『聖戦士ダンバイン』の本放送当時、私は小学生でしたが熱心に見ていました。
その証拠に、後年、大人になってから全話見直しましたが、かなりの部分を覚えていました。
当時、我が家にはビデオデッキすら無かったこと、放送時間が小学生の遊ぶ時間の真っ只中だったことを考えると、相当がんばって視聴したはずです。
ダンバインかどうかは忘れましたが、近所の広場で友達と野球か何かで遊んでいて、富野作品を見るために各自帰宅し、終わったら集合してまた野球。みたいな覚えはあります。
これをいわゆる"富野"による試合の一時中断と呼び(豪雨、雷雨と同じ扱い)、その後、エルガイムやZガンダムでも続いていくことになります。

この時には、すでに富野由悠季作品と自覚して見ていたはず。
世の中にまだこれほどファンタジーがあふれていなかったので、ダンバインは人生で初めて体験したハイファンタジーだったと言ってよいと思います。
また、ザンボットの最終回は見逃していたし、イデオン発動篇を見るのはもう少し後だと思うので、まともに見た初めての全滅最終回でした。
初めてのファンタジーかつ、富野全滅バージンを捧げた作品ということになります。
そういう意味では思い入れのある作品ですね。

ということで、今回は『聖戦士ダンバイン』で"物語の始め方"を考えてみましょう。



主人公ショウ・ザマが犯した過ち


大人になってからは、子供のころには知らなかった当時の監督インタビューなんかも読みましたが、リアルタイムに読めなかったのを後悔するぐらいの面白さ。
その中でも、圧倒的に面白かったのは以下の話。

※主人公ショウ・ザマについて

富野:作劇的なミスがショウ・ザマという人をあのように決めてしまった、というのも事実です。
編集:どのようなミスですか。
富野:簡単に言っちゃうと、こうです。第1話でショウが地上から降りて来た時に、圧倒的に過酷な状況であったならよかったんです。あの人、バイストン・ウェルで一晩寝たでしょう。あの間がショウ・ザマを自堕落にしたんです。降りて来た時に完全な戦闘空間にスポーッと入っていたら、弾んだね。
編集:あれは不思議な感覚でしたね。
富野:不思議だね。なぜ寝かせたのか、僕にも分からないんだよね。
それこそ敵味方を順々に見せていくというTVの作り方を投影させて、ショウにその中を上手くくぐり抜けていかせよう……という穏やかなルートを作った。個人でなく世界を上手く見せようという気分がここにも出てた。考えれば最悪の始まり方をしたんだよね。

「聖戦士ダンバイン大事典」インタビューより
(私は「富野語録」に再録されたものを読みました)


「ダンバインに乗る前に、ショウが一晩寝た」
この発言は本当に面白くて、個人的にはダンバインという作品のイメージは、これに集約していいのではとすら思っています。
大事なのは、これは単にキャラクターのお話(キャラクター論)では無いということです。第1話の重要性の話であり、シリーズ構成のお話であり、「ダンバイン」の作品全体を支配してしまう作品カラーの問題でもあります。
ここでは、キャラクター論の話は置いておいて、そちらの話をしていきましょう。

『聖戦士ダンバイン』第1話の流れ


第1話で「ショウが寝る」かどうかが、なぜそんなおおごとになってしまうのか?
まずは『ダンバイン』第1話の流れを大雑把にみてみましょう。

<第1話「聖戦士たち」>
(1)ショウの召還(地上→バイストン・ウェル)
冒頭で、バイクに乗っていたショウがいきなり異世界バイストン・ウェルに召還されます。ついたところはドレイク城。

(2)バイストン・ウェル(世界)の紹介
何がなんだか分からないショウに、バイストン・ウェルの説明が入ります。「聖戦士」として呼び出されたことも聞いて、何とか状況と自分の立場を把握。
(あくまで説明を受けたのであって、ショウ自身が体と頭で感じとったわけではないという所もポイントでしょうか)

(3)オーラバトラー(ロボット)の紹介
続いて、オーラバトラー工房を見学し、同じ地上人のショット・ウェポンから、ロボット(オーラバトラー)についての説明を聞きます。
その後、宴の余興で、バーンの乗るオーラバトラー「ドラムロ」のデモンストレーションを見て、動きや強さに驚きます。

実はここでニー・ギブンのゼラーナ隊が宴へ奇襲をかけてきますが、単なる顔見せですぐに撤退。何も起こりません。

その後のタイミングで、ショウはおやすみタイム。
これが作品を決定付ける重要なできごと。

(4)ダンバインへ搭乗(トカマク撃墜)
翌日、ショウ達は初めてダンバインに乗ります。再びニー・ギブンの襲撃。この戦いでいきなり、ショウと同時に呼ばれた地上人トカマクが戦死します。
童話の中のようなファンタジックな世界だが、戦って敗れれば現実として死ぬのだ、そういう世界へ連れて来られたのだ、という事が分かるシーン………とか何とかもっともらしい理屈は何でも言えますが、小学生の私らの間ですら、トカマクか、柿崎か、というぐらい、やられキャラの代名詞でしたよ、トカマク。ごっこ遊びのときに、なってはいけないキャラクターNo.1でした。
ショウは、ここでマーベル・フローズンと戦い、彼女に「ドレイクに手を貸すバカな男」と言われてしまいます。

ニーの最初の奇襲があまり生きてない印象とはいえ、第1話中に主役ロボットの初お披露目もしているし、そこで敵から自分のポジションが間違っていると指摘され、次回へつながる流れもきっちりあります。
では、何がいけないのでしょう?

ショウが寝たことによる影響


あれこれ考えるよりまず富野監督ご本人に聞いてみましょう。
同上のインタビューで、すでに話してくれていますので、いくつかピックアップ。

※前半はファンタジー+ロボットだが後半は完全にロボットものに方向転換したことを指摘されて

富野:転機というのは第1話のラッシュを見た瞬間です。

<中略>

観た時"ああ、あまりにも自分の作りたい物を作りすぎているな"と感じたんです。それは実際に商売として―――何だかんだ言っても5時半の時間枠にやる番組として正しいことなのか?とちょっとクエスチョンマークがついたんです。

<中略>

一般視聴者が興味が湧く展開になっているのかどうなのかっていう時に、とてもわかりづらい。その理由も分かっています。始まった当初からの作劇というものが、世界を描くことのみに興味を置いたシフトであったために、個人を描くことをしていないためです。
<中略>
バイストン・ウェルという世界を描きたかったし、それを俯瞰する作品にしたかった。そこでロボット物を利用させてもらおうと思った。とても明解な意図があった。ところがそれを実際にやってみたら"そら見ろ!"となったわけ。

<中略>

(バイストン・ウェルという)モチーフに対してのミスはしていません。ただTVという媒体でやることを間違った。口惜しいけどそれだけは認めざるを得ない。


これらは第1話を見直したとき、実際に私自身も感じたことでもあります。

「主役がショウ・ザマでなく、完全にバイストン・ウェル(背景世界)になっている」

バイストン・ウェルは、「陸と海の間」にある架空の異世界。
テレビアニメ『聖戦士ダンバイン』のほか、いくつもの小説の舞台となって、「バイストン・ウェルもの」として富野監督のライフワークにもなっています。
(どうでもいいけど、ショウ・ザマって、狭間で生きる―または翔ぶ?―から来た名前なんでしょうか?)

当時ファンタジーはまだ今ほど身近なものではありませんでした。視聴者(特に当時の私のような小学生)はファンタジーをよく知りません。
いきなり異世界バイストン・ウェルに連れて来られた主人公ショウと同じように、状況と、作品のコンセプト、カラーが良く分かりません。

そのため第1話で達成すべきミッションは2つありました。

(1)当時、身近でないファンタジーを(子供たちにも)分かりやすく紹介する。
(2)その上で「ファンタジーでロボットもの」をするためのオーラバトラーを紹介する。


これはなかなか大変なミッションです。
ダンバインは「ファンタジーなのに、ロボット(オーラバトラー)もの」というギャップが設定上の見せ場ですから、前提としてのベーシックなファンタジー物がまずあって、次にその世界でロボットが登場すると、サプライズがガシっと決まるわけです。
ところが前提となるファンタジーがまだ身近で無かったので、舞台であるファンタジー世界を紹介するところから始めないといけませんでした。

その結果『ダンバイン』第1話がどうなったかというと、富野監督自身が言うように、完全に世界説明が主役になってしまっています。
ショウはお客様扱いで、観光旅行か社会見学かという感じ。しまいには、オーラバトラーによる闘技場での怪獣退治ショーまでついてくる始末。
最後はドレイク城ホテルのふかふかのベッドでぐっすり眠って、バイストン・ウェル旅行の楽しい1日目は終わってしまいます。

1日目で観光と社会見学が終わったので、2日目は体験学習とまいりましょう。
ここでようやく実際にオーラバトラーに乗って大空に舞い上がるというオプショナルツアーに進めるわけです。
この段階で初めてハプニングが発生し、やっと物語が動き始めます。それがトカマクの戦死だったり、初戦闘でのマーベルとの接触であったりするわけですが、これはもう段取り通りのツアー(第1話)の最後の最後で起こったハプニングということになるわけです。

こうしてショウがお客様気分でバイストン・ウェルとオーラバトラーを体験するという始まり方は、第1話に限らずその後にも影響を与えています。

私個人の感想としても、導入部といえる第1話~4話あたりまではいいとして、5話以降の第1クールの話は、監督が言うように物語が弾んでないように感じます。
それでも私みたいな富野アニメ好きはどうとでも楽しめるからいいですよ。
でもね、初めて『ダンバイン』見る友人にビデオを貸したら、物の見事に第5話「キーン危うし」で視聴がストップしたんですよね。そうなった気持ちは分かるから「後で面白くなるから我慢して見ろ」とは私は言わなかった。アニメは我慢して見るようなものではないですし。
ただ、その代わりこう言いました。

「そこから第15話まで全部飛ばして、次は第16話を見てほしい。それでダメならもう見なくていいよ」

『聖戦士ダンバイン』第16話といえば、言わずと知れた「東京上空」です。

「東京上空」に見る物語の軌道修正


第16話「東京上空」は、ショウのダンバインとガラリアのバストールの戦闘中にオーラロードが開いてしまい、地上(東京)に出てしまう、というお話です。第16~18話で東京三部作ですね。
オーラバトラーが東京上空で戦ったり、ショウが両親と決別したり、地上人に追われたりと、後半の展開の前哨戦・前フリでもあり、ターニングポイントとなった重要な回です。

実は、このお話は当初3クールの頭(27話くらい)に予定されていたそうです。もし27話として放送されていたら、ダンバインの評価が今日より下がっていたことは間違いないでしょう。

前述のとおり、第1話の時点で富野監督は、この作品の危うさに気づき、最速で軌道修正しようとしました。
その時にすでに2クール分の物語が作業として動いているので、すぐには変えられなかったのですが、「東京上空」を改善できる最短の話数に持ってきました。それが16話です。
この逸話は、制作進行中での軌道修正の難しさを物語ってもいますが、恐らく厳しい状況下でのベストの選択だったのではないでしょうか。それぐらいすばらしい決断だと思います。

他にもさまざまな軌道修正やリカバリーの策がとられました。

・シーラ様は、男性の老人の予定だったが、美少女へ変更
・東京上空を早める→地上への浮上も早まる→舞台としてのバイストン・ウェルを捨てる(これはすごい)
・地上への浮上後は、完全にロボット物の展開に


これらはもちろん物語的な修正だけでなく、商品としての修正も多分に含まれます。
ビルバインが背中にキャノン背負って、メカメカしいのも、その一つかも知れません。

ショウが第1話で寝たことは、ショウ・ザマというキャラクターの形成上にも大きな影響を及ぼしました。
ですが、それ以上に『聖戦士ダンバイン』という作品自体が、重く背負うことになったのです。

これは第1話を、特に「世界や設定、動機の処理が大変なロボットアニメ」の第1話をどうするのか?という意味で非常に面白く、ためになるサンプルだと私は思います。

『ダンバイン』第1話のあるべき姿とは


では『ダンバイン』は、どのような第1話にすれば良かったのか。
それもまた、富野監督がインタビューですでに話しています(さすが、菅野よう子に「全部言う監督」と言われた人)。

富野:(ショウはバイストン・ウェルに召還されたときに)迫水真次郎のようにパッと降りて来た時に刀を掴んでいなけりゃいけなかった。
極端な言い方をすればダンバインに乗っていなけりゃならなかった。


迫水真次郎は「バイストン・ウェルもの」の小説の1つ。「リーンの翼」の主人公。
実は私は「リーンの翼」は読んでいません。(なぜか「ガーゼィの翼」は全部読みました)
ですが、富野監督が伝えたいことは分かるような気がします。

ショウは何がなんだか分からない状態だろうが、とにかくダンバインのコクピットに乗って、目の前の敵と戦わなければならなかった。
つまり、背景世界やロボットの説明を後回しにしても、まずドラマやアクションで主人公と観客をゆさぶって、作品にひきこむことを優先させなければならなかった、と私は理解しました。
説明してるヒマは無いから死にたくなければとにかく乗れ、とばかりに戦わせて、それが終わってひと息ついてから詳しい説明タイムとなるわけです。
これ、よく考えたらそもそも「ガンダム」のアムロがそうですよね。
(「リーンの翼」については、どなたか教えていただけるとありがたいです)

このタイプの第1話については、ハリウッドのアクション映画冒頭でのオープニングエピソードも参考になるように思います。
これを連続物の第1話と同じような役割ととらえると、まずオープニングで軽めのミッションをカッコいいアクションでこなしつつ、世界、キャラクターを何となくで紹介しています。
時間が2時間しかないので、丁寧に段取りを踏んで、というわけにもいきません。まず魅力的なアクションなどの見せ場で観客を作品世界にひきこむのが何より先決。詳しい説明はオープニングが終わって、ひと段落してからでも十分。という作りが多いですよね。
これらもいわば「いきなりコクピットに乗せられる」タイプ、いや全体の尺の長さを考えるとその極地といえるかも知れません。

ちなみにこのオープニングをするためには、映画冒頭でのアクション要員が必要になります。ですが、ヒーロー物第一作なんかですと、映画冒頭ではまだ主人公がヒーローなっていません。
そのため「ヒーローの導き手」が主人公の代わりにオープニングの主役を務めることになります。「マトリックス」のトリニティなんかもそうですし、先日見た「WANTED」でのアンジェリーナ・ジョリーもそうでしたね。
ヒーローになった主人公は、第二作目でやっとカッコよくオープニングに登場することができるのです。

このタイプの第1話にするのは、確かに方法のひとつでしょう。
少なくとも主役がバイストン・ウェルから、ショウ・ザマになることは間違いないでしょうし。

『ダンバイン』以降の富野作品第1話


しかし、TVシリーズをこれだけやっている富野監督を持ってしても、第1話というのは本当に難しいものなんですね。
いや、数多くやっているからこそ、違うことに色々挑戦したくなったりして、結果こうなるということかも知れません。

『ダンバイン』後の作品での第1話を見渡すと、やはり『Vガンダム』と『ターンAガンダム』が思い当たります。

『Vガンダム』の1話については、wikipediaでの記述を引用しましょう

もともとの構成ではVガンダムが初登場するのは第4話の予定であったが、第1話から主人公MSが登場しないことにスポンサーが難色を示したため、Vガンダム初登場を第1話として、第2話~第4話はそれ以前の話をシャクティが回想するという構成になった。


これは実際に当時、本放送見ていて多少混乱した覚えがあります。
第1話でいきなりガンダムに乗るのは、先の「いきなりコクピット」論や商業的な意味を踏まえても、悪くないはずなのですが、『Vガンダム』は無理がありすぎてさすがに苦しく、当時の制作上の混乱が垣間見えます。

『Vガンダム』で叶わなかった"第1話でロボットに乗らないガンダム"というのは、その後の『ターンAガンダム』で実現します。

『ターンA』第1話では、背景世界とキャラクターの紹介に1話分をまるまる費やしました。
第1話は、月から主人公ロランが地球にやってきて、親切な人たちに拾われて成長しながら、地球での生活を楽しむ様子が描かれます。
2話目が実質的な第1話。初めて敵が登場し、主役ロボのターンAが初めて登場し、それに主人公ロランが乗って、初戦闘をします。

ロランは、ターンAに乗るまでに一晩眠るどころか、劇中で2年も地球で過ごしてしまいました。いっぱい寝すぎですね。
フィルム上の時間を見ても、1話分以上、ガンダムに乗っていません。

『ターンA』はこれまでのガンダムの延長上で考える世界では無いため、全く新しい舞台が用意されました。第1話では、『ダンバイン』と同じく、その新しい世界とキャラクターを伝えることを優先させてしまっていて、敵やロボット、戦闘が後回しになってしまっていますね。
でも『ダンバイン』と違って、何度見直しても、これでいい、いやこうでないと、と思うんですよね。

その理由は色々あるのですが、『ターンA』が世界紹介パートを第1話、ロボットアニメパートを第2話として回を分けたことは大きいのではと思います。
その結果、1話ではたっぷりと世界名作劇場が楽しめたし、2話では1話分かけて紹介した世界にメガ粒子砲と複葉機が舞う戦闘のサプライズを楽しめました。
世界名作劇場の空にメガ粒子砲の光が走るのを見て、2話目で初めて「面白い!」と思わず声が出たのを覚えています。
確かにそういう意味では真に「面白い」と初めて唸ったのは第2話なのですが、これは1話があってのこと。いきなり2話の内容をやっていたら「面白い!」と声にまで出さなかったでしょう。
連続物のTVシリーズゆえの楽しさだったように感じますね。
(『ターンA』についてはたっぷりやりたいので、ここはこのぐらいにしときます)

今の富野監督なら、ゆったりバイストン・ウェルをやってもいいんじゃないかな。
『ターンA』『キングゲイナー』までいった富野監督ならそれが出来るんですよね。
(OVA「リーンの翼」は未見ですが、OVAでは全体の尺の制約があるので、こういう方式ではできないでしょう)
その時に『ダンバイン』第1話のリベンジをして欲しいなあ。
もちろん「いきなりコクピット」の第1話ではなく、バイストン・ウェルを楽しそうに描いて、ロボットに乗らない第1話としてのリベンジ。
バイストン・ウェルに住んでみたいな、と思える第1話を。

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記事としては、上までで終わりです。
ここからは、妄想という列車に乗り、果てしない妄想旅行へ。終点まで停車駅が無いので、物好きな人だけ見てください。

『ターンA』の始まり方をひとつのモデルケースにしながら、新しい「バイストン・ウェルもの」を考えたらどんなのがあるかな?と色々考えてみました。

ボクの(ワタシの)考える「バイストン・ウェルもの」


ロランが月という異世界から、地球(現実世界)にやってきたことを考えると、バイストン・ウェル(異世界)に住んでいる主人公が、地上(現実世界)にやってくる、という逆転話というのはどうでしょう。

現実世界に溶け込むバイストン・ウェル人。目的は…そうですね、自分の国を助けてくれる「聖戦士」を見つけて、バイストン・ウェルに連れていくことですかね。
普通に学校行ったりして、オーラ力(ちから)の高い候補者の生徒を何人か見つけて、テストしたり、スカウトしたりして。で、別の国からも美少女(巫女)が地上に派遣されて、平凡で何の取り柄もないけど、なぜかオーラ力だけは高い(それ本当にオーラ力か?)男子生徒を取り合ったりするんでしょうね………あ!異世界からの押しかけ美少女ものか、これ。
このパターンの場合「わたしの聖戦士さま」みたいなタイトルでいいんでしょうか。レーベルはスニーカー文庫でいいのか?

では「バイストン・ウェルから地上へ」の逆パターンはそのままに、もっと「ダンバイン」とのつながりを強くする方向で考えてみましょうか。
最終回でシーラ様の"浄化"の光からもれて、バイストン・ウェルに帰還できなかった兵士が主人公、というのはどうでしょうか。
何とかバイストン・ウェルへ帰るために方法を探す。「ダンバイン」の物語を語ったのち姿を消した、チャム・ファウの足取りを追うがつかめない。
このとき、子供はみんな「チャムを見た!」というけど、大人は誰一人としてチャムの姿を見かけていなかった、というのも面白いですね。
ミ・フェラリオの痕跡を求めて、地上での妖精伝説を探して回るとか(「妖精事件」ですね)。
結局、帰る方法が見つからず、地上人と結婚し、サラリーマンとして生きるバイストン・ウェル人。地上人との間に生まれた娘も中学生になり、彼氏をつくるように…(「成恵の世界」ですね)。

でもまあ、基本線はやっぱり「聖戦士」を見つけて、そのオーラ力を頼りに何とか帰ろうとする、でしょうか。
あとは、同じように浄化されずに地上に残されたオーラバトラーが1機いるかなあ。それを見つけて帰ろうとする?
いや、むしろ地上人に悪用されようとするオーラバトラーを食い止める。その意思と行動の力こそが実は「聖戦士」の資格であって、地上人の「聖戦士」探してたけど、実は「聖戦士」は自分の中にいた、みたいにしてもいいですね。
で、その資格を地上で得たからこそ「聖戦士」として、バイストン・ウェルから召還されて、無事、帰ることができました。めでたしめでたし。みたいなのでもいいかも。

あー、いっそ、バイストン・ウェルのいらないものを定期的にジャコバ・アオンが地上へほっぽり出すけど、それが日本のどこかに必ず出てしまい、対応に追われる地方公務員のお話にしましょうか。
最終的に、バイストン・ウェル廃棄物処理係の係長になる、みたいな。世にも奇妙な物語。
オチはどうしようかな。お話の中で仲良くなったフェラリオが地上人(主人公)のために、禁忌をおかし、人間は助かる。でもジャコバの怒りに触れて、フェラリオは姿を消されてしまう。
悲しむ主人公の公務員だったが、1年後、生まれてきた子供にフェラリオの面影を見る。ジャコバから「バイストン・ウェルのいらない子」として地上に堕とされてしまったんだね、ああかわいそう、というハッピーエンド。

あとは、先日書いたファイアーエムブレムの記事のときに出したゲームアイデアも「バイストン・ウェルもの」ですね。→身を捨ててこそ浮かぶキャラあれ < 『ファイアーエムブレム 新・暗黒竜と光の剣』で考えるキャラクターの生死>



バイストン・ウェルはガンダムと違って、富野監督しか手がつけられないですからね。
とにかく何か新しいバイストン・ウェルものをつくって欲しいなあ、と思うわけでした。
もちろん面白くてたまらない第1話でね。



関連リンク
『聖戦士ダンバイン』関連
【聖戦士急募】バイストン・ウェルで君の夢をかなえよう! <ダンバイン第18話「閃光のガラリア」より>
ガラリア・ニャムヒーはなぜ死んだのか。死の真相に迫ります。
再びバイストン・ウェルへ 聖戦士ダンバイン』リビルド(再構築) 【問題提起編】
「ダンバイン」の物語を再構成。前編では、話の大枠と問題点を考えます。
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