはてなの方)


調べてみると、囚人022さんにブックマークしていただいたのがきっかけになったようです。
囚人022さんのはてなブックマーク
http://b.hatena.ne.jp/prisoner022/
囚人022さんには、この少し前の記事もブックマークしていただいたようでありがとうございます。以前からブログを拝見していましたので嬉しいです。

記事については、アクセスやブックマークに対して嬉しいというより、恥ずかしいやら申し訳ないやらの気持ちでいっぱいだったのですが、コメントやブックマークコメント、言及記事などを見ると、より深い情報や鋭いツッコミ、別視点、補足などがありとても刺激的でした。

ですので、私の記事だけでなく、ブクマコメや言及記事なども読んでいただき、丸ごと楽しんだり考えたりしていただくのが一番いいですね。
コメントやブクマコメに良いこと面白いことがいっぱい書いてあるので、それも読んでいただいて「なるほど!」「面白いな!」「いやいやこうも考えられないか?」「待てよ、そういえば…」「知っているのか雷電!」で全然いいと思います。

というわけで私の記事部分だけでなく、ぜひ記事コメント、ブックマークコメントや言及記事などもご覧下さい。

はてなブックマーク - 飛び降りる宮崎駿vs飛び降りない押井守 <リアリティコントロールの話>
http://b.hatena.ne.jp/entry/http://highlandview.blog17.fc2.com/blog-entry-70.html
(とりあえずブックマーク数が圧倒的に多いはてなを。コメントと言及リンクがまとまっていて紹介しやすくていいですね)

最初は記事にいただいたコメントやブックマークコメントを受けて、色々お返事したりしようと思っていたのですが、量的に私の手に負えない感じなのと、色んな方が鋭い分析や示唆に富む発言をしてくださったりしてるので、あまり必要性を感じないと思っていますがどうでしょうか。
(いただいたコメントなどを見て、私自身が大体満足したからというのもあります)
なので、皆さんの刺激を受けて書きたいな、と改めて思ったことだけ書かせていただこうと思います。



■前回記事について

前半は、押井監督のリアリティをコントロールするという概念が面白いなあ、というメモ。
後半は、押井・宮崎両監督のキャラクターというか性質の違いを分かりやすく考えようとしたもの、という感じです。
個別の作品論や、作品全てを分析した総括というわけでもないので、そういうご期待に添えなくて申し訳ないです。

先日放送のNHK「崖の上のポニョ」密着番組を見たのですが、その中で宮崎監督が

「この映画見て、『波の上を走れるんじゃないか?』と子供が思ってくれたら、やったぜ、と思うね」

みたいなことを言ってましたね。
この発言などはまさしく、無茶をアニメーションの魅力で通す人ならではだと感じました。

押井監督の舞台もアニメですが、こういういかにもアニメらしい説得の仕方はしないです。
かといって「じゃあやっぱり押井監督はアニメじゃなくて実写やってればいいのに」というわけでも無い気がするんですよね。

アニメは言うなれば全て幻想で、背景からキャラから何から何まで全てをゼロから用意しなければ成り立たないのですが、逆に言えば用意したものには全て理由がある。必要なものと判断して選択したものだからです。
言わば画面にある要素は全て押井監督が選択したものであり、意図が反映されたもの。
その全ての要素をコントロールできるところが、アニメが押井監督に合っている、というか好みなんじゃないかな、と思うんですよね。
その結果、押井アニメは押井監督の意図やメッセージがすみずみまで盛り込まれていることになり、押井純度が限りなく高くなるのがたまらんのでしょうね。
実写は情報量が多すぎてコントロールしきれなかったり、その情報量がノイズになってしまうことさえありますから。(もちろんそれが魅力なんですけども)
押井実写映画を私はあまり見ないのですが、見てない「アヴァロン」なんかは実写をアニメ素材みたいにコントロールしようとした作品みたいなイメージがあるのですが、どうなんでしょう?

結局、宮崎、押井の両監督共に幻想であるアニメを作る以上は、いかにすばらしい嘘をつくか、という世界のお人だと思います。その意味では同じなんですよね。
いかにこの嘘に説得力を持たせて観客に見せるか、という所こそが大事なのであって、そのためのアプローチが違うからこそ対照的に見えて面白いんじゃないでしょうか。
宮崎世界がリアリティが低い、死なないとか、押井世界がリアリティ高い、死ぬ、ということではなく、見せたいモノのためにチョイスしている世界とやり方こそが面白いということですね。

宮崎駿

・すばらしいアニメーション(動き)で無茶に説得力を持たせる。そのクオリティは宮崎本人が担保する。
・このためキャラクターデザインを作品ごとに選ぶということはなく、どの作品も当然「宮崎キャラ」になる。
・「コナン」や「ラピュタ」でも人は死にますが、危機的状況で死んでしまう人々と生き残る主人公の差は(それは言ってしまえば配役の差なのですが)、画面上においては「主人公としての精神と行動」の結果である、というように見せている気がします。
・つまり前回記事でも言いましたが、少女を守ろうとする「意志の強さ」や「優しさ」、それを行動に移す「勇気」。それがある人間は死なない(死ぬべきじゃない)。ここが嘘部分。こういう人間はこうあって欲しいという嘘。
・そして、その嘘は宮崎のすばらしいアニメーションで説得される。「パズーえらい。すごい。がんばった。」すばらしい説得。喜んで説得されますよ私は。
・あと、ピンチを勇気をもってくぐり抜けようとする時、その行動は報われるという視聴者(子供たち)との見えない信頼があり、それを守っているイメージがあります。


押井守

・動きの説得力については、押井本人は担保できないし、しない。
・代わりに、脚本や絵コンテ、画面構成などのクオリティは担保する。
・キャラクターデザインも、作品ごとに表現したい世界を体現できるような説得力を持ったキャラクターを選択する。
・例えば、押井監督がパズーがピンチをくぐり抜ける場面を作るとして、その理由を「勇気と優しさに支えられた行動」のような精神的なものには決してしないだろうなあ(もっと色々理屈がつくはず)。
・街並みや銃器などのリアリティも、大きな嘘の説得力をもたせるために外堀を埋めているようなもんなんでしょうか(本人の趣味でもあるでしょうが)。
・別に押井監督に限らず、宮崎駿みたいな方法で動きの説得力を担保できない場合、それ以外の要素をきちんと固めて説得しようとするのが当たり前だし、それが冷静な判断な気がします。


私は「ポニョ」も「スカイ・クロラ」も見てませんし、作品ごとに色々例外もあると思いますが、両監督のキャラクター傾向として。
両監督ともやっぱり面白いですね。
個々の作品が、というか両監督が同じように好きです。

押井監督の制作スタンス辺りから、少し前に菅野よう子さんのインタビューで見かけた「富野監督は音楽も絵も信じてない」という話題につなげたりできないかな?と考えました。

菅野よう子:とにかく言葉がいっぱい、攻撃か弾幕のように出てくる方で(笑)、おまけに本人が音楽の力をまったく信じてない。多分、自分の言葉しか信じてない、全部台詞で言っちゃう。最初は「あ゛ぁ~! 」って感じでしたけど、「音楽も絵も信じてない人なんだ」って分かってからは大丈夫でした(笑)。


富野監督も押井監督と同じく、画や動きの説得力を本人が担保するわけではないので、やっぱり脚本(セリフ)や設定(世界観)、絵コンテなどを押さえることで自分の作品を作るタイプなんだろうと思います。
しかし押井監督以上に信用してないイメージがあるのは、元々の性質もあるでしょうが、虫プロの時代からありとあらゆる作品に参加してさまざまな体験をされていることが影響しているかも知れませんね。

視聴者に対して物語のクオリティを保証する方法として、自分がコントロールできる要素以外をあまり信用しない、という作り方を選んだ(選ばざるを得なかった)という部分があったのかも。
動画がひどいかも知れない、イメージに合う音楽がない、キャスティングに不安要素がある、安彦さんが倒れた、デザインや設定にノーを出された、などなど。
これまで体験した極限状況が、「信用しない(完全にコントロールしきれない要素には寄りかからない)」作品を生んでしまった一要素なのだとしたら、監督本人にとっても参加スタッフにとっても悲劇なのかも知れませんね。
でもそこで菅野さんみたいに監督に色んな意味で負けないような人が音楽の力を見せてくれれば、お互いのためにもそれでいいんでしょう。



■余談(富野由悠季の場合)について

富野由悠季の場合
絶体絶命 → 二代目主役ロボが助けに来る。


上記について、何人かの方がコメントなどしてくださってましたが、前回記事はタイトル通り、宮崎押井の話題に絞ろうと思っていましたので、富野監督は最初からオチだけ担当していただこうと考えていました。
そのため、いくつかパターンは考えました。

絶体絶命
→女性が[かばう]コマンドで代わりに死んでくれる(ただし男性のみ有効)

絶体絶命
→そのとき、なんかが発動した。で、歴史が動いた!あとお腹の赤ちゃんも!

絶体絶命
→黙示録(皆殺しwith万有引力)


結局、2代目ロボ登場パターンを選びましたが、戦闘中に駆けつけるビルバインやZガンダム等が何とか該当するものの、(ご指摘のとおり)ピンチ脱出には直接関係ないパターンが多いですね。
この表現には「グレートマジンガー」登場が最もふさわしいというのはごもっともと思います。(特に劇場版「マジンガーZ対暗黒大将軍」)

「2代目ロボ」という言葉に集約させましたが、商品を次々に登場させないといけないさだめのTVアニメを色々工夫して作ってきたという意味だと思っていただければ。
スポンサーとの兼ね合いの中、ああいう作品を作る富野監督は(大変でしょうけども)とても素晴らしいと思っています。
イデオンのデザイン押し付けられて、105mの巨大遺跡にして乗り切ったのは本当にすごいですよね。

※トミノ愛について
用を足しに行くときに「どこへ行くの?」と問われて「トイレに行くと言っている」と答えるほどには富野監督、富野アニメ共に愛してますので、愛ゆえにオチに使わせていただいたことをご理解いただければ幸いです。
(「とってつけたオチ自体いらないだろ」とのご意見もあるかと思うのですが、何かオチが無いと不安で仕方ない悪い病気です)
富野アニメ記事はまた色々書いていきたいと思いますので、その際にまた考えたりすることにします。


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トラバありがとうございます

「おー、ホッテントリーになってるなーv-432」と思っておりました。(一瞬頭をよぎったのですが、「1げっと」とか追加コメントしなくて良かったです・・・。)

富野監督、宮崎監督、押井監督、それぞれの手法の違いのようなもの。気になっていてチョコチョコ小出しに言及してみては、コメンテーターの皆さんの意見を伺って、さまざまな見方に啓発されています。でも、なかなか前回のTOMMYさんの記事のようにまとめるエネルギーがなくて。(あの記事は目の付け所もですけど、「面白く読ませる」ということがしっかり行われていて、皆さんの注目を集めるだけのことはある記事だと思いました。)

以前のロボットチャンバラ論もカテジナさん論も面白かったです。また富野アニメ話もしましょう。ではでは。

コメントありがとうございます。

コメントもいただいてしまって、ありがとうございます。

私も囚人022さんと同じく、とりあえず頭にあるものを出してみて、皆さんのご意見などを参考に、さらにあれこれ考えてみる、という感じです。
前回記事を書くにあたっても、そもそもの監督の作品や発言は元より、囚人022さんをはじめとした多くの方のブログに刺激を受けて書いたようなものです。
集合知じゃないですけど、自分の視点はそれを構成する1つになれればいいな、と思ってます。(で、全体で面白いかたまりになれば最高ですね)

また富野アニメ話しましょう。そちらのブログへもお邪魔したいと思います。よろしくお願いします。

リアリティレベルって...

映画は双方初日に見て、NHKの押井特番、宮崎特番を見てこの考察を見ての感想。
「ドラゴンボールとバキシリーズの比較をしているみたい」
目的は違えど、どちらも「強さ」を求めているような漫画ですが、
バキには中途半端なリアリティを残してあり、実際の格闘技を見る人にも比較的
娯楽として楽しめる漫画と思います。

共通点を挙げてみるのも面白かもしれません。
・どちらも徒労に終わるだろう仕事をさせる
・どちらもキャラクターに将来(未来)がある事を思わせるための徒労が多い

手書き原画に拘った「ポニョ」は、魚波では効果があったとおもう。
しかし、一切を廃す必要はなかったと思う。<でも、プランクトンとかはCGっぽい
本当に手書きで、プランクトンまで書いていたらすごいがCGにしか見えない絵を
手書きでする必要があったのか...まぁ、趣味なのでしょう。
最近まで「ヱヴァンゲリヲン」がまた総集編かぁ...って思っていたら、
実は動画部は全部書き直していたり、学生のモブシーンがCGだったことを
特典映像を見て、へぇ~って思った程度なのですが。

話は脱線してしまいましたが、その魚波と船との関係でコンテの指示に、
水しぶきに関しての注意書きがありましたね。
こういうしぶきでは、船が転覆しちゃうから、チャポンといった感じで
な、サンプルを絵で指定していました。妙なところでリアリティの追求があり、
アニメだから何でもできる。できるからこそ、限界への追求が垣間見えました。

押井作品は古くからレイアウト(システム)が大事にしているそうですが、
常に妥協との戦いだったのでしょうが、その妥協を享受できるようになったのが、
心境の変化なのかもしれません。
菊池氏とのインタビューなどで、アフレコ談義として
「声なんでどうでもいい......って、訳じゃないんだけど....
この子には、過去があるってこと見ている人に印象を与えればいい」
って、本音が一瞬垣間見えたりしてますね。

クロラは押井作品にしては上映時間が長いです。
映画は90分理想説みたいなこと言っていたと思ったが、
このことに関して誰かツッコミをいれた記事があれば見てみたいです。
意外と(?)女性のお客さんが多く泣いている人も多かったので、
音響効果が本当にすばらしいので劇場で見てほしい作品です。
興行的にも成功してほしいものです。

興行の話でいえばNHKの特集で、ナウシカの大ヒット...って、
あの時は「ドラえもん」の当たり年で、赤字ギリギリだったと思ったが、
美化されてましたねぇ....そんなわけで、クロラもポケモンに負けています。

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