2008年12月07日
というのが一連の『かんなぎ』騒動を見ていて頭をよぎりましたが、今回は『かんなぎ』ではなく、そこから派生して『めぞん一刻』の響子さんと五代くんのお話。
『めぞん一刻』は、「未亡人(過去のある女性)とそれに恋する大学生の物語」を抵抗感なく受け入れてもらうためにさまざまな配慮がされたマンガだと思いますからね。
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常に新しい理想郷(とキャラクター)を探し求める流浪の民
『かんなぎ』については、私はアニメを見ているだけで、マンガの方は読んでいませんが、一連の騒動がらみで目にした断片的な情報を見る限り、特に物語的な問題があるようにも見えません。
主人公も知らないことが色々出てくるでしょうが、それを知った上で彼がどうしていくのか、という所が腕の見せ所ですから、腕を見せる前にここまで拒否されるのはつらいでしょうね。
せっかくここから展開されるであろう物語があるだろうに、もったいないなあ。
この騒動自体にはあまり興味がないですが、過剰なナイーブさとヒステリックさだと思いますので、ネタにせよ本気と書いてマジにせよ、それをネットで世界中に発表したら、それは色々突っ込みが入るよね。
早めに良いカウンセラーに出会うことを願ってやみません。ただそれだけです。
カウンセラー「今のあなたにこれ以上の『かんなぎ』は危険です。検査の結果、あなたの望むキャラクターはそう特殊なものでもありません。私なら朝晩2回の『ひだまりスケッチ』をおすすめします」
自分の中に理想のキャラクター像を持っていて、それに当てはまるキャラクターが出てくる作品を探し続けている人がある程度いるんでしょうね。
だからキャラクターに幻滅したとき、この作品に留まっても幸福が得られないと判断すれば、作品を脱出し(捨てて)、他の作品の、他のキャラクターを求めていい日旅立ちするんじゃないかな(日本のどこかに、私を待ってるキャラがいる)。
必要なのは理想を投影できるキャラクターであって、作品自体ではないのであれば、作品の方を捨てて、他の作品に向かうほうが合理的だ。何しろ我が日本は、ツンデレキャラだけでも何個艦隊か編成できるほどの超戦闘国家ですから。
こう書くと「物語とキャラクターを楽しむ、ということが分離してるの?」と思えてくるのだけど、多分そうでなくて、むしろ逆。キャラクターのために、悲しいぐらいに物語を必要としているような気がする。
ただし必要としているのは「キャラクターに奉仕する物語」。
自分が好きになったキャラクターを補強したり、関係性の補助線を引いたりしてくれる、キャラクターのための物語。
このため「物語にキャラクターが奉仕する」場合、反発が起きる場合があるのかも知れません。
なぜ「未亡人音無響子」は拒否されなかったのか
本題は、これらの話題を取り上げた記事の中で見かけた『めぞん一刻』の話。
コメント欄ですが、こちらの記事で、『めぞん一刻』のヒロイン管理人さんこと音無響子は、結婚暦のある未亡人だけど、普通に受け入れられてたよね、というような話題を見かけました。
私がめぞん一刻を最初に読んだのは小学生の頃でしたが、大人になってから改めて読み返したときに、未亡人と恋愛する大学生の物語を受け入れてもらうために、相当周到な配慮をしていると感じた覚えがあります。
めぞん一刻も、やり方次第では、反発や抵抗感を呼ぶものに十分なりえる素材だと思うのですが、なぜならなかったのか?
手元に単行本がなく、最後に読み返したのは10年以上前になるんですが、記憶とwikipediaを頼りに思い出しつつ書いてみましょう。
決められたゴールへ向かう過程に価値がある物語
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『めぞん一刻』は、はじめから勝負がついているタイプの物語です。
この作品の主人公である大学生の五代くんは、下宿するアパート一刻館の管理人さんこと未亡人の音無響子を好きになり、あれやこれやとがんばります。
でもヒロインである管理人さんは、物語の最初から最後までずっと主人公五代くんが好きです。でも象さんのことはもっと、いや象さんよりも五代くんが好きです。いつから?忘れちゃった。(『タッチ』の南ちゃんと同じですね。)
wikipediaにもこのような記述がありました。
また、高橋によればストーリー展開はあまり考えずに書いていたが、五代が惣一郎の墓の前で言う「あなたもひっくるめて響子さんをもらいます」は最初から決めていて、この台詞に向けて話を進めていたという
wikipedia「五代裕作」
惣一郎さんの墓前であのセリフが来ることは、連載前から決まっていたわけですから、あとはもう「そこ(ゴール)へどうやって向かうか」というお話なのです。
これをどう料理するかが高橋留美子の腕の見せ所であり、真骨頂といえます。
管理人さんの回復に必要な五代くんの成長
めぞん一刻は、管理人さんが愛する夫「惣一郎さん」を失った悲しみとこんにちはして、そこから回復する物語です。
何かが欠落している状態(マイナス状態)からスタート。物語中でそのマイナスを埋めることで彼女は回復し、物語は終わります。
管理人さんのマイナスを埋めるのは、もちろん主人公の五代くんの役割ですが、物語当初の彼は、四流大学の学生で恋愛経験も乏しい単なる一人の若者です。
愛する人と死別した年上の女性の大きな欠落を埋めることができるようなパーツではありません。
となれば、五代くんは物語中でさまざまな経験をしながら、マイナスを埋められるようなパーツ(男)になるよう、がんばるしかないわけです。
こうしてこのマンガは、欠落を抱える管理人さんの回復物語と、それを埋める五代くんの成長物語として成立できます。
五代くんがラスボス惣一郎さんと戦えるようになるには、いくつかの段階を経てレベルアップする必要があります。
ではここからは高橋留美子がいかに五代くんをレベルアップさせていったかを、考えてみましょうか。
五代くんに与えられた通過儀礼
高橋留美子は五代くんに以下のようなステップを用意しました。
(1)恋愛の練習をさせる(相手は七尾こずえ)
(2)童貞を捨てさせる(確か風俗。つまり管理人さん以外)
(3)若い頃の管理人さんと出会わせる(八神いぶき)
(4)大人としての成長(天職を見つけ、就職する)
(1)恋愛の練習をさせる(相手は七尾こずえ)
物語の中で、五代くんが最初に付き合う女性が七尾こずえです。
管理人さんがずっと好きでありながら、管理人さんではなく、こずえと付き合います。
最初に読んだ小学生の頃は、こずえちゃんがマンガのための「トラブルメイカー」に見えてあまり好きじゃなかった気がするけど、今考えると絶対に必要ですね。
もちろんラブコメ(管理人さんの嫉妬)発生装置としても必要なんだけど、五代くんが管理人さんに挑む前の練習相手として、どうしても必要な存在です。
しかも最後はこずえの方から五代をふって、他の男性と結婚し幸せになって退場するなんて、あまりに出来すぎた練習相手といえます。
かなり(物語として)都合よく使い切ったと言えるかも知れません(まさか「五代をふる→結婚」をもってして彼女を批判するような男性がいるとはあまり考えたくない…いないよね?)。
(2)童貞を捨てさせる(確か風俗。つまり管理人さん以外)
これうろ覚えだったので、wikipedia見たら、こうありました。
原作者・高橋留美子は五代がいつまでも童貞でいるのは「正しくない」という考えを持っていて、五代が1人で北海道旅行に行く話でその旅行で出会った大口小夏を初体験の相手にしようとしたらしいが、編集部から五代君は純潔を貫かなければならないと猛反対され、断念した。また大学のクラス会で出会った白石衿子とラブホテルに入りそうになった所で響子に見つかり断念した話もそういった事情からか、これらの話はアニメ化されなかった。その後、五代の初体験は、坂本のおごりでソープランドに行く話であいまいに描いた。(実際に体験したのかは不明)
編集と作者の間での考え方のギャップも興味深いですが、私個人は高橋先生に賛成です。
物語構成上、単に捨てる、ということが必要だと思うので、あとの物語に全く影響しないシチュエーションで捨てることができれば、どういうものでもいいんじゃないかと思います。
「大人の男」の構成要素として、誰もが通過することとして、とにかく通過しておくことが重要だったんだと考えます。コンプレックスを1つ無くしておくわけです。
「その相手をなぜ管理人さんになぜしないのか?」という考えもあって、実際、編集さんの意見のように、方向は2つあると思うんだけど、高橋留美子は五代くんが管理人さんと戦うために事前に経験しておく必要なステップと判断した。五代くんは失敗できないから(後述)。
だから当然初めての相手は響子さんにはならないよね。最終目的が響子さんで、これはその途中で通過が必要なチェックポイントに過ぎないから。
そして、ここまでお膳立てしても響子さんとの初めての夜のときに失敗するのがすごい。
もちろん行為の成功/失敗だけを切り出しても意味は無くて、その後2人が無事結ばれることで物語として回収されるんだけど、未亡人てごわいな、と子供ながらに思った気がする。
(3)若い頃の管理人さんと出会わせる(八神いぶき)
五代くんは教育実習生として、管理人さんの母校へ赴任し、そこで高校生八神いぶきに好かれます。
これはもちろん、高校生の響子さんが、男性教諭だった惣一郎さんに恋をしたシチュエーションの再来。
八神いぶきは、五代が出会うことができなかった「惣一郎さんに出会った頃の管理人さん」をやってくれているわけです。彼女の出現によって、五代くんは惣一郎さんの立場を疑似体験することができました。
そして五代くんには、惣一郎さんには無かった2つの選択肢が提示されます。
・現在の音無響子(未亡人。かつて他の誰かの妻だった人)を選ぶ
・昔の音無響子(=八神いぶき。まだ誰のものでもない人)を選ぶ
この選択は極めて重要です。
音無響子は、"一部の人"の言い方でいう「中古品」、八神いぶきは「新品」に当たります。
五代くんは、手つかずの「新品」を選択するチャンスも与えられたわけです。
もちろん個人として響子さんと八神はそもそも別人ですし、作中でそこまでシビアに選択を迫られたわけではないですが、お話の構造としてはこれは「今の響子さん」と「昔の響子さん」どちらを選ぶか?という選択の提示であると思います。
五代くんはどちらを選んだか?
もちろん(現在の)音無響子を選んだのですが、どちらを選ぶかではなく、選択肢を提示し、それを選んで確認していくこと、そのものが重要であるといえるでしょう。
五代くんが今の響子さんを選んだ理由は、考えればいくつかあげてみることもできますが、最終的には全て「今の響子さん」を好きになったから、に帰結するんじゃないかと思います。
「昔の響子さん」が惣一郎さんを好きになり、結婚して、死別して、できあがったのが「今の響子さん」です。その響子さんに出会って好きになったんだから仕方ないよね、ということです。
(4)大人としての成長(天職を見つけ、就職する)
保育園のアルバイトや、キャバレーの子供の世話などを通じて、保父を自分の仕事と見つけ、就職します。
これは男だからというわけでなく、普通に大人になるための通過点です。
以上のように、五代くんには、こうした段階を踏んだ通過儀礼(と、無数のドタバタ)が与えられましたが、彼は見事にそれをくぐり抜け、連載前に決められていた「あなたもひっくるめて響子さんをもらいます」のセリフを言える人間に成長しました。
「昔の男がいるなんて関係ない」段階をさらに越えて「昔の男もいたから今の愛する女が目の前にいる」までになった五代くんは、ラスボス惣一郎さんを倒す必要すらなくなりました。
このセリフが言える五代くんをつくりあげた高橋留美子はすばらしいと思いますが、それと同時にこのマンガは、基本設定や展開に相当の配慮をしたに違いないとも感じます。
未亡人ヒロインを受け入れてもらうための配慮
大学生の五代くんは、ターゲットになる読者層そのままとはいえ、その相手が未亡人というのは、やはりどうしても重たいし、気後れしてしまう。それこそ潔癖症的な抵抗感もあるかも知れない。
もちろん「年齢が若いこと、子供も無し、かわいらしいルックス、ヤキモチ焼きの愛らしい性格で、さらに島本須美」など、ヒロインのキャラクターは未亡人を出来る限り感じさせないようになっているので問題ありません。
また五代と同じように、管理人さんにも「ハンサムで、お金持ちで、スポーツマンで、さわやかで、さらに神谷明」という三鷹瞬をぶつけて、冴えない大学生との二択をつくりました。
「お金持ちのイケメンと結婚することもできるけど、五代くんでいいのね?」と確認させて、「それでも好きな男がいい」と言ってくれる女性にしました(未亡人だけどスレてはいない)。
ただ「未亡人」という属性だけがどうしても重くて、大学生と釣り合いが取れない。
だから、五代くんには、恋愛(の練習)をし、童貞も捨てさせ、人妻になる前の響子さん(八神)にも会わせて過去も体験させ、コンプレックスを消した。
(そこまでしないと未亡人と結ばれることが自然にならない、という意味では、めんどくさい生き物ですね男って。)
五代くんが若さゆえに情熱だけで失敗前提で突っ走るような展開でも面白いし、実際そういう方向の物語もあるけれど、めぞん一刻の場合はありえないかな。
めぞん一刻は、ゼロ状態やプラス状態から何かを失うのをドラマとして楽しむタイプの物語ではありません。先ほど述べたとおり、管理人さんはマイナス状態から始まっていますから、そこから回復する必要がありました。
だから管理人さんと五代くんの間で決定的なマイナスを生じさせるのは、物語が後退することにつながります。あの決めゼリフからも遠ざかります。
五代くんは、他の人とはともかく、管理人さんで「初めて」を試して失敗することができなかった人といえるかも知れません。
そういう意味では、高橋留美子は男のロマン・純情には全く付き合っていません。それより「女を幸せにできる男」にするための試練を五代くんに与えているのは、愛でもあり、厳しさでもあり、冷静さも感じさせます。
編集さんが純潔を守るべきと考えたように、五代君の(管理人さん以外との)恋愛経験を好きでない人もいるかも知れません。特に女性の視点ではどうなんでしょうね。
ただ『めぞん一刻』の物語の仕組み上は必要だったと私は考えています。
と言いますか、手元に単行本が無いので不安で仕方ない。色々間違ってたらごめんなさい。
今度、これを踏まえて読み直してみます。
『かんなぎ』は原作読んでないので何とも言えないですが、ナギの過去を、主人公仁は知った上で克服するしかないわけです。ナギの欠落を埋める人間こそが主人公なのですから。
しかし読者の方がその前に物語を拒否するのはもったいないですよね。五代くんのように、仁くんにもチャンスをあげて欲しいな。(もちろん作品が違うので、五代君のようにあれこれ女性経験すればいい、というわけではないですけどね)
それができない人には、周りの人間がカウンセラーになって、安全な幸せ空間作品に誘導してあげてください。
関連リンク(過去記事)
神様とアイドルはカミひとえ<『かんなぎ』の偶像(アイドル)崇拝>
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コメント
row | URL | JalddpaA
Re: 過去のある女性を受け止めるために、用意された通過儀礼<『かんなぎ』と『めぞん一刻』>
おもしろかったです。
( 2008年12月15日 02:13 [編集] )
| URL | aIcUnOeo
Re: 過去のある女性を受け止めるために、用意された通過儀礼<『かんなぎ』と『めぞん一刻』>
めぞん一刻については素晴らしい考察だと思います。
しかし、かんなぎとめぞん一刻に非処女ヒロイン?という類似点が
あるにしても比較対象にして欲しくなかったorz
今の段階ではナギがビッチすぎてどうしようもないですから・・・
今後のかんなぎの展開が好転することを祈っています。
武梨さんガンバレ
( 2008年12月18日 14:27 [編集] )
TOMMY | URL | sHxuQVRw
コメントありがとうございます。
ありがとうございます。喜んでいただけたなら幸いです。
>しかし、かんなぎとめぞん一刻に非処女ヒロイン?という類似点が
あるにしても比較対象にして欲しくなかったorz
はてなブックマークのコメントでもいただきましたが、両作品を対比させる意図はあまりありません。設定やストーリーを対比しても仕方ないでしょうし、本文でも書いたように私は「かんなぎ」のマンガの方は読んでませんから。
ただ、物語の創作という意味では、すでに完結した物語として「めぞん一刻」はさまざまな示唆を与えてくれると思っています。
「かんなぎ」に対しても。そして私達にも。
( 2008年12月22日 00:32 [編集] )
ゆうがお | URL | JalddpaA
Re: 過去のある女性を受け止めるために、用意された通過儀礼<『かんなぎ』と『めぞん一刻』>
とても賛同できますが、めぞんのマイナスからのスタートに対して、かんなぎはゼロから初めて、途中でマイナスになった感じですね。この話が一巻や二巻でやればこんなに反発は呼ばないんじゃないかと。
ただこうすると人気が出るかどうかも判らなくなりますね。
( 2009年01月02日 17:53 [編集] )
TOMMY | URL | SlMP41Kc
コメントありがとうございます。
>かんなぎはゼロから初めて、途中でマイナスになった感じですね。この話が一巻や二巻でやればこんなに反発は呼ばないんじゃないかと。ただこうすると人気が出るかどうかも判らなくなりますね。
すでに人気マンガ家だった高橋留美子とはこのような状況も違いますからね。状況での対比は意味がないですよね。
ゼロ状態から、人気の出そうなギミックも盛り込みつつ探り探り物語を進めて、プラスを重ねた結果、作品内ではナギと仁の関係を、作品外では作品と読者の関係を、ある程度築くことが出来たと判断して、満を持して、このネタを持ってきたという気もしますので余計に気の毒です。
めぞんと違って「昔の男」ネタをメインでやりたいわけでなく、あくまで初期の巻(アニメでも取り入れたような部分)から段階的に進めているナギの「自分探し」パートの一つだと思うので。
そういう意味で作品が軌道に乗るまではやらない、という展開だったのかなと思います。人気が出ずにすぐにマンガが終われば、ナギの掘り下げは無いまま終わればいいですしね。
( 2009年01月06日 03:08 [編集] )
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